二話【下っ端ペトラ】
イーゲル・騎士ギルド本部にペトラの怒声が響き渡る。待ち合わせ中のウォリアーたちは腰を抜かし、胸ポケットに入っていたイガグリは丸まり、受付のハンナさんは目を白黒させている。
「どうしてよっ!? 騎士ギルドは魔物をぶっ倒すギルドなんでしょ!? なのに、それが出来ないってどーゆー了見よっ! 昨日街で騒いでいたことへの仕返し!?」
「そ、そう言うわけじゃないんだ。これにはちゃんと理由があるから、順を追って説明するよ」
僕はロビー端の待合所に彼女を連れていき、説明用の紙とペンを机から持ってくる。
「ウォリアーの契約をする時に聞いたと思うけど、ウォリアーには〈ランク〉と言うものがあるんだ」
「ランク? そんな話あったっけ?」
僕が受付に顔を向けると、ハンナさんもイレーネさんも首を横に振る。説明忘れではなく、単にペトラが話を聞いていなかっただけらしい。
「……ランクは、簡単に言えばウォリアーの強さと信頼度を表す階級のようなものだ。下から順にこうなっている」
ウォリアーの六つのランクを簡潔に紙にまとめて彼女に見せる。
・石ランク:駆け出しウォリアー。肉体労働や害獣の駆除を行う。
・銅ランク:初級ウォリアー。一人で小型の魔物を倒せる実力で、ウォリアーの大半を占める。
・銀ランク:中級ウォリアー。一人で中型の魔物を倒せる実力で、騎士ギルドの主力。
・金ランク:上級ウォリアー。一人で大型の魔物や知性のある魔物を倒せる実力で、到達には才能と上質な装備が不可欠。
・真銀ランク:最上級ウォリアー。到達には才能だけでなく厳しい鍛錬と豊富な経験、最高級の装備が不可欠。
・お伽話ランク:伝説的ウォリアー。世界に数人しかおらず、あらゆる敵を打ち砕く実力を持つ。肉体的には平凡なヒューマンには到達不可能な領域と言われる。
「最初は〈ストーンランク〉から始まり、任務をこなして実績を積むことで順にランクアップしていく。騎士ギルドによって評価基準は微妙に異なるけど、高ランクのウォリアーは仮にギルドを移籍するとしても重宝されるんだ」
「わだすもストーンランク? そこらのウォリアーよりずっと強いのに?」
そう言ってロビーでたむろしているウォリアーたちを指差し、彼らをムッとさせた。彼らはブロンズとシルバーランクだが、強さならロックサーペントを一撃で倒したペトラの方が上だろう。
「さっきも言ったけど、ランクはウォリアーの信頼も表す要素で、強さだけじゃランクは上がらない。強くても人格に問題があるウォリアーは魔物と同じぐらい厄介だから、騎士ギルドは重要な任務を任せられないんだ。不祥事を起こせばギルドの看板に泥を塗るからね」
「はあ……商売もそうだけど、ヒューマンは面倒なルールを作るのが好きよね」
「君も半分は同じ血が流れてるんだから分かってくれよ」
「……まあ、下っ端から始めるのは甘んじて受け入れるわ。それより、納得できないのはこの部分よ!」
彼女が指差したのは〈ストーンランク〉の説明部分だ。
「肉体労働や害獣の駆除』って何よ! ウォリアーの仕事じゃないでしょ!」
これに関しては他の新人ウォリアーも不満を漏らすことが多く、ハンナさんが雇われる前は僕も幾度となく説明してきたので慣れたものだ。
「君の言う通り、騎士ギルドは魔物を狩るギルド……なんだけど、歴史が浅いせいか、人によっては『困ったことを解決してくれる便利屋』と誤認されている。本来は魔物に関係ない仕事は断るべきなんだけど、一応報酬は支払われるし、魔物はそう頻繁に現れないから、駆け出しウォリアーの腕を試す目的も含めて受け入れているんだ」
本来、魔物退治に人格なんて関係無いし、多少問題があっても仕事をこなせるように騎士ギルドが仲介している。しかし不思議なもので、大成するウォリアーほど人間的に尊敬出来る人物が多く、肉体労働も雑用も快く受け入れることが多い。どちらも根底は人助けだからだろうか。
ペトラはと言うと、残念ながら大成が難しい側のようだ。納得しかねるのか、腕を組んでカンカンと鉄靴を鳴らして貧乏ゆすりしている。
こうなったら、少し挑発してでも仕事を受けさせるか……そう考えていると、彼女はぶはあっと大きなため息を漏らして立ち上がった。
「あ~も~、分かったわよ! つまんない仕事なんてさっさと片付けてランクを上げればいいんでしょ!」
「あ、ああ……その通りだ! 本当ならすぐに君を魔物と戦わせてやりたいけど、ギルドのルールで仕方なくストーンランクから始めているんだ。ペトラ、期待しているぞ!」
ちょっとおだてすぎたかなと思ったが、ペトラは「見てなさいよ!」と口角を吊り上げた。その笑顔に、期待以上に不安を感じてしまうのはなぜだろうか?
話が付いたところで、掲示板に張られている任務票を彼女に選ばせる。
任務票にはギルド職員|(イーゲル・騎士ギルド本部では主に僕)が設定した〈適正ランク〉が記入されている。例えば、適正ランクがシルバーランクなら同ランクのウォリアー一人でこなせるし、ブロンズランクでも数人が組めば達成出来る可能性もある。
ペトラは適正ランクがストーンランクの任務票から三枚を選んだ。これを受付に提出して手続きをすることで、正式に「この依頼は自分が解決する」と決定する。
「それじゃ、気を付けて行ってくるんだぞ。任務を終えたら受付に報告するのを忘れないでね」
「分かってるわよ! こんなつまらない任務、今日一日で全部終わらせるんだから!」
ペトラはハンマーを担ぎながらギルドを飛び出していった。依頼人に驚かれないといいが……。
「やれやれ、これからギルドが騒がしくなりそうだな」
ボスが紫煙をくゆらせながら歩み寄ってきた。唐突なギルドマスターの登場に、ペトラがかき乱した空気が急に引き締まる。
「それにしても随分親切じゃないか。あんな説明、他の職員に任せればいいのに」
「ペトラのランクを早く上げたいと言ったのは嘘じゃありません。彼女の性格的にも、実力的にも、魔物と戦うのが向いていますから。それに、何と言っても彼女はハーフドワーフですから……僕の言いたいこと分かりますよね?」
「――なるほど。あの子を早くフェアリーテイルランクにしたいと」
この国にフェアリーテイルランクのウォリアーはたったの三人。最上級騎士ギルドに所属する僕の両親と、二番手の騎士ギルドに一人だけ。
騎士ギルドにとってウォリアーは大事な人材だが、高ランクのウォリアーは看板にもなる。今は最下級のイーゲル・騎士ギルドも、フェアリーテイルランクのウォリアーが一人いるだけで上位ギルドに食い込めるだろう。
「それならファーレン、あんたがペトラの仕事を見てきてあげな」
「……えっ?」
「誰が見ても、あの子は危なっかしいだろ。お前が手綱を握ってやらないと、あの子は力の使い方を誤って契約解除になるのが関の山だ。お前とペトラを同棲させたのも、そう言う意図があってのことだったんだがな」
「えーっと……僕にも自分の仕事が……」
「お前が今抱えている仕事と、未来の一流ウォリアーを育てること……どちらが重要なのか考えて欲しいな」
やんわり言っているが、実質命令だ。
とは言え、実際に重要なのはペトラを育てることだろう。彼女を制御出来そうなのは現状僕ぐらいだし、他の仕事もさほど急ぎではない。
一つ気がかりなのは、街の周辺で数人の行方不明事件の調査依頼が来ていることか。現場の状況から魔物の仕業に違いなく、ちょうど街の人たちに話を聞きに行きたかったところだ。
「分かりました。ファーレン・エアハルト、ただいまよりペトラのサポートに向かいます」
「おう、よろしく頼む!」
ペトラの任務内容をハンナさんから確認し、ギルド職員の服装から地味な私服に着替える。目立つ金髪を隠すために帽子もかぶり、双眼鏡を首にかける。陰から見守っていることがペトラにばれたら、彼女のプライドを傷付けることになるだろう。
「まったく、世話が焼けるウォリアー様だな。何も面倒が起きなければいいけれど……」
湧き上がる不安を胸に、イガグリを肩に乗せてギルドを出た。