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六.捕縛と警告

 図書室を出て、側の廊下を走っていると、遠くでベルの鳴る音がした。災害時に使う、非常用のやつだ。火事でも起こったのかと、談子は立ち止まって振り返った。


「何かあったのかな?」


「むっ、いかん、気付かれた!」


 背中におぶさっている綺羅姫が、敏感に反応する。談子の髪をピンピン引っ張って急かした。


「急げ談子、逃げるのじゃ!」


「えっ、逃げるって何で? どこに?」


「どこでもいい、早く走れ。奴らが来る!」


 まごついているうちに、前方の曲がり角から人影が現れた。


「綺羅姫、みーつけたー!」


 女子生徒だった。長い茶髪をなびかせ、手にはなぜか、虫取り網を握っている。その楽しそうな顔を、談子は見た記憶があった。


 たしか生徒会副会長の、夏みかん。


 まだ二年生なのに重役に就いていることに感心したため、よく覚えていた。


「まずい、こっちへ逃げるぞ!」


 綺羅姫が髪の毛を強く引っ張る。痛さによろけながらも、指示された方向へ駆け出した。


「待ちなさい、逃げても無駄なんだから!」


 みかんは、しつこく追いかけてくる。なぜ追ってくるのだろう。もしや鬼の置物を壊したことがばれたのか。談子は思い当たる節を思い出し、表情を歪めた。


 きっとそうだ、そうでなければ、あそこまで血眼になって追いかけてくるなんて、あり得ない。


「や、やっぱり、ちゃんと謝ったほうがいいよ、綺羅姫」


「ならぬ! 捕まれば、きつーいお仕置きが待っておる」


 談子の脳内を、自分が妄想できる限りの、きつーいお仕置き図が過ぎった。なんて恐ろしい。


 それを回避するべく、湧き出した気合いをエネルギーに、走る速度が飛躍的に上昇する。だんだん距離が開き、なんとか、みかんを撒けた。


 と、思った矢先に、目の前からまた人影が飛び出してくる。


「新学期早々、手古摺らせるんじゃねえよ!」


「げっ、暁!?」


 慌ててブレーキをかける。飛び出してきたのは、口やかましいクラスメイト、春眠暁だった。


 なぜ、彼までもが談子たちを追いかけてくるのか。さっぱり分らない。


「ナイス、暁くん。それでこそ生徒会役員だ!」


 談子たちの背後にもう一つの影が。長髪を後ろで纏めた、大人しそうな男子生徒。彼も確か生徒会役員。


 会計の、助冬すけとう蛇羅だらだ。彼が言うに、暁も生徒会役員らしいが、そうなると談子たちは、生徒会役員に総動員で追われていることになる。


 あの置物を壊したことは、そんなにもいけなかったのか。そりゃ、国宝級と言われれば、誰でも目の色は変わるだろうが、まさかここまで本気モードで追われる羽目になるとは、思ってもみなかった。


 挟み撃ちを食らい、逃げ場がない。二人の生徒会役員を交互に見ながら、談子は焦る。じりじりと距離をつめてくる役員たち。お縄につくしか、道はないのか。


「うっ!」


「ぐあっ!」


 急に、蛇羅が倒れた。少し間を置いて、暁も倒れて動かなくなる。気を失っているようだ。


 彼らの首筋には、細くて長い、針のようなものが刺さっていた。


「な、何ごと?」


 突然の事態に、談子は慌てる。その背中で、綺羅姫が低い笑いをこぼす。


「わらわたちを捕えようなど、百年早いわ。愚か者共め!」


 ご満悦、といった感じで、綺羅姫は笑う。首を回してその様子を横目に見ると、綺羅姫の手に、何やら細い竹筒らしきものが握られていた。


「吹き矢!?」


 麻酔でも塗ってあるのか。それとも人間のツボを見極めているのか、狙いは完璧だった。


 とにかく、もう何でもありの逃走劇だ。再び竹筒を構え、綺羅姫は談子に向かって叫ぶ。


「いつまでも逃げているのは性に合わん。今度は、こちらが攻める番じゃ!」


 確かに、綺羅姫は逃げるよりも追いかける側のほうが向いていそうな性格だなと思った。鬼ごっこなら、進んで鬼をやりたがりそうな、珍しいタイプだ。吹き矢は談子の首筋でさえも、すぐに突き刺せそうな位置に構えてあった。逆らえば、談子もそこに倒れている連中の二の舞になりかねない。とりあえず指示に従って、走ることにした。


 駆け出して数歩も行かないうちに、突然、足元を掬われる。脛に太い紐が引っかかって、バランスを崩したのだ。盛大にすっころび、顔を床にぶつけてスライディングする。数十センチ滑って静止した。


 上体を起こして、顔をさする。額が熱く、鼻と頬骨が痛い。


「ええい馬鹿者、何もないところで躓くな!」


「そんなこと言ったって、急に足に……」


 何も知らずに、同じく背中で寝そべっている綺羅姫は、談子を怒鳴りつける。その背後から目を光らせた刺客が迫って来ているとも気付かずに。


 刺客は、素早く綺羅姫の身体をロープで縛った。談子が躓いたものと同じものだ。それで初めて、背後の人物に気付き、綺羅姫はもがく。


「何をする、離すのじゃ! 児童虐待じゃぞ、PTAに訴えてやるわ! こんなことして、ただで済むと思うな!」


「お黙りなさい。あなたが大人しくしていれば、誰もこんな手の込んだことしないわ。また勝手に部屋を抜け出して、いつになれば学習するのかしら?」


 綺羅姫を捕まえたのは、艶やかな黒い短髪をなびかせた、美しい女子生徒。大和撫子という言葉が、とてもしっくりくる、清楚な雰囲気を醸し出している。


 生徒会書記の、秋田あきのたイナホだ。


「ナイス、イナホちゃん! 今日も中々、手こずったわね」


 向こうから、みかんが駆けてくる。合流し、捕まえた綺羅姫に説教していた。イナホに針を抜いてもらい、蛇羅と暁も、ゆっくりと目を覚ます。話を聞いている限りでは、例の置物を壊したから怒っているわけではなさそうだった。彼女たちも、談子をというより、綺羅姫を追いかけていたみたいだし。


 ひょっとすると、ビビッて逃げ回っていたのは、ただの徒労だったのだろうか?


「ところで、あなたはどなたー?」


 ずいっと、みかんがしゃがんで談子に顔を近付ける。まだ心の準備もできていなかった談子は、驚いて、反射的に土下座した。


「ごっ、ごめんなさい、置物壊しちゃって」


「置物ー?」


「えっと、何か国宝級とかいう鬼の置物を」


「ああ、あの教室にあったやつかー。ははあ、綺羅姫に騙されたんだね。あれは生徒の誰かが美術で作った、ただの陶器だよ。壊したって平気平気」


 あははーと笑い飛ばされ、談子は唖然とする。次第に自分が無駄足を踏んでいたのだと理解し始め、綺羅姫を睨みつける。


 綺羅姫は一瞬、怯えて身体を震わせるも、すぐに開き直った様子で唇を尖らせて、顔を逸らした。


「何か、巻き込んじゃったみたいで、ごめんねー。うちの生徒会長が、ご迷惑かけました。ちびっ子だからさ、一人でうろうろすると道に迷うって、いつも言ってるんだけどねー。あたしたちも、これから気をつけるから。あと、ごめんついでなんだけど、今日あったことは、忘れてくれないかな?」


 みかんは手を合わせて、お願いしてくる。談子は訳が分からず、首を傾げる。


「今日って、綺羅姫のことですか?」


「そう、この子のことも、この子を追いかけていた、アタシ達のことも。忘れたほうが身のためよ。とにかく、他言無用ね」


 みかんは少し怖そうに表情を歪めて、談子に顔面を近付けた。


「もし誰かにチクったりしたら、鬼に食い殺されちゃうかもしれないよー」


 談子は口を開けて、唖然としたままだった。それを怯えて声も出なくなったと勘違いしたのか、みかんは満足気な表情を見せる。そして立ち上がり、他の役員を誘導。そのままこの場を去っていく。


 騒ぎ立てる綺羅姫と、睨むような眼差しの暁がしばらくこちらを見ていたが、やがて姿も見えないくらい、遠くへ去っていった。


「…………」


 その間、談子は無言で、その場に座り込んでいた。頭の中を整理するのに、かなり時間がかかった。


 そして、やっと考えが纏まると同時に、無意識にガッツポーズをとっていた。


 今の言いよう。やっぱり、この学校には鬼がいるんだ!


 あの秘密主義的な生徒会は、きっと何かを隠しているに違いない。


 何だか燃えてきた。これはもう、探るところまで探るしかないだろう。


 意気込んで、談子は立ちあがる。拍子に、ポケットから何かが転げ落ちた。白い紙が、小さく丸めて固められていた。開いてみると、それは手紙だった。


『明後日の日曜、校門にて待つ。 追伸、購買は休みじゃ、おやつを持って参れ。  本条綺羅姫』


 いつの間に、こんなものを書いて入れたのだろうか。それはともかく、これは綺羅姫からの招待状だ。日曜日なら生徒会の面々に捕まる心配もないから、好きなだけ遊べる、という魂胆なのだろう。


 普段なら、面倒くさいから却下するところだが、今回ばかりは乗ってやろうじゃないか。


 邪魔が入らない休日の内に、必ず、鬼を見つけてやる!


 意気込んで、鼻息も荒く、談子は帰宅の途についた。


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