七.キョンシー使いの危惧
日も傾きかけた夕刻。人気のない、使われていない古い教室に、五つの人影がやって来た。その内の、飛びぬけて小さな影が、てくてくと教室内に入る。
小さな赤い下駄、白い足袋。紅白の巫女装束を身に纏った、長い黒髪の童女――綺羅姫は、立ち止まって振り向いた。
その顔は、何か文句を言いたそうな表情で溢れているが、口にはしなかった。
「それじゃあ、あたしたちも帰るね。もう誰かを巻き込んだり、迷惑かけちゃダメだよ」
手を振る副会長。返事はしなかった。代わりに、ふいとそっぽを向いた。それを見て、書記が冷たい眼差しをぶつけてくる。
「分かっているでしょう? あなたに関わった人間は、みんな不幸になるの。あなたの正体を知られて、辛い思いをするのはあなたなんだから、いい加減大人しくなりなさい」
「まあまあ、今日はその辺にして」
追い詰めるような書記の説教を、会計が宥めて終わらせる。その側で、新入生が険しい顔をしていた。副会長が、その顔を覗き込む。
「どうしたー? ケンカ番長」
「誰がケンカ番長だ。勝手に変な役職を作るな」
「だって、他に役職ないし。覚先輩は、魅惑のプリンスとか名乗ってたよ。それでも引き継ぐ?」
「絶対に嫌だ。何考えてんだ、あのバカ兄貴は」
ケンカ番長は機嫌悪そうに副会長に愚痴った。
「それより、あんな脅しで今時の高校生が大人しく従うとでも思ってるのか? 後でシメて言い聞かせた方がいいぞ」
「そんなことしたら、余計に事が荒立つじゃんよ。大丈夫だよ、そんな口の軽そうな娘には見えなかったし。心配要らないって」
「どうだかな」
「何よ、あたしのやり方に文句でも?」
「そうじゃないが。ただ、あいつにあの捨て台詞は、逆効果じゃないかと……」
ケンカ番長は憶測する。前々から鬼だ鬼だと騒いでいた、あのおかしな女子生徒には、常識が通じないであろうと。まして、あの台詞では、鬼探し頑張れよ、と応援しているのと変わりないのではないかと思えるくらいだと。
その意図を簡潔に説明すると、副会長は少し考え込むような素振りを見せるも、やっぱり特に何も考えていないように振舞って、軽く返答した。
「とにかく、暫くは彼女から目を離さないように。暁くん、同じクラスなんでしょ、頼むわよ」
「言われなくても、前からやってる。あいつは危険人物だ」
「あー、そんなこと言って、あの娘にホの字だったりしてー。キャハハ!」
「ふざけんな、ぶっ飛ばすぞ」
「わー怖ーい」
ギャーギャー喚く、賑やかな声は次第に立ち去り、そこには静寂が訪れる。
教室の中で一人立ち尽くす童女が、拳を強く握りしめる。わずかに頬が綻び、口が釣り上がった。