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騎士ギルド所属リサーチャー ファーレンの冒険譚  作者: 望月 幸
第二章【街で暴れるドワーフ娘との対決】
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七話【新たな生活の始まり】

挿絵(By みてみん)

 イーゲル・騎士ギルド本部の二階は、ボスが仕事をしている本部長室、支部長や国・領主からの使者を迎える応接室、ギルド職員の私物置きや休憩に利用するスタッフルームの三つがある。

 初めてこのギルドに来てから約二年経つが、ボスに呼ばれて本部長室に入るのは数えるほどなので自然と緊張感が高まる。

 扉をノックし、中にいるボスに声をかける。


「お待たせしました、ファーレンです」

「来たか。入っていいぞ」

「失礼します」


 扉を開けると、光が差し込む窓を背に、ボスがふっくらした肘掛椅子に深く体を沈めていた。市民に大不評を買っているタバコを好んで吸っているせいか、部屋の中が煙たくて嗅覚が鋭い僕には辛い。

 重厚な焦げ茶色のデスクには書類が散乱し、ボスの性格をうかがい知ることが出来る。ボスの片付け下手は有名で、三階のプライベート空間は時々イレーネさんに掃除させているらしい。


「ボス、話とは何ですか?」

「どちらかと言うと、お前からの話を聞くのが中心なんだけどな。とりあえずあたしからの話だが、今回はお前自身が任務を遂行したと言うことで、その報酬の支払いだ」


 歩み寄り、椅子に座ったままのボスからお金を受け取る。


「……少なくないですか?」

「当然だろう? 勤務時間内に仕事するのは当然のことだ。お前が外で働いている間、当然ギルド内の仕事は滞るんだから、むしろ報酬無しの方が妥当かもしれないが……そうか。不満なら結構」

「いえ、ありがたく頂戴します」

「お前のそう言う現金な所、あたしは好きだよ。やっぱり半分はヒューマンの血を引いてるんだね」


 見透かしたような笑みにいたたまれなくなるが、僕が不快に思う前に真剣な表情に戻る。

 二十代の女性ながら、騎士ギルドを立ち上げ本部長に就任したディアナ・イーゲル(ボス)の眼力はリサーチャーの僕に引けを取らない。むしろ、人の心を読むことに関しては数段上か。


「それにしても、ハーフドワーフの娘一人を連れてくるのに随分時間がかかったね。服も汚れているし、何か予想外のトラブルがあったんだろう?」

「はい、おっしゃる通りです。実は――」


 僕はこの数時間の出来事をボスに語った。動く鎧の正体はハーフドワーフの少女だったこと。彼女を説得するために勝負を持ちかけたこと。その競争中にロックサーペントに遭遇して戦ったこと。

 僕の話を聞いているうちに、ボスの眉間に次第に皺が寄せられた。


「つい先日ゴブリンを退治したばかりじゃないか。取るに足らない魔物ならまだしも、ロックサーペントなんて狂暴な魔物が現れたのか?」

「――ボスの言う通り、本来はあり得ないはずで、それゆえに油断していました。魔物は言わば、この世界の自然が生み出した使い魔のようなもの。一度魔物が発生した地帯はしばらく安全ですが、こんな短期間にあれほど強力な魔物が現れるなんて……」

「とにかく、この件は支部や領主様にも相談してみよう。よく無事に戻ってきてくれたな、ファーレン」


 そう言って微笑みかけるボスには、ハンナさんの若々しさや、イレーネさんの妖艶さとは違う温かさを感じた。

 その正体をギルド職員のほとんどが知っている。だからこそ、暖かさと同時に胸を小さな針で突かれたような痛みも感じるのだ。


「おお、そーだそーだ!」ボスが次のタバコに火を点けながら訊いた。「ペトラはこれからどうするんだ?」

「えっ?」一瞬質問の意味が分からなかった。「どうするも何も、一階でウォリアーの手続きをしていますよ」

「そうじゃなくて、どこに住むのかって訊いているんだ。うちのギルドに登録するなら、この街に住むのが一番だろう? 動く鎧(ペトラ)は遠くから放浪しながら来たと聞いているから、実家から通うのは距離的に無理のはずだ」

「それなら、宿に泊まればいいのでは? 近くにはギルド提携の宿もありますし、部屋は空いているはずです」

「それもいいが、うちの登録ウォリアーは値引きされるとは言え有料だ。ハンマーと鎧、あとは売り物しか持っていないように見えたが、現金はあるのかな? あったとしても、新人ウォリアーの稼ぎなんて微々たるものだぞ」


 お金については本人に確認しないと分からないが、あの性格だ。「わだすの武具はすぐに売れるから、お金なんて街で稼げばいい!」と思っているかもしれない。

 そもそも、十代の少女が大金を持ち歩いているとは思えないし、実家が金持ちなら遠くまで危険な商売に出向く必要も無いだろう。


「えっと……つまり……」だんだんボスが言いたいことを察してきた。「ペトラを僕の家に住まわせろと?」

「強制はしないが、あの子を連れて来た責任は最後まで果たさないとなあ。それに、将来有望なハーフドワーフのウォリアーを野宿なんてさせられないだろう?」


 ボスの笑みがイレーネさんの邪悪な笑みに近づいてきた。半分は本音だろうが、もう半分は面白がっているに違いない。


「ところで訊きたいが、ハーフエルフとハーフドワーフに子供が出来たら種族はどうなるんだ?」

「分かりました! ()()()()()()()()()()()僕がきちんと面倒見ます! それじゃ、失礼します!」


 憤慨しながら退室し、ドアを思い切り閉める。階段下から訝し気にハンナさんとペトラが見上げていた。


「ファーレンさん? どうしたんですか?」

「ハンナさん、ギルドの説明は終わりましたか?」

「は、はい。今ちょうど……」

「分かりました。ところでペトラ、宿に泊まるだけのお金は持ってる?」

「そんなお金ないわよ? 武具を売ったお金で泊まる予定だったけど、今日はそれどころじゃなかったし」

「ああ、やっぱり……」


 階段を下り、手甲に覆われた彼女の手を握る。


「それじゃあ、一緒に来て」

「えっ? どこに?」

「僕の家だよ。宿に泊まるお金も、頼れる知り合いもいないなら、しばらくは僕の家で暮らせばいい。今は一人暮らしで部屋も余ってるから、一人増えても問題無いし」


 その瞬間、受付嬢の二人はどよめいたが、当のペトラはあっけらかんとしていた。


「いいの? やったあ、野宿しないで済む!」

「……いや、ちょっと考えてみないか? 大して知らない男と一つ屋根の下なんて不安だろ?」

「別に? もしファーレンが襲ってきてもわだすの力には敵わないし」


 それは事実だが、そもそも襲う仮定の話をしないで欲しい。


「それに、満更知らない仲ってわけでもないでしょ? 二人で()()()()()したんだから」

「誤解を招く言い方をするんじゃない! そういうことなので、今日は早退させていただきます!」

「あっ、ファーレン君」

「何ですか、イレーネさん?」

「やり方が分からなかったらいつでもお姉さんに訊いてね」

「何のやり方ですかっ!」


 顔を真っ赤にするハンナさんと、かつてないほどねっとりした笑みを浮かべるイレーネさんを尻目に、僕は今後の生活に不安を覚えながら帰路についたのだった。


***ディアナ***


 ギルド職員が全員帰宅し、イーゲル・騎士ギルド本部には本部長のディアナ・イーゲル一人が残っていた。

 普段であれば、近所のレストランかギルド提携の酒場で食事を楽しむのが彼女の日課だが、この日は違った。本部長室の片隅にある通信魔方陣の上に立ち、深呼吸と共に魔力を注ぎ込み、「こちらイーゲル・騎士ギルド本部長、ディアナ・イーゲル」とつぶやく。

 すると、周囲にうっすらと同じ紋様の魔方陣が浮き出し、その上に三人の男性の人影も浮かんだ。


「支部長が三人とも揃って良かった。忙しい所すまないね」

『まだ店じまいしたばかりだから、そりゃ揃うさ。それに、本部長様からの通信とあれば無理してでも出なくちゃな』

『俺たちのリーダーは魔物よりおっかねえからなあ』

『ハッハッ、違えねえ!』


 四人がひとしきり笑った後、ディアナは深刻な表情で支部長たちに告げた。


「ゴブリンを退治したばかりの洞窟で、今度はロックサーペントが見つかった。最初に見つけたのがうちの職員たちだったのが不幸中の幸いだけどね」

()()かい。近頃多くないか?』

『俺の支部でも、似たような案件が今月に入って三件も発生している。もっとも、ウォリアーたちは仕事が増えたと喜んでいるようだが』

『こっちは専属のウォリアーが一人大怪我して参ってるよ……。一体どうなってんだか』


 男たちが不安をあらわにしている中、ディアナは毅然とした態度で言い放った。


「あんたたちは各支部のリーダーなんだ。あたしの前ではともかく、他の人の前でそんな顔をしたら許さないからね。この件については領主様や、必要なら他の騎士ギルドにも訊いてみる。ひょっとしたら、イーゲル・騎士ギルドだけじゃ手に負えない()()が起きているのかもしれないからね」

()()……とは?』

「それはまだ分からないよ。だけど――」ディアナは自分の両耳を引っ張った。「分からないことを調べるのが得意な奴がうちにいるからね。いざという時はあたしたちに任せな」




 その後は世間話を交えつつ近況報告をして、ディアナは通信を終えた。この日の仕事をすべて終えた彼女は、外食には向かわず三階の自室に入り、ベッドに自分の身を放り出した。


「本部長って言うのは大変だね。誰にも弱い顔を見せられやしない……」


 ベッド横のナイトテーブルの写真立てには、三人の男女が笑顔で写る写真が入っていた。暗い部屋の中、月の光を受けて煌めくそれを手に取る。


「あたしのこんな顔を見せられるのは、あなたたちだけだったのにね……」


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