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現在の日本政府は阿賀内閣。
阿賀総理といえば、いわゆる「アガガー」で有名な総理である。
「あ、そう」が口癖の財務大臣の日暮大臣と「ふーん、そう」が口癖の内閣官房長官の朝比奈官房長官のトリオでマスメディアに取り上げられている。
もちろん、否定的な取り上げ方しかされないが。
在日米軍の撤退までの猶予は一年。
その間に阿賀内閣は自衛隊を軍隊にしようと試みたが、これはすぐに諦めざるを得なかった。
事前調査として無作為に人選してアンケートを実施したところ、自衛隊の軍隊化に反対との答えが半数以上であった。
先頃の憲法改正に辿り着くまでにも大変な力を使っており、自営党は疲弊している。
ここでまたゴリ押ししても否決で終わる可能性が高い。
自衛隊の軍隊化を諦め、有事における特殊な状況及び解釈の拡大を以て進める事にした。
野党やマスメディアから反対の声が上がってくるものの、日本に住むもの全員が米軍不在による不安を共有しているので、批判はあるものの与党の強行という、いつもの形で推し進められた。
まずは予算の組み直し。
思いやり予算は年間約7000億円。
日本の防衛費は年間約6兆円。
つまり、これまではざっくり年間7兆円かかっていた。
それが自前で防衛するとなれば、自衛隊員の増員、新規で兵器や設備の購入などを行わねばならず、少なく見積もっても年間20兆円はかかる。
年間13兆円の増である。
日本国の会計は一般会計は歳入・歳出とも97兆円。
特別会計は一般会計との重複分を抜いてざっくり歳入・歳出とも240兆円。
特別会計の歳入のほとんどが国債費として歳出になるし、元々使い道が決まっているので、あまり自由に使える金がない。
つまりこの予算を捻出するには増税するしかない訳である。
所得税に課税するのは国民の生活基盤を壊しかねないので、嗜好品か消費税を重くするしかない。
また、自衛隊員を増員するにも少子化という問題が立ちはだかっている。
徴兵など許されるはずもないから勧誘を強化することになるが、少子化による人口減の影響で自衛隊に入隊可能な男子も少なくなってきている。
「……消費税率を10%から16%へあげる必要があるな」
阿賀はぽつりとつぶやく。
単純計算で2%の増税で5兆円の増として、6%で15兆円だ。
「16%では切りが悪いから15%にするべきだろう」
朝比奈が言うと、
「そうだな」
日暮がうなずく。
「では15%で」
阿賀は肩をすくめた。
「それと自衛隊員の増員は望み薄だ」
「それでも増員せねば防衛は立ちゆかない」
朝比奈は無表情のまま言った。
「…なにか良い案は?」
「外国人労働者と同じように、自衛隊員も外国人隊員を入れるしかないな」
日暮がやれやれという風に言った。
「アメリカさんのやり方を真似て任期を終えたら国籍が取得できるようにすれば希望者も出てくるだろう」
「しかし、それは保守層から反発があるんじゃないか?」
朝比奈が難色を示した。
「この案に反対ならそいつが入隊すればいいってことだ」
「ああ、なるほどな」
日暮の冗談とも本気ともつかない言葉に阿賀がニヤリとする。
「冗談では済まされん話だぞ」
朝比奈はニヤリともしない。
「他に案はあるかね?」
「…ない」
というようなやり取りの末、自衛隊員は外国人隊員を含む形で増員されていった。
兵器や装備はアメリカより購入すればアメリカの面子も立つし、周辺国へのプレッシャーとなる。
兵器というのは最新というだけで効果がある。
自衛隊は再編され、北海道、東北、北陸、関東、近畿・中部、中国・四国、九州、沖縄の基地へ新人達が振り分けられて行った。
外国人隊員については希望者に対するチェックが厳しく行われ、特に日本の周辺国、いわゆる特定アジア国出身者はハネられた。
すると自然、それらの国以外のアジア諸国出身者が多くなった。
*
「中国人の沖縄への来訪者数が異常にアップしてる」
「いわゆる平和的浸透力ってヤツか?」
「そう思う」
「中国がこういう手でくるだろう事は予測できた」
「ウイグル・チベットを見てればそんな悠長に構えてられんぞ」
阿賀と朝比奈が若干興奮気味でしゃべくるが、
「…まあすぐに対策を打つこともなかろう」
日暮は突き放すように言った。
「沖縄の善良な市民には悪いが、偏向した活動家連中にはいい薬になる」
「しかしそれは意地が悪すぎるのではないか?」
「手遅れになるのではないか?」
「これまでの辺野古での対応を思い出せ、あの連中は基地はいらん、米軍はいらんと言ってきたんだ。米軍が撤退してすぐ自衛隊を入れる事はない。もし中国が何かしてきても、それは逆に自衛隊の出番だし、価値を知らしめる事ができるだろう?」
「……リスクが高くはないか?」
「うむ、あまり賛成はできないな」
「では、今度もまた自衛隊はいらんというのを黙って見てるかね?」
日暮が聞くと、
「……」
「……」
阿賀と朝比奈は黙った。
*
実際には、米軍が撤退を始める以前に、沖縄の世論に変化が起きた。
「米軍が撤退した後、国はちゃんと沖縄を守ってくれるのか!?」
「沖縄の面倒をちゃんと見ろ!」
「無責任な国!」
掌を返し、好き勝手に国の批判が飛び交い、自衛隊を望む声が高まった。
活動家はなりを潜め、県民の生の声が聞こえるようになった。
次第に、これまでの沖縄県知事及びその取り巻きに対する批判が支配的になってゆき、沖縄県知事は辞任。周辺の議員等も去って行かざるを得なくなった。
マスメディアに巣くういわゆる進歩的知識人、自称ジャーナリスト達は、以前とは打って変わって「ちゃんと防衛ができるのか!」という批判をするようになった。
ネットの住人達に「県民感情はどうしたよ?www」とネタにされたが、こんな人達の耳には全く入らず。鉄面皮もいいところである。
さすがにこんな矛盾した主張の鞍替えは一般市民の賛同を得ることができず、偏向報道の名高いマスメディアにおいても潮流が変わらざるを得なかった。
そうすると、今度は「アガガー!」に切り替えてきた。
旧民珍党で構成される野党とメディア関係者が協力して内閣の批判にスイッチしてきたのだった。
国会。
野党議員の阿賀総理に対する質問。
「…であるからして、総理の責任であることは明白です!」
「この責任はどう取るおつもりですか!」
「そうだ!」
野党議員のヤジが飛ぶ。
阿賀は一瞬の間をおいて、
「国民へ負担を強いた一連の責任を取り、辞任する所存でございます」
深々と頭を下げる。
その瞬間。
え?
と、議事堂の空気が凍り付いた。
「な、なにを! 総理、ここでほっぽり出して逃げる気ですか!!!」
追求していた野党議員は声を荒げた。
その腹の中は「おい、逃げる気か!? こんな危うい状況で総理やれんのアンタだけだよ、ボケッ!オレらに回そうとすんなし!!」である。
当然、他の野党議員たちも同じ感想だ。
「や、辞めてどうする!ここはちゃんと事態が落ち着くまで責任をもって続けてもらわなければ困る!」
「そんなことは断じて許されない!」
「そうだ、そうだ!」
一同、ここで辞めるなんて無責任だ!の大合唱。
当の阿賀もポカンとせざるを得なかった。
この場の誰一人として、国事を責任を持ってやり遂げようとする者はいなかった。
*
「…なんか複雑な思いだが、総理を続行することになった」
阿賀はずり落ちそうになるメガネを一差し指で押し上げる。
「わはは、事実は小説より奇なり、だなw」
日暮が無遠慮に笑った。
「うるせー」
「まあ、元の鞘に戻って良かったじゃないか」
朝比奈は顔色一つ変えない。
「うむ、やることは山積みだが、一つずつこなそうじゃないか」
阿賀は机の上にある書類の山を見回して、ため息をついた。