六話【ペトラ、イーゲル・騎士ギルドへ】
「ここがあんたの職場?」
「そうだ。イーゲル・騎士ギルドだよ」
赤いハリネズミが描かれた木製看板を掲げる、石造りの堅牢なギルド本部。ドラゴンがぶつかってきてもビクともしないであろう立派な外観に、さしものペトラも舌を巻いているようだ。
「いらっしゃいま――なんだ、ファーレンさんじゃないですか」
珍しく表口から入ると、受付のハンナさんとイレーネさんが笑顔で迎えてくれた。普段はお客様に向ける表情を向けられるのは新鮮な気分だ。
「あれっ? その子はどうしたんですか? すごい重装備ですけど」
「この子が例の『動く鎧』の正体ですよ。普通に考えれば誰かが鎧を着てると思うところですけど、あまりに小柄だから『鎧が勝手に動いている』って勘違いされたんでしょうね。バイザーを下ろせば顔も見えませんし」
「なるほどー。お嬢ちゃん、お名前は?」
兜の中で、ペトラは顔を赤くして頬を膨らませていた。
「わだすはペトラ! あと、みんなして子ども扱いするんじゃないわよ! これでも十六歳なんだからね!」
「そう言えば年齢を聞いてなかったな。僕の一つ下だったのか」
「げっ! あんたの方が年上だったの!?」
「年齢まで張り合うなよ……って、おい。どこ行くんだ?」
ペトラは鎧をガシャガシャ鳴らしながら受付に向かうと、カウンターの上に飛び乗ってハンナさんを見下ろした。
「これで、わだすの方が大きいわね」
「は、はあ……」
お前、ハーフドワーフの癖に身長が低いの気にしてたんだな……。
それだけで済むなら可愛いものだったが、あろうことかペトラは二人の胸に手を伸ばし、遠慮なく鷲掴みした。
「キャアッ! 何するんですか!?」
ハンナさんは悲鳴を上げ、イレーネさんは意味深な笑みでこちらを見ている。若干視線が下半身寄りなのが気になるが。
「身長は仕方ないけど……結構でかい。わだすと大して歳も変わらないぐらいなのに……」
「と、とにかく手を放してください! いつまで揉んでるんですか!? ファーレンさんも見ないでください!」
「すっ、すみません! こら、ペトラ! ここにはウォリアーの登録に来たんだから、いきなり失礼なことをするんじゃない!」
「あっ、そーいえばそーだったわね! いきなり立派なおっぱいを二セットも見せられたから、つい我を忘れて……」
発言はどうしようもないエロオヤジなのだが、ドワーフにもドワーフのコンプレックスがあるんだろうな。もっとも、ドワーフは小柄なだけで特別貧乳と言うわけではないので、ペトラの貧乳に種族の差は関係無いのだが。
「そ、それじゃ……こちらの書類に必要事項の記入をお願いします」
「はいはい。りょーかい」
ハンナさんが青筋を立てながら引きつった笑みで書類を差し出すと、ペトラは素直に書類の記入を始めた。どうやら、身長と胸の大きさで負けて悔しいものの、負けは負けなので従順になっているようだ。ドワーフが高身長でグラマラスな種族でないことに安堵した。
「ねえ、ファーレン。何で登録なんて面倒なことしなくちゃいけないの? わだすは今までそこら辺の魔物をぶっ飛ばしてたけど、それじゃダメなの?」
「広場でも少し説明したけど、そんなことしても報酬も名声も得られないよ。せっかくだから簡単に説明してあげるよ」
ウォリアーは騎士ギルドの登録状態によって三種類に分けられる。
どこの騎士ギルドにも登録していないウォリアーは〈野良ウォリアー〉と呼ばれる。今までのペトラがこの状態で、個人的に魔物を狩っているだけだからどこからも報酬は支払われない。
どこかの騎士ギルドに登録していると〈登録ウォリアー〉となる。複数のギルドに登録することも可能で、自分に合ったギルドを探す新人寄りのウォリアーはその傾向が強い。
そして、特定のギルドと専属契約を交わすと〈専属ウォリアー〉となる。優秀なウォリアーを確保するためにギルド側から切り出されることが多く、ウォリアーは他のギルドに登録できなくなるが、優先的に仕事をもらったり報酬が増えたりと言ったメリットもある。
「ふーん。じゃあギルドを品定めして、気の合うギルドで専属を目指すって感じなの?」
「人によるけど、専属を目指す人は多いね。名の知れたウォリアーはほぼ専属だし、ギルドによっては水面下で専属ウォリアーを引き抜く工作を働くこともあるらしい」
「――おいおい、ファーレン。新人に変なことを吹き込むんじゃない」
「あっ、ボス! すみません」
二階に続く階段からボスが見下ろしていた。ペトラの登場で乱れ切っていたギルド内の空気が一瞬で引き締まる。自然と背筋が伸びた。
「ファーレン、ちょっと話がある。すぐに本部長室に来なさい」
「はい、分かりました」
「で、でかい……身長もおっぱいも……」
「ペトラ、絶対にボスに手を出すなよ。死ぬぞ。本当に」
「ファーレン……顔怖い」
「君はここで大人しくギルドの説明を聞くんだ。ハンナさん、イレーネさん、ここはお任せします」
後ろ髪を引かれる思いだが、ペトラのことは二人に任せて二階の本部長室に向かった。