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放課後になると、ゆかりは学校から出て、近くの商店街にある本屋に向かった。放課後を指定したのは雅臣だったが、待ち合わせ場所を指定したのはゆかりである。学校内で雅臣と会うと、生徒の視線が気になるのと、もう一つ……。
(うーん……やっぱりテソロミオは売ってないかあ……)
少女コミックコーナーをひとしきり眺めて確認する。なつめちゃんとミナトの再会シーンを見たものの、覚えていた再会シーンと大きな剥離があったせいで記憶に自信がなくなってきたのだ。できるなら読み返したいテソロミオ。思わず一句読んでしまうゆかりである。
「お待たせ、ゆかり」
本屋の入り口から颯爽と登場した雅臣の顔の良さに改めてはっとし、ゆかりはうろたえた。
(放課後デートみたい……)
急に自分の身だしなみが気になり、ソワソワしてしまう。耳に髪をかけて、雅臣に微笑み返しながら、学校出る前に鏡を見て、リップぐらいぬるんだったと後悔しきりだ。
「何か買う?」
「ううん、大丈夫」
「それじゃあ、行こうか?」
「うん」
ふたり並んで本屋を出る。
自然と雅臣が歩き出した方向に追随したものの、どこに向かっているのだろうか。
やがて雅臣が足を止めたのは、小さなカフェレストランだった。
白くて可愛いらしい。あの夜の秘密の洋館のようなレストランをどことなく彷彿とさせる。
迷いなく真鍮の扉に手をかける雅臣に、ゆかりのほうがどぎまぎしてしまう。
ドアベルを合図にやってきた気風の良いおかみさんが、雅臣を見て嬉しそうに笑った。
「雅臣くん、久しぶりだね!」
「そうかな、先週も来たと思うけど」
「いやだね、先々週の間違いじゃないの?」
どうやら店員さんとは旧知の仲のようだった。気安い口をききながら、雅臣がゆかりを手招きすると、おかみさんがおや、と眉を上げる。
「雅臣くんも隅に置けないねえ。あんなに小さかった坊やが彼女を連れてくるなんて。私も歳をとるわけだね。さあ、おいでよ、別嬪さん! あんた! 雅臣くんが未来の嫁さん連れてきたよ!」
間隙を与えず、おかみさんがまくし立てると、奥から大柄なコックさんが飛び出してきた。
「雅臣に嫁だって!? あんなちっこかったガキが一丁前になりやがって!! おめえ、まだ中坊なんだから、節度ってもんは守れよ! 泣くのはいつだって女なんだからな!」
「全く知った口をきくんじゃないよ、あんたが女の何をしってんのさ」
「なんだと、ババア!」
「あんだい、このくそじじい!!」
この間、ゆかりは口を挟む間もなくぽかんとしていたが、雅臣は慣れたものなのかいたって涼しい顔をしている。
「それで? 腹へってんのか?」
ジロリと訊ねられ、ゆかりは慌てて首を振って否定した。
「話がしたいんだ、お茶をふたつ」
「あいよ」
雅臣が注文を済ませると、店主は厨房に引っ込み、おかみさんもその場を離れた。
一番奥の席に座るように促され、ゆかりが腰を下ろすと対面に座った雅臣が苦笑した。
「ごめん、騒がしい人たちだけど、いい人たちだから」
「……なんとなくわかるよ」
ふたりとも口は悪いが、目は優しく愛情深いことが伝わってきた。店主とおかみさんにもみくちゃにされる幼い雅臣の姿を想像してしまう。……うん、かわいいかも……。
頬を緩ませるゆかりを雅臣が不思議そうに見つめていることに気づいて、ゆかりは慌てて顔を引き締めた。
「フルーツティーとフルーツサンドだよ」
おかみさんが滑るような動作で配膳してくれる。透明なティーポットに並々つがれた透き通った紅茶の中に色とりどりのフルーツが踊っている。そして大皿に乗ったクリームたっぷりのフルーツサンド!
「え? でも、」
「これぐらい食べられるだろ? 若いんだから! それとも嫌いなものがあるのかい?」
「いいえ! 大好きです……!」
「あっはっは! それはよかった。お嬢さん、あ、名前はなんて言うんだい?」
「麻野ゆかりです」
「そうかい! ゆかりちゃんだね。ゆっくりしていきなよ。雅臣くんもね」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとう、千歳さん」
勢いに圧倒されて受け入れてしまったが、よかったのだろうか。ゆかりがそんな思いでいると、雅臣が内緒話のように囁く。
「年輩の人が、若い人にたくさん食べさせたがるのってなんでだろうね……」
「たしかに……」
ゆかりもうなずきつつ、くすくすと笑ってしまう。
「食べようか。おいしいから」
「うん」