青空卒業式
多分俺はもう駄目だ。
重くまぶしいまぶたが閉じ、この世との別れを感じる。
さよなら、俺をここまで育ててくれたおふくろ・・・と親父。
今日の晩ご飯はグラタンが食べたいよ。
「何ぶつぶつ言ってんのよ」
怒気を含んだ声とともに俺の上に影が落ちた。
あれだ、冗談抜きで死を感じる。
いや今までのも本当だけど。
別格だろ、これは。
目を開けられない。
日差しがぽかぽかでつい屋上で寝転んでいたもんで、俺はうっかり卒業式に出られなかった。
どうやらそれを探していた香梨に見つかってしまったらしい。
せっかくいい気持ちだったのに。
今じゃ変な汗で不愉快極まりない。
「真司・・・あんたよりにもよって晴れの舞台をサボり?いい度胸ね」
「個人の自由・・・です!」
怒りのボルテージが上がっていくのが見える。
俺はこれを神眼と呼んでいる。
心眼ではない、神眼だ!
しかし見えたからと言っても対処法はない。
よって死、あるのみ。
「誰があんたを高校に通わせてくれたの?誰が高校に通えるような知識を詰め込んであげたの?」
「両親と香梨様です」
「よくわかってるじゃない」
「ありがたき幸せ」
「調子に乗るな」
影が消え、俺に再び日差しが降り注いだ。
音と気配でどうやら香梨は隣に座ったらしい。
どうやらしばらくここに居座るらしい・・・恐怖だ。
「・・・真司、怒ってるの?」
それは、年に一回聞けるか聞けないかの香梨の弱弱しい声だった。
珍しすぎてこっちのほうが「怒ってるの?」と聞きたいところだ。
「あたしと同じ学校無理やり通わしたし・・・あたしは余裕だったけど真司は勉強辛かったでしょ?それに見かけるといつも一人だったし」
香梨はいつでもどんなときでも人の中心にいた。
明るく、賢く、美しくの三拍子がそろった香梨を他人は放って置くはずがない。
俺に対しては暴力的であったが、人前では完璧だった。
今日の卒業式も確か答辞を言ったはずだ。
それと違って俺は香梨の言った通り、少しばかり辛い学校生活だった。
いや、はっきり言おう。
「すっげえ辛かった」
勉強はちっともついていけなかったし、友達と呼べる他人も香梨以外はいなかった。
教師はサボる俺に何か言うわけでもなく、ただただ放置プレイ。
もちろん部活なんてものに興味もないし、気力もなかった。
俺に青春の汗と涙なんてものは似合わないのだ。
しんどいことを死ぬ気でやるより、こうして死ぬほど気持ちいい空の下で安らかに眠りたいのだ。
そして俺はきつく目を閉じたまま、香梨に背を向けるように体をよじった。
「なんか・・・ごめん」
「・・・は?」
「だからごめんって」
「・・・はっ?!」
「ぶっ飛ばすわよ!」
まさかまさかまさか!
あの香梨から、謝罪の言葉が聞けるだなんて。
俺は動悸・息切れを感じながら若干小さくなった。
「・・・なんで起きないの?」
「いや・・・気にしないで」
香梨の言葉が反芻していた。
18年間生きてきてはじめての香梨の謝罪。
もしかして何かたくらんでいるのか?
高校生活最後の大罠とか?
いや、それはない。
あのプライドが、鼻が朽ちるはずがない。
そんなことは香梨自身が許さないだろう。
こんな小さくて凶悪な所業・・・するかも。
よく考えたらあの香梨が素直に自分の非を認めるわけがない。
それは俺が何よりの証拠。
10歳のとき皿を投げつけてきやがったときでさえ謝ったことのないやつだ。
12歳のときは船から海に突き落としやがったし。
思い出しただけでも恐ろしい。
これがきっかけで俺の恐怖人生が走馬灯のように思い出されて、同時に安心した。
これは香梨の冗談だと。
俺は安堵のため息をもらさずにはいられなかった。
「・・・香梨、親父さんたちが待ってるだろ。早く帰れ」
「真司も帰らないといけないでしょうが」
「俺は・・・お前にだまされて傷ついたこの心を癒してから帰るよ」
そう発した瞬間、大げさと笑われそうなほど肩が震えた。
心なしか大気もざわめいているような。
気のせいであってほしいと、心底願う自分がいた。
「・・・だまされて傷ついたこの心?誰の?」
「え、いや」
「あんた、あたしがあんたを貶めるためだけに謝ったと?そう言いたいの?」
「いや、あの、決してそんなことは」
振り向けない。
むしろ体が動かない。
恐るべし殺気。
しかし様子がおかしい。
いつもなら容赦なく入る蹴りが一向にこない。
というかありえない声が聞こえる。
これは世間でいう・・・嗚咽。
「どうせっ・・・あたしは・・・凶暴で凶悪なふしだら娘よ。真司のこと好きって言ってもっ、どうせ信じないんでしょうよ!」
「・・・え?」
俺はようやく目を開け飛び起きた。
太陽がまぶしいが、今はそれどころではない。
なんてったって人生最大の出来事が、この短期間で連発しているから。
「でもこれでお別れね!よかったわね!解放されて!」
「あの、そうじゃなくて」
「なによ!あたし涙はまだコントロールできないわよ!」
「違う、っていうか涙もコントロールする気ですか」
「最大の武器を自由に扱えなくて、やまとなでしこなんて務まらないでしょうが!」
「やまとなでしこって自分で言ってる時点で駄目だと・・・」
「うるさい!馬鹿真司!」
とうとう香梨は顔を伏せて大泣きし始めた。
俺はすでに混乱しているが、確認したいことはひとつだけ。
たとえどんなに泣き喚いても、これをはっきりしなければ俺は二度とおいしくご飯を食べることはできないだろう。
いつもは堂々と胸を張り、男の俺より男らしく肝が据わった香梨が小さく弱い女の子に見える。
震える肩にそっと手を添え、俺は香梨の泣き声に負けないぐらい大きな声で叫んだ。
「好きって、本当に?!」
ぴたっと香梨の動きが止まった。
何度目だろう、この清清しいほどの殺気にも似た怒りは。
そして地獄の底から語りかけるような恐ろしい低音で返答があった。
「・・・だったら何よ」
それが仮にも告白してきたやつの言う言葉であろうか。
そしてこのテンションの低さ。
俺が15歳のとき香梨の茶碗を誤って割ったとき以来のテンションだ。
しかし今の俺は一味違う。
なにせ告白を受けた側である。
受け入れるも断るも俺次第なのだから。
「そうだなー、もう一回言ってくれたら俺もちゃんと言うよ」
「・・・卑怯者」
「うっけっけ、なんとでも言いやがれ!俺はお前よりもっと前から好きだったとしか言わな・・・」
「・・・愚か者」
「・・・ええ・・・そのようです・・・」
やはり立場は今後も変更なしのようだ。
・・・というか俺の立場ってなんだろう?
ぜひ学校の七不思議のひとつに加えてほしい。
「これからもあたしのそばにいるなら一回ぐらい聞けるかもね」
「一回だけかよ!つーか学校違うから今みたいにはいられないだろ」
「何言ってんの?学校は一緒でしょ。学部が違うだけで」
「・・・マジですか?」
「何?いやって言うの?」
「滅相もない、光栄です」
「よろしい」
それから泣きじゃくってものすごい顔になっている香梨を引き寄せた。
信じられないことに、あの香梨が照れて真っ赤になっている。
それをごまかすように手足をばたつかす香梨を、俺は思いっきり抱きしめた。
やわらかくて、あたたかくて、まるで春の日差しのようだった。
それから俺は、思ったより小さかった女の子がこれからも笑っていられるようにおまじないをかけた。
誰もいないけど、誰にも聞こえないように「好きだ」とささやく。
香梨は一瞬怒ったような顔をしたけど、すぐに満面の笑みになって今日二回目の告白をされた。
それはかなり効果絶大で、俺は香梨以上に照れてしまった。
今度は俺がごまかすように、でもありったけのいとしさを込めてはじめてのキスをした。
「・・・浮気したら埋めるから」
「怖い!怖いよ!」
「大丈夫、真司にそんな度胸と甲斐性ないの知ってるから」
「どうせヘタレですよー」
「何?浮気したいの?このあたしがいるってのに?」
「いえいえ、そんな恐れ多いこと」
「あいわかった」
「どこの武将だよ」
弥生の青空の下、俺だけの太陽を手に入れた卒業式。
いいですねーこんな青春。なんか甘酸っぱくて・・・鳥肌が立っちゃうぜ☆
なんだか続きが書いてみたい作品のひとつになりました(そんなんばっかで本当にすみません
ここまで読んでくださってありがとうございます。
更新がまちまちな私ですが、どうぞ見捨てないでくださいね!!!!!!!!
それでは。