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ボーイミーツガール1

初投稿になります。よろしくお願いします。


 東京の駅というのはまるで巨大の迷路のようだとゆかりは独りごちた。


 JRに地下鉄、連絡通路、出口は両手の指の数を超え、しかもあちらこちらがデパートやファッションビルに連結していて、改札の中にも外にもお店がたくさんある……。


 四方を山に囲まれたのんびりとした田舎の町で育ったゆかりは視界をせわしなく横切っていくサラリーマンや学生たちの姿を目で追うともなく追い、思い出したように息を吐いた。


(それにしても蓮見さんはどこまで行ったんだろう?)


 ゆかりはお手伝いで母親代わりの女性の姿を探して、顔を左右に向けた。


 そして、抱っこ紐に赤ちゃんを抱えながら、小さい男の子と手をつないで畳んだベビーカーと荷物を持ちながら階段をあがろうとしている母親を見つけて、小走りに近づいた。


「こんにちは。お手伝いしますね」


「え……」


 母親は戸惑っているようだったので、ゆかりは笑顔で手を差し出した。


「大丈夫です。こう見えて、力持ちなんですよ」


 蓮見からもよく言われる。ゆかりは見かけと違って本当にパワフルだって。


 果たして言葉通りベビーカーと大きなエコバッグを持って、ゆかりは長い階段を登り切った。


 その先で、「ゆかりさん! こちらにいたんですか」という慌てた声とともに自分に向かって駆け寄ってくる蓮見の姿を見つけた。


「蓮見さん、どこ行ってたの?」


「ゆかりさんこそ! 私は駅員さんに道を聞くつもりで……」


 ――駅員さん? そこでやっとゆかりは蓮見の少し後ろを歩いてきた人物に気づき――、息をのんだ……。


 ドラマや映画だったらここでドラマチックなイントロが鳴り出してもおかしくないほどの正統派美形男子がそこにいた。


 光をはじくような黒い髪に涼やかな目もと、凛々しくどこか甘さも含む口もと、目がくらむような爽やかなほほえみ――。つまり……とってもかっこいいです。


(うわあ、うわあ、さすが東京……。都会は駅員さんも……って、この人制服着てないよね……?)


「駅員さんに道を聞くつもりで、こちらの親切な方が道を教えてくれたんですよ。ゆかりさん」


「そう……」


「赤坂のホテルニューコタニでしたよね、ゆかりさん」


「そうずら……」


 半ば無意識にうなずいていると、正統派美形の……王子様がゆかりに向って手を差し出してきた。それまで、王子様のまわりだけきらめいていた空気が一気にゆかりをつつみこんで、辺りが華やかな薔薇色の空間に変わる。


「荷物持ちますよ、重いでしょう」


 王子様の完璧な形をしたくちびるが動いてなにかを言ったが、ゆかりはぽーっと見とれたまま、王子様の手に自分の手をちょんと重ねた。


 とたん涼しげだった王子様の表情にわずかな動揺とともに朱色が生じる。


 凪いだ水面に一石が投じられたその瞬間、


「あ、ありがとうございます……っ」


 手すりにつかまりながら子供ふたりとともに息を切らし、階段を登り切った母親が声をかけてきた。


 ゆかりはベビーカーと大きな荷物を抱えながら、王子様と対峙していたことに気づき、顔を真っ赤に染め上げた。




 何度もお礼を言う母親と、恥ずかしそうに手をふる小さな男の子と別れると、ゆかりと蓮見は王子様の案内で駅を抜け、王子様を迎えに上がった黒塗りのセダンに同乗させてもらうことになっていた。


「な、なにゆえに?」


 こっそり蓮見に訊ねれば、そっと説明がなされる。


 駅員さんに道を聞くつもりだったが、皆さん忙しそうにお年寄りや観光客の相手をしていたため、困っておろおろしていた蓮見に、王子様のほうから「どうかしましたか」と訊ねてきてくれたらしい。


 ホテルへの行き先を聞けば、王子様もそこへ向かうのだと言い、よければご一緒にと誘ってくれたという。


(見た目だけじゃなくて中身まで素敵なんて……)


 ますます視線に熱がこもってしまうじゃないか。


 ゆかりの熱い視線に気づくと、王子様は困ったように目もとを笑わせる。その笑顔といったら……! もう、ため息ものである。


 胸中と視線だけが雄弁で忙しいゆかりを見かねたのか、蓮見が居住まいをただした。


「申し遅れました、私は蓮見と申します。こちらの麻野ゆかりさんのお目付け役でございます。……坊ちゃまの、お名前も伺ってもよろしいでしょうか」


 突然の蓮見の改まった佇まいに王子様もすっと背筋を伸ばし、そして物慣れたように名乗った。


「ああ、失礼しました。私は東雅臣と申します」


「東……それは、あの東グループの?」


 蓮見が少し驚いたように言うからにはかなり有名なんだろうか、とゆかりは小首をかしげ、それより、教えてもらった名前を忘れないようにと必死に脳内で反芻した。東雅臣、あずままさおみ、あずま……。なんだろう、何かがひっかかる名前である。


 ――東先輩のキャラ、最高~! ヒロインに一途で、かっこよくて、ちょっと残念なところもかわいい~。


 誰のものとも知らない脳内に響く声にゆかりの体が小さく震えた。


 ――主人公カップルの邪魔ばっかりするくせに、すぐ言いくるめられるところほんと好き!


 目の前がちかちかと点滅し、ゆかりの脳内に白黒の紙吹雪が舞う。その紙吹雪のような紙片は、ぐるぐると叩きつけあうように舞いながら、おのずと一冊の冊子に、コミック本に変化していく。


 そのコミック……少女漫画のタイトルを、登場人物を、ゆかりはなぜか知っていた。


 東雅臣は、少女漫画テソロミオの登場人物のひとり。


 フィクションの人物である。





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