一話【二人で迎える朝】
僕の朝は瞑想から始まる。
自室には、ここが部屋の中だと一瞬分からない量の観葉植物を植えている。部屋の片隅では虫や小動物を飼い、なるべく自然環境に近づけている。
エルフは森と共に生きる種族で、ハーフエルフの僕もその特徴を色濃く受け継いでいる。街の中に住んでいるとエルフ特有の鋭敏な感覚が鈍ってしまうので、緑で満たした空間で瞑想することで感覚の鈍化を防ぐのが目的だ。
しかし、この習慣は今危機を迎えていた。
「くかぁ~~! くこぁ~~!」
隣の部屋、かつての兄さんの部屋から大きないびきが響いてくる。部屋の小動物たちやイガグリがケージの中で丸まっている。僕は僕で若干寝不足で、瞑想したらそのまま二度寝しそうだし、そもそも瞑想で無心になれるような状況でもない。
いびきの主は言うまでも無くペトラだ。ドワーフは豪快な性格で、眠っていても遠慮なくいびきをかくので夜でも騒がしいと聞くが、ハーフドワーフの彼女も例外ではないようだ。
絶え間なく響くいびきに辟易しながら、僕は自室を出て隣の部屋の扉を叩く。
「おい、ペトラ! うるさいから早く起きろ! 今日は一緒にギルドに行く予定だろ!」
ドンドンと乱暴に叩きながら声をかけるが、中からは「くかー!」といびきで返事を返される始末。
さすがにカチンと頭にきた。女の子が寝ている部屋を開けるのは少々気が引けるが、あまりに迷惑だし、家主として居候にはきちんと注意する義務と権利がある。
「ペトラ、開けていいか!?」
「くおー!」
「よーし分かった! 開けるからな!」
返事と言えない返事を聞いて、僕はドアノブを回した。
「うわっ!?」
飛び込んできたのは、遮られるものを失って轟く大いびきと、全裸で大口を開けて眠るペトラの姿だった。かろうじて体を覆うシーツが大事な部分を隠しているが、ちらちら覗く素肌から何も身に着けていないのは明らかだった。
「くか……ふあ?」
思いがけない光景に固まっていると、このタイミングでペトラが目を覚ましてしまった。
「ふぁ、ふぁーれん……?」
「い、いや……声をかけたし、一応返事してたじゃないか……」
言いながら僕は防御姿勢をとっていた。
「キャアァァーーーーーーーーーーッッッッ!!」
「えっと……どうして裸で寝てたの?」
同じテーブルで向かい合って朝食をとるが、空気は最悪だった。僕の十七年の人生で最も居心地の悪い朝と言っても過言ではない。
「だって、寝る時邪魔じゃない! 本当はシーツもかけたくないんだけど、まだちょっと寒いし」
「それって君だけの習慣なの?」
「わだすが知ってる限りじゃ、ドワーフはほとんど寝る時裸よ」
つまり、もう少し暑かったら本当に一糸まとわない姿を見ていたのか。そうなったら僕らの関係は修復不可能だったに違いない。
それにしても、ペトラ一人ではなくドワーフ共通の習慣だったとは。最近は勉強不足を痛感してばかりだ。
「とにかく、ここはドワーフの家じゃないし、他種族で男の僕と暮らしているんだ。今後は裸で寝るのはやめてくれ」
「えー、いやよ! あんたが部屋に入ってこなければいいんじゃない! 部屋から出る時はちゃんと服を着るし、そもそも居候とは言え女の子の部屋に勝手に入る方が悪いのよ!」
「僕だって入りたくなかったけれど、君のいびきがうるさかったんだよ! 服を着るか、いびきを止めるか、どっちかは守ってくれ!」
「そんなのすぐに出来るわけないじゃない!」
いや、服を着るのはすぐに出来るだろ……。
頑固なドワーフにこれ以上言っても仕方ないか。今後粘り強く説得するとして、僕は朝食の木の実入りサラダにフォークを伸ばす。
「……作ってもらってアレだけど、この朝食はどうなのよ?」
「どうって、何かおかしいか? トーストにサラダに野菜スープ、いたって普通の食事だろ?」
「お肉がどこにも無いじゃない! わだすは草食動物じゃないっての!」
「頼むから、他のエルフの前でそんなことを言うなよ」
エルフは菜食主義者がほとんどで、僕の家にも肉類は少ししか常備していない。割合にすれば、野菜九割肉一割ほど。
対してドワーフは肉類を好むらしいから、確かにこの食事では不満を抱くのも無理ないのかもしれない。
「さっきも言ったけど、基本的には家主の僕のルールに従って欲しいな。どうしても肉が食べたいなら、自分でお金を稼いで買ってくるんだね」
「あーもー、分かったわよ! 今日からわだすも正式なギルドの一員として働けるのよね? それじゃ、さっそく稼いで今晩はステーキを食べるんだから!」
「ああ、頑張ってくれよ」
文句を言いつつもむしゃむしゃとサラダを口に掻き込むペトラを見て苦笑いが隠せない。動機は何でもいいが、彼女がやる気を出してくれるのは喜ばしいことだ。
ただ、一つ気がかりがある。せっかく湧いた彼女のやる気を削ぎたくないないので今は伏せるが、ギルドで話すのは避けられない。
「ほら! あんたもさっさと食べなさいよ。他のウォリアーに仕事を先取りされちゃたまらないんだから!」
「……そうだね。それにしても、君を見ていると妙に食欲が湧いてくるよ」
朝食を平らげると、僕等は身だしなみを整え、イーゲル・騎士ギルド本部に向かった。
巨大なハンマーを担いだ小柄な少女の姿は人目を引くので、ちょっとした広告塔になりそうだ。彼女も人々の耳目を引いていることに気分を良くしているのか、わざとらしくガシャガシャと鎧を鳴らしながら意気揚々と歩いている。
対して僕は、ギルドに近づくにつれて陰鬱とした気分になる。怒りに燃える彼女の反応が目に浮かぶからだ。
***
「えぇーーーーっ!! わだすは魔物退治に行けないのおっ!?」
予想通りの反応だが、何も嬉しくない。