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おいしいお茶とフルーツサンドですっかりリラックスしたゆかりは、昨日の夜の出来事を雅臣にひと通り報告する。
ひかりが真一にプロポーズされたこと。蓮見が自分は用済みだから辞めると言い出したこと。ゆかりは別居するからこのまま蓮見と暮らそうと言って、ひかりが怒ったこと。
他にお客さんがいなかったこともあって、母親が女優であること以外は包み隠さず話した。おかみさんと店主の気の良さとここへ連れてきた雅臣を信用してのことだ。
ゆかりがすべて話し終わると、雅臣が今聞いた話を消化するようかのように吐息をつく。
「――これは想像以上だな……」
「お母さんと東のおじさまの結婚には誰も反対してないの。むしろ大賛成。……雅臣も賛成してくれるなんて思ってなかったから驚いたけど。あ、もちろん、うれしい驚きだよ!」
慌ててフォローを入れるゆかりに、雅臣が笑ってお茶を飲む。
そんな何気ない仕草までもが絵になるなあ、と口には出せない感想を抱きながら、ゆかりも紅茶のカップを傾けた。飲み頃の温度は過ぎてしまったものの、フルーツの果汁が溶け込んだ紅茶はほんのり甘くてとてもおいしい。
「蓮見さんはいつから、ゆかりの家に?」
「……ええと、私が小学校に上がる前かな。お母さんがベビーシッターを探してたら、たまたま来てくれたのが蓮見さんで、お母さんとも意気投合したし、私も懐いたからってそのままずっと。お母さんは仕事で家を空けることが多かったから、私はいつも蓮見さんに遊んでもらってて……だから蓮見さんは私にとってもうひとりのお母さんなの」
「そうか。うちにも長いこと勤めてくれているお手伝いさんがいるからわかるよ。母親みたいだって思う気持ちも」
(雅臣も……)
それから、雅臣が東家のお手伝いさんのことを話してくれた。東のおばあ様がお嫁に来た頃から勤めていて生き字引のような人のため、雅臣も東のおじさまも頭が上がらないらしい。
雅臣に話を聞いてもらったことで、ささくれ立っていた気持ちが随分と落ちついた気がする。何かが解決したわけじゃないのだけど、前向きな気持ちになったことは確かだった。
「あの、ありがとう、雅臣」
「何が?」
「話を聞いてくれて。私、気持ちの整理ができたような気がする」
顔を上気させながら、ゆかりが微笑むと、雅臣もうれしそうに笑った。
「どういたしまして。今回は俺に関係ない話じゃないから、ゆかりも相談してくれたんだと思うけど、これからも俺に色々話してくれるとうれしいな。俺たち、家族になるわけだし」
「え……、あ、そっか」
すっかり失念していた事実に気づいて今更ながらに動揺が生じる。
ひかりと真一が結婚するということは、雅臣と自分は兄妹になるということだ。
零れ落ちそうに目を見開くゆかりに雅臣も驚いたように口を開く。
「今気づいたの?」
「……うん、はい、ええと、そう……」
歯切れ悪く肯定するゆかりに、雅臣が頬杖をつきながら、興味深そうにゆかりを眺める。
(呆れられた……?)
上目で雅臣の様子をうかがうゆかりに、雅臣が安心させるように笑う。
「ゆかりといるといつだって新鮮な気持ちになるよ」
「あの、それは、どういう……」
「ゆかりと会えてよかったってことだよ」
そう言って向けられた甘い笑顔に、わけがわからないながらも舞い上がってしまいそうになり、ゆかりはとっさにお手洗いだと告げて席を立った。
トイレから出ると、店主のおじさんとおかみさんと雅臣がワイワイと楽しそうに会話をしていた。ゆかりが心配することではないが、他のお客さんがいないがそれは大丈夫なのだろうか。
「あ、ゆかりちゃん! おいでおいで」
ぼーっと立っているゆかりに気づいたおかみさんが手招きをする。近づいていくと、おかみさんが、小さなアルバムを見せてくれた。
「雅臣くんの小さい頃の写真だよ」
「えっ! 見たいです」
先ほど妄想もとい想像をしていた幼き雅臣である。文明万歳。
(んふふ、かわいい、んふふふふ)
真新しい制服に身を包んだ今より少し幼い雅臣や、小学生の雅臣。ほとんど今と変わらない東のおじさまもいる。もっと遡ると、雅臣がどんどん幼く、可愛くなっていく。
ふと、ゆかりの動きが止まった。
「ゆかり?」
「雅臣……これ……」
ゆかりに促され、アルバムを覗き込んだ雅臣の顔も驚きに変わる。
赤ん坊の雅臣を抱きしめて笑う蓮見が写っていた。