~麦の番人~ Ⅰ
収穫祭から始まる物語…。あれ?既視感が…あるような…
程なくして、目的の村に着いた。
小さくも大きくもない普通の村であった。
見張り櫓の松明の炎が向かい合う二つの影を照らしだし、冷えた顔を撫でつける。
「なにもんだ!」
その影の一つ―剣呑な雰囲気を纏った農夫——が、村を背にして立っており、両手でピッチフォークを
こちらに向けて怒鳴り声を上げていた。
「夜更けにすまない。旅の者だが、山を越えて歩いて来たばかりで足腰は肉屋に卸す前の家畜のようにぱんぱんと膨れ上がっているんだ。宿が空いているか分からないだろうか?」
農夫は背負われた小柄な影と旅人の疲労の色に気が付いたのか、明らかに警戒を解いた。
「いや、すまねぇだ。こんな時間だからか、見る奴らみんな警戒しちまう。ようこそ、何もねえへんぴな村へ。んだけどもいい時に来たべな。明日は収穫祭でよ。この村で一番の行事だべ。村の連中が飲んで騒いで踊って、豊穣神様へ感謝を捧げるだ。そして、近年豊作続きで稀にみる麦芽酒が振舞われて、それはそれは美味い…っと、宿のことだったべ。実はな、村の収穫祭のせいかは分かんねえけども、珍しく宿は埋まってるからもう無理だって宿の女将さんに言われててよ」
矢継ぎ早のなまった言葉は聞き取りづらかったが、収穫祭とな。
麦芽酒、豪勢な料理、村娘たちの舞踏、それに恋の予感を感じる…!
いや、まて!宿が空いてないと言っていたな、またもや野宿だと!?
思わぬ運命神の導きに心が高鳴るも、温かい布団を冷えた体に巻けないことに気づき、終盤のバラッドの旋律が脳裏をよぎった。
「そこをなんとかならないか?連れが疲れているんだ。」
綺麗だと理解している顔を歪め、懇願を試みる。
「そんな顔しねえでよ、兄ちゃんよ。んっと確か、心当たりがあるんだけどな」
「本当か?」
おもわず期待が声に乗る。
「大通りを真っすぐいくとな、ひと際大きい建物がある。その扉の前に『麦の番人』がおるはずだ。きっと泊めてくれると思うべ」
「感謝する」
『麦の番人』という言葉に引っかかりを覚えるも、目の前の希望に急く気持ちを抑えきれず、頭より足を動かして見張り櫓を後にする。
「ゆっくりしてってくんろー」
モゾっと背中で外套が擦れる。後ろからの間延びした声に反応したのだろうか。フッと微笑みが零れた。剣呑な雰囲気で起きなかった図太さに。年に一度の収穫祭の幸運に巡り合えたことに。明日、見れるであろう笑顔とその声に。
動かす足は軽くなっていた。
***
舗装もされていない大通り(馬車が一台通れるくらいで名前負けしている)を歩きながら、周辺を見る。
木造建てで藁ぶき屋根の家々が、道に沿って不規則に並んでいる。明かりはついておらず、住人はすっかり寝入っていると思われる。 ある家の壁には子ども大の粗雑な藁人形が立てられていたり、水の張った 水桶に入れられた色とりどりの秋の花たちが見える。
明日の収穫祭の飾りだろうか、そう考えながら視線を前に戻す。
広場らしき広い場所を通り過ぎると、存在感を示すようなエイシュヌ正教の教会が目に入った。田舎のへんぴな村とはいえ、数百年に渡って影響力は健在のようだ。 私は神という存在は信じるが、教徒になることでその力に守られるなどとは考えない。事実、人々に備わっている神の恩寵というべき力には個人に差があるからだ…。などと考えつつ、さらに進むと前方の奥の方で倉庫のような建物があり、誰かが焚き火を
しているようであった。
倉庫に泊まるのかと不安を覚えつつ、近づく。
パチッと焚き火が音を立て、人影を橙色の光で照らした。
焚き火の主は、くすんだ金色の髪をした少年だった。
「あっ、あのっ、どなたでしょうか?」
おどおどとした少年は立ち上がり、誰何した。
少年の全体に視線を向ける。彼の体格からすると十代中頃だろう。 『麦の番人』という名から、いかにも屈強な日差しで焦げた肌の筋骨隆々の農夫を予想していたのだが、少年の四肢は細く、とても力があるようには見えなかった。
「このような夜分にすまない。私はしがない旅人だ。山を越えてやってきたのだが、宿に空きが無いなら、心優しき『麦の番人』が泊めてくれると見張りに聞いたのだよ。それは君かな?」
優しく声をかけると、少年は少し安心した表情とともに、
「こ、心優しきかは分かりませんが、『麦の番人』はボクのことです。外では体が冷えま
しょう。お連れの方も一緒にボクの家にどうぞ!」と最も期待していた答えを言った。
どうやら少年は少しどもり癖があるようだ。
しかし、見知らぬ風来坊の言葉ひとつを信じこみ、泊めてもらえるとは心優しきではないのか?
「しかし、私たちは君にお返しできるものなどないのだが良いのだろうか?」
「と、とんでもない!困ったときはお互い様です!」
少年はいかにもそれが当たり前である、というような気持ちを声と表情で表した。
両親はさぞかし良識をもった方々なのだろう、そう思わずにはいられなかった。
「感謝する、心優しき少年よ。しかし、番人が離れていいのかい?」
腰には連れをおぶっているので頭を下げ、問う。
「す、少しくらい大丈夫ですよ。だってあなたの後ろの家がボクの家ですから」
後ろを向くと、周りの家々と違い、二階のある屋敷が建っていた。
左右対称で白い塗られた壁と赤みがかった屋根が美しいコントラストになっている。
屋敷を取り囲むように積み重なった石の壁は内部を隠し、中心にある立派な門は侵入者を拒むのだろう。そして備え付けの家具も上等で、さぞかし寝台も良い物があるのだろう。そのような良い予感とは逆に、嫌な予感を感じた。
体の横から小さい体が通り抜け、門の前に立つ。
少年が自分の頭の高さくらいにある門の金具をガン、ガガガン、ガンと打ち付ける。
先の見張り男のなまった喋りに比べ、拙いながらも洗練された王国語、そして、屋敷。間違いなく貴族であろう。貴族たちにはあまりいい思い出がない。身内以外では。それに連れの容姿は目立つ。さて、どう対処するか。恩寵の力に頼りたいが、両手が塞がって布を出せない。もしもの際は…
そう考えながら、背中の連れを支える腕に力が入る。
しばらくすると、扉の閂が抜かれる音がし、使用人と思われる老婆が蝋台を片手に出てきた。
ニコリと微笑んだ時の皺が刻まれた顔は生きている年月の長さと穏やかな性格をしていると思わせるに
十分だった。
「まあ、坊ちゃま、どうにかなさいましたか?何か必要な物でも?」
しわがれた声は心配と相手を敬う声色をしていた。
「ち、違うんだ、ばあや。旅人さんが寝場所に困っていてから、家に泊めたいんだ」
子供と老婆に力を使うことに罪悪感を覚えながら、小声で詠唱するために魔力という水を汲もうと
器の蓋をずらそうとした時、
「まぁ!久しぶりのお客様を坊ちゃまが…!急いで、寝室をご用意します!」
と、老婆が高齢とは思えぬ足取りでドタドタと屋敷の中へ戻っていった。
「…」
呆気にとられた私に少年がすかさず中に入るように促した。
***
貴族。この世界の人間カーストの二位に位置する。最上位の王に忠誠を誓い、三位の文官・騎士・商人を使って影響力を広め、四位の農民たちから税を徴収し、五位の奴隷を多く所有する者たち。国によってカーストは異なる。基本、「光貴なる生まれをもつ者はそれに相応しい態度と行動をしなければならない」
という言葉に従うべき存在だが、従う者、従わない者は勿論いる。
貴族はあらゆる事柄を利用し己の力とすべく、自分に利がある者に甘い蜜を与え、自分に害を与える者には冷たい鉄を味合わせる。しかし、彼らは好んでやっているわけではない。そうしなければ生き残ることはできないのだ。あらゆる悪意が飛び交う魑魅魍魎の住処では。
『人間種の社会』~フンヴォ・ベッケル~
いやーコミュ障って大変ですねー(棒)