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アメリカ合衆国の意図は二つ。
・中東のアラブ諸国へ専念すること
・日本防衛を日本国に任せ、東アジア一帯の戦乱を起こさせて、中朝露を疲弊させること
防衛費がかかりすぎる。
複数の事を一辺にやろうとするより、一つずつこなす。
つまり各個撃破に戦略を変更したのである。
本音はコストを抑えるためであったが…。
中東方面では、長年の文化流入戦法が成果をあげてきており、アラブ諸国の若者の意識が変わってきていた。
アイデンティティーが失われつつある。
伝統的な考え方が薄まってくれば戦乱が続く事に疑問を持ち始める者も出てくる。
戦後の日本がそうだったように、外来の文化による侵略というのはリアルタイムでは意識されにくい。
そして遂にアラブ諸国との和平が結ばれた。
戦闘による解決ではなく、相手を変えてしまうことで和平へ漕ぎ着けたのだった。
これにより、米軍はアラブ諸国でのコストを抑える事が可能になる。
つまり、次は東アジアということだ。
*
山田はムティスの提案を受け、吟味していた。
中国は一路一帯政策こそ言わなくなったが、基本方針は変えておらず、アフリカ・アジア諸国へ投資を続けている。
周辺国へ投資して原油や天然ガスをパイプラインで輸送している。
それを叩く事で中国を撹乱するという案だ。
ミャンマー、ロシア、カザフスタン、キルギス、トルクメニスタン、ウズベキスタンなど、候補はいくつかあったが、カザフスタンが選ばれた。
ほぼすべてのパイプラインがカザフスタンを通ってるためであった。
もちろん米軍も協力体制を敷いている。
アメリカの力がなければ、日本は何もできない。
これは厳然たる事実である。
特殊任務ということで、秘匿部隊が使われる事になった。
先の和平で、アメリカはカザフスタンとも友好関係になっており、軍事的な交流も開始されつつある。
特にアメリカの兵器には各国が興味を持っており、盛んにプレゼンが行われているという。
これに乗じ、米軍の輸送機で秘匿部隊を運びパイプラインを狙うという作戦だった。
潜入ルートや脱出の手配、ダミーの犯行声明など細かな部分が決められ、実行に移された。
パイプラインの破壊は最小限に抑えられたが、カザフスタン側では修理に手間取り中国への供給が滞ってしまう、という筋書きだ。
中国はエネルギーの供給に不安を抱える事となった。
戦争にはエネルギー資源は欠かせない。
備蓄はあるだろうが、思いきった作戦が取りにくくなる。
足を引っ張るだけでいい訳だから、この程度で良い。
更にロシアが足元を見てエネルギー資源の値上げを要求し出した。
必要不可欠な資源だ。中国は渋々ではあるが値上げを飲まざるを得なくなる。
ほどなくして、中国と台湾は休戦した。
*
「中国人が靖国神社を爆破しました」
「えっ?」
側近の報告を受け、山田は思わず聞き返した。
「テロですね」
「報復か…」
「そういう事でしょう」
「中国政府へ抗議だな」
「了解です」
捨て駒の刺客を送り付けるのは中国伝統のやり方の一つだ。
抗議が為されたが、中国政府は遺憾表明をしただけだった。
不幸な事故で同情する。
我が国の人民が申し訳ないことをしたと思うが、個人が思想をもってテロ行うのをすべて制御できるもんではない。
そんな表面的な謝意を出して終わりだ。
「まあ、ライフラインを壊されなかっただけマシでしょうな」
「だが、ネットでは大騒ぎだぞ」
「言わせておけばいいんです。こんなのは一過性のものですから」
「しかし、対処に困るな」
山田は困惑。
「国内の法律に則って裁けばいいだけです。以前のように中国人だからと赦してしまうのはダメですが」
「もちろん、そんな事はしない」
山田は断言。
「中国政府に断りを入れよう。日本で法を犯したのだから日本で裁くとな」
「はい」
そんな中国のちょっかいはあったものの、山田内閣は軍事アドバイザーのムティスと打ち合わせを重ね、大まかではあるが長期的展望を決めていった。
・日本は防衛に力を入れ、周辺のヤクザ国家との戦いを厭わない。
・大きな戦闘や長きに渡る戦闘は避けるが、小規模から中規模までの短期的戦闘は容認してゆく。
・上記2項により、中国、朝鮮、ロシアを巻き込んで断続的な戦闘を続けてゆく事で、相手国に疲弊をもたらす。
・アメリカ合衆国はこれらの国が疲弊することに対して協力を惜しまない。また間接的な助力をする。
敵性国家消耗促進ドクトリンとでもいうのだろうか。
わざと前線を下げて相手を引き込み、断続的な戦闘を強いる方策である。
もちろん日本の防御力強化、アメリカの後押しが前提になる。
「更に、合衆国ではヨーロッパ諸国との連携を考えております」
ムティスが説明を始める。
「イギリス、オーストラリア、インド…まあ旧英国ばかりですが。あとドイツも参加表明してきてますな。ドイツが加わったら負けそうですがね」
「ふむ、ABCD包囲網を思い起こさせるなあ…」
山田複雑な表情。
「だが、効果はあります」
「だな」
山田はうなずいた。
第二次世界大戦当時のような全体戦争は時代に合わない。
相手を追い詰めすぎ、核を使わせたら負けである。
なので経済戦がメインになる。
イギリスチームが中国周辺に駐屯。
日英米が揃い踏みである。
そして中国を包囲し、朝鮮、ロシアとの団結を妨害する。
各個撃破の原則を守る方針だ。
米中関税合戦は未だ継続中で、これに連合側がチマチマと嫌がらせをしてゆく。
中国への牽制はできた。
朝鮮は内戦が続いている。
ロシアは早晩、こちら側へ寝返るだろう。
日本の内部には抵抗勢力がまだまだ沢山いる。
これを排除する必要がある。
山田の戦いは終わらない。