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五.生徒会役員、出動

 校舎の外れにある、質素な教室。表のプレートには、汚い手書きで「生徒会室」とあった。いつ書かれたのかも分らないほど黄ばんで埃にまみれ、傾いて今にも落ちてきそうである。


 教室の中は、期待を裏切らず質素だ。中央に、小学校の給食時間のように寄せ集められた机の塊が配置されていた。他の机や椅子は全て端に寄せられて、高く積まれている。中央の机をとり囲み、四人の生徒が椅子に腰掛けていた。学年は様々。男子と女子が、それぞれ二人ずつ。


 机の上には、大きなボードが敷かれていた。ボードには小さくコマ分けされた道が迷路のようにびっしり描かれ、隅には手で回せる、一から十までの数字が書かれたルーレットが貼り付けられている。


 その上に四つ、チェスで使用するものに似た駒が置かれ、バラバラの場所に配置されていた。駒にはそれぞれ名前が書いてある。


 メカマスター。


 冬眠男。


 呪詛女。


 キョンシー使い。


 長い髪を後ろで束ねた、大人しそうな男子生徒が、ルーレットを回した。出た目の数だけ、冬眠男の駒を動かす。止まったマスは給料日だった。


「お金と言えば、今月期の生徒会予算の件なんだけれど……」


蛇羅だらさん、今はそんな話、やめましょうよー。楽しく遊んでるんじゃないっすか」


 冬眠男の話を遮り、茶髪のやる気なさそうな女子生徒が札束を数え、給料を渡す。有り得ないくらいカラフルな、しかしリアルな偽紙幣だ。続いてルーレットを回す。メカマスターと書かれた駒を移動させた。


「ちぇー。一回休みか。まあいいけどね。銀行役と並行って疲れるし。次、暁くんね」


 メカマスターは、隣に座る男子生徒を急かした。目つきの悪い、ついでに顔色も悪い、とっつきにくそうな新入生だ。


「うるせーな。だいたい、何でこんなところに集まって、人生ゲームやってんだよ」


 愚痴を吐きつつも、真面目にルーレットは回す。そしてキョンシー使いの駒を移動させた。


「何でって、やっぱり生徒会役員たるもの、団結は大事だと思うのよ。こうやって親睦深めて、いざって時に協力し合える関係を築いておかないとね。あ、そこ、デンジャーゾーン」


 キョンシー使いの駒が、真っ赤な危険マスに止まった。『突然スナイパーに狙われる。三〇〇のダメージ』と書かれている。


「またかよ、おい!」


 キョンシー使いは立ち上がった。嫌な汗をかきながら周囲を警戒する。教室の後ろに配置された掃除用具ロッカーの天井で、何かが黒く光る。マシンガンだ。


 発見するのと、それが火を噴くのは同時だった。


 チュドドドドドン!


 黒く光るマシンガンの引き金が自動的に引かれる。キョンシー使いめがけて連射。おもちゃの小さな弾丸だが、当たると痛そうだ。


 それを全て、キョンシー使いは紙一重で躱す。しかし最後は避けきれず、数発が額を直撃した。


「いってーな、ちくしょー! 何でお前らだけガードしてるんだよ、卑怯だろうが!」


 額を押さえながら周囲を見渡してみれば、全員大きな下敷きを盾に、弾雨から身を守っていた。彼がこんな不本意な攻撃を受けるのは、本日これで三度目だ。表立っては見えないが、腕や脛などにも斑点の青痣ができている。


「だって、あたしたち、カンケーないすぃー」


「何で俺ばっかり、こんな攻撃的なマスに止まるんだよ」


「このリアル人生ゲーム、新入生歓迎装置ついているから。まあ、通過儀礼ってやつよ。暁くんにはバシバシやられてもらうわよー。おほほ」


「どんな装置だ! それ以前に、こんな歓迎のやり方があるか、暴走族かお前らは」


 このボードは、メカマスターの作った発明品であった。あのマシンガンも同様である。


「まあまあ、とにかく続けようよ。次、イナホちゃんの番ね」


 キョンシー使いを無視して話を振る。最後の一人がルーレットを回した。艶やかな短い黒髪の、美麗な女子生徒だ。呪詛女のコマを手に取り、出た数字だけ動かす。


 今のところ、彼女が一番勝っていた。顔には出していないが、ゴール目前まできているということで、かなり気持ちも高ぶっているようだ。


 コマがゴール一歩手前で止まる。そのマスには「ふりだしに戻る」と書かれていた。


「…………」


 全員が身体の動きを止め、息を呑む。呪詛女は無言で、足元に置いていた鞄からノートを取り出し、さらさらと何かを書き始めた。


「お父様お母様、私はリアル人生ゲームなるくだらない遊戯に弄ばされ、一番頂点に居たのにも拘らず、どん底へ突き落とされてしまいました。所詮、私など四角いメロンのように見せかけだけで何の意味も持たない人間なのです。自信をなくしました、この失意の念を背負って、お祖父様の元へ旅立とうと思います。せっかくなので、ここにその名前を記しておきましょう。そう、夏みかん、という、私を死へ追いやった愚かな人間のその名前を!」


「ええ――っ!? ちょ、ちょいまち、アタシのせいっすか? 早まらないで、ゲームだから、これゲームだからね、許して!」


 遺書を書き始めた呪詛女を必至で宥めるメカマスター。その時、壁に貼り付けられた非常用のベルがけたたましく鳴り響いた。これも彼女の発明品だ。


「非常事態発生! 生徒会長逃走、逃走!」


 ベルが用件を伝える。同時に、四人の目の色が変わった。


「ちっ、こんな時に。しょうがない、行こうか。即捕獲!」


 舌打ちしたメカマスターが立ち上がり、ベルの側に立てかけてあった虫取り網を手に取った。それを合図に残り三人も席を立ち、足早に教室を出て行く。


 遠ざかる足音。生徒会室には、静寂が取り残された。

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