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 昨日はお酒が入っていたこともあり(ゆかり除く)、収拾がつかなくなっていたのもあって話し合いは平行線のまま、終了した。夜遅くまで三人で話していたせいで、すっかり寝不足である。


 しかも昨日は調子に乗って食べすぎてしまった……。朝ごはんは抜いてきたけど、こんな調子で大丈夫だろうか。


「おーっす、麻野」


 席についてぼんやりしていると、突然話しかけられて、少し驚きつつ視線をあげれば、まえの席に鞄を置いて、ゆかりの顔をのぞき込んでいるミナトの姿があった。


「おはよう、秋前くん。席、私の前だったんだ」


 ミナトは椅子に横向きで腰かけると、背もたれに腕を置いて体をひねるように話しかけてくる。


「麻野って、そうやって大人しく座ってるとなんかお嬢さまっぽいな」


「そう? かな? はは……」


「……なあ、なんか……」


 そうミナトが何かを言いかけた時、廊下側の窓が開いて、近くに座っていたゆかりとミナトの会話が自然と途切れる。


「やあ、おはよう」


(雅臣……!?)


 朝から衆目を集めるさわやかな笑顔が覗いて、昨日の二の舞になることを避けるため、ゆかりはさっと席を立った。


「麻野!」


「え?」


 廊下に出ようとしたゆかりの背中に呼びかける声に振り向くと、ミナトが真面目な顔でゆかりを見ていた。


「大丈夫か?」


「うん? 大丈夫だよ、ありがとう」


 何を心配しているかは定かではないものの、ゆかりを心配してくれていることは伝わって、ゆかりはミナトに笑顔でこたえてから廊下に出ようとして、扉の近くにいた女の子と肩がぶつかった。


 大きな目が印象的な女の子だった。頭の高いところでふんわり結われたお団子ヘアーにおくれ毛がかわいらしい。


「あ、ごめんね」


 ゆかりが謝ると、女の子からじっと見つめられる。リスのようにつぶらでまるく黒い目だった。


「えっと、痛かった? かな?」


「…………」


 女の子が答えないので、困っていると、廊下から雅臣が、教室からミナトが近づいてくる。なんとなく挟み撃ちの態勢。


「ゆかり?」


「麻野、どうかした……って、……おまえ」


 女の子を見たミナトの目が大きくなる。女の子もはっとしたようにミナトを見つめた。


「……なつめ?」


(!!!)


 ゆかりはとっさに口を両手で覆った。


(なつめちゃんか、この子!!)


 テソロミオのヒロインはポニーテールがトレードマークだったので完全に失念していたが、言われてみれば、テソロミオのなつめちゃんそのものである。ミナトに声をかけられて、たじろいだ様子で頬を染めている様は大変かわいらしい。思わずニマニマしてしまいそうで、手を口から外せない。


「なつめ……だよな?」


「……」


 なつめちゃんがこくんとうなずくと、ミナトはほっとしたように小さく笑った。


「久しぶり。元気だったか?」


「……」


 またうなずくなつめちゃん。


「……やー、だけど、おまえアレだな! 女らしくなったな……!」


 口数の少ないなつめちゃんに困ったように軽口をたたくミナトに、「…………ごめん、なさい……」と顔を伏せたなつめちゃんが突然走り去ってしまう。ぽかんと口を開けるミナトと、何が何だかわからないといった顔の雅臣。


 ぽかんとしながらミナトが、「俺……まずいこと言った?」とつぶやく。


 たしかに今のタイミングだと、なつめちゃんがミナトの軽口に傷ついて逃げたようにも見えるけど。


(テソロミオのなつめちゃんは、過去の行き違いを後悔してたはず……)


「秋前くん、さっきの子、知り合いなんでしょ? 彼女、秋前くんに何か謝りたいことでもあったんじゃないの?」


「あ……」


「追いかけなくていいの?」


 何なら私が行くけど、と走り出すそぶりを見せるゆかりに、


「いや、俺が行くよ」


 とミナトが少女漫画のヒーローらしく、にかっと笑った。




(行ってしまった……)


 できれば追いかけて、ふたりのやりとりを眺めたいところではあるが、そうもいかない。


 ちら、と雅臣を見ると、雅臣も苦笑気味にゆかりを見る。


「来たタイミングが悪かったな……」


「なんだかすみません……」


「いや……、あとでふたりで話せる?」


「うん……」


 放課後にふたりで会う約束をした去り際、すっと雅臣の指がゆかりの頬の高い部分に触れた。ゆかりが過剰な反応を見せるより前に、雅臣の体が離れる。


「寝不足? そんな顔してる」


「……色々あって」


「色々」


「うん」


 昨日の話し合いのことを思い出して、少し滅入った表情を見せるゆかりに、雅臣が口を開く。


「父さんたちのことなら、俺は反対しないよ」


 はっと顔を上げるゆかりに、雅臣が笑みを浮かべて階段のほうへ向かって行く。


 チャイムが鳴るまでの束の間、ゆかりは黙って雅臣の背中を見送っていた。



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