ここはどこでしょう?
穴に落ちました。
お茶を吹いた青年は漆黒の髪に漆黒の瞳、
ふわっふわのバスローブみたいなのを羽織っている。
「おっ、お邪魔いたします?」
焦ってソファーから立ち上がると、隣にいた青年にとりあえずご挨拶。でもここどこ?
「おまえは誰だ?どこから来た?」
地の底から響くような低い声・鋭い目つきでにらみつけてくる。
おそるおそる上を見上げる。
あ、天井に穴が開いている。えーっといろいろと、どうしよう。
「あははは…あそこから」
ひきつる笑顔で天井を指さす。だって、私だってわからないもん。床下の穴から落ちてきたらここにいたんだもん!!!って若ければごまかせるけどこの年じゃ無理。
なんでこうなったのかわからないまま背中から尋常じゃない汗がダラダラ流れ出る。
「旦那様、ここは私にお任せいただけますか?」
目の前の執事さん?が顔をタオルの様なものでぬぐっいながら真っ黒青年に話しかける。
「うむ。われは大変気分が悪い。もう寝る。こやつの処分は任せる。」
と、席を立つ。うわぁ、ここまでお客様を怒らせたことないよ。
とりあえず、執事さんに話してみて何か打開策を練ろう。っていうか処分?すっごい偉い人の家?
「それではおやすみなさいませ。」
恭しくお辞儀をする執事さん。真っ黒青年が部屋から出るとすごい速さでつかつかと歩み寄ってくる。
「穴に入って来たのですな?!」
と至近距離から詰められる。
「穴?!あっ、そ、そうです。あの、どう説明したらよいか…」
なんとなく何か知っていそうか気配の執事さんに経緯を話す。
はぁ。大工さんや、おじいさんおばあさんびっくりしていないかな。急に消えたんだもんね。
「やはりそうですか!前に天井からこんなものが落ちてきたのですがご存知ですか?」
そこには割れたビー玉が。あぁ、おじいさんが石を落としても深さがわからなかったって言っていたけど、ビー玉もやってたんだなぁ。
「はい。昔からのおもちゃのビー玉ですね。70年くらい前におじいさんが落としたのだと思います。」
「ほぉ。これをご存知ということはあなたは地球からきたのですね?」
はい?日本語しゃべってるおじさんなのに、何いっていっているんでしょうか。ちょっと冷静になってみたほうがいい感じ?
見回せば、この部屋、壁は石造り。ピンクやグリーンが入っているけどイタリアの教会のような大理石みたい。窓はない。日本の建築基準法ではアウトだけど地下室だからかしら。扉は金属製。なかなか日本でお見受けしない凝った細工がされている。重そうだけど…。執事さんは目がアメジストのような紫色。きれいだけどこんな色見たことない。いや、地下室っていっても結構落ちたよね。どんだけ深いの?
「あの、こちらはどこでしょうか?」
「おお、こちらは地球が存在するのとは別の世界になります。あなたの落ちた穴は先代の主様が実験でうっかり開けた穴でですね、閉じたと思ったのですが、まだ現存していたのですな!」
「現存って…他の人達も落ちちゃうのですか?」
「安心してください。急ぎ穴を塞ぐべく、次元の歪みに対処します。なぁに。2回目ですから上手くいきますよ!」
2回目…ちょっとまって、前回は失敗してるじゃない?しかも、私はどうなるの?言葉は?あれ?
「あの、私は帰れるのですか?ていうかなんで言葉通じているの?」
「それは、ここが神の間でありますので、発音は意味をなしません。発言したものが理解できる言語で伝わっているだけです。あなたが帰ることは…わかりません。」
神の間?なんだか痛い人たちなのかしら?帰れるかわからない?神なのに?これからどうしたらいいの?
ここへきて処分の意味が重くのしかかってくる。処分されちゃうの?たぶん、向こうでは神隠しくらいの扱いになるわけでしょ。で、こっちの世界のひとではないってことは死んでも誰も困らないわけで…
「そっか。穴で頭を打ったんだ。夢の世界だね。早く目を覚まさなくっちゃ。」
きっとそうだ。と小さな声で呟く私に執事さんが寂しそうにこちらを見ながら、
「あぁ、受け入れがたいですね。でも、事実です。あなたはあちらの世界にご家族やお子さんは?」
と、心底心配そうに、声を掛けられる。
「親はいますが、色々あり疎遠です。子供は、結婚すらしていませんから…」
ちょっと暗い気持ちで答える。
「では、しばらくここで働きませんか?せめて受け入れられるようになるまで。」
「そんな、さっきの青年は処分するって」
「いえいえ、先代の主様が原因で引き起こされたこと。私の責任において対処します!」
胸をドンと叩く執事さん。私はなす統べなくお世話になることになった。一晩寝たら夢だったとのオチに期待しながら。