四.昔話の鬼はどうして悪者なのか
昇降口の真上に設置された、少し校舎から飛び出た位置にある図書室。放課後だからか、意外と利用者が多い。窓側の一角に腰掛け、談子はしばしの休憩を取った。
「ああ、疲れた。ったく、いつまで走り回らなきゃいけないんだか」
息を付きながら、周囲を見渡す。あまり読書好きな友人がいないため、このような場所を訪れる生徒たちに、見知った顔はいない。談子だって、普段読むのはマンガくらいだし、こういった文字ばかりの本しか置いていない場所には、好んで立ち入らない。まだ教養のマンガ本が置いてあった小学校の図書室で、既に卒業済みだ。
視界は、たくさんの人が行き交ったり、机に向かって本を読んでいたりと、とても賑やかなのに、耳にはほとんど、音が入り込んでこない。話し声も聞こえないし、せいぜい本を捲る紙擦れの音が小さく響くくらいだ。昼寝をするには丁度いい場所だなと、談子なりに図書室の活用法を模索していた。
「のう談子よ、これを読んでたもれ」
どこか、奥のほうの本棚を探りに行っていた綺羅姫が、帰ってきた。手には、分厚い本がしっかり握られている。
表紙には「日本昔話」とタイトルが振られている。なるほど、高校の図書館で子供が読んで理解できそうな本といえば、この辺りのものしかないだろう。受け取って中を軽く見ても、特に難しい書き方もされていないし、充分、談子でも読めそうだった。
「綺羅姫は、字が読めないの?」
「読める」
「じゃあ、自分で読めば?」
「オニの置物」
「……ちっ。分かったよ」
舌打ちし、了承する。綺羅姫も頷いて、談子の膝の上によじ登ってきた。
「よっし、じゃあ、どれにしようかな?」
目次を見ながら、何を読むか考える。まずは誰でも知っている昔話がいいだろう。
桃太郎を読んだ。説明するまでもなく、桃から生まれた桃人間が、アニマル軍団を率いて鬼を血祭りにあげに行く話だ。次に金太郎、一寸法師。他にマイナーだが、茨木童子なども面白そうだったので読んで聞かせた。
周囲の目がやたら突き刺さって、徐々に小声になっていったが、綺羅姫には充分聞こえる声なので問題ない。
ある程度読み終えた辺りで、何やら綺羅姫がつまらなさそうな顔をしているのに気付き、本から目を離して話しかけた。
「つまんない? 別の話がいい?」
「……なぜ、昔話に出てくる鬼というのは、いつもやられてしまうのかのう」
素朴な疑問だ。でも確かに、偶然にも今読んだ話は、どれも正義の味方が鬼を退治したり、鬼が村人によって迫害されているといった内容のものばかりだった。そういう疑問が出てきてもおかしくはない。答になっているかは分からないが、今日の古典授業で習った鬼の定義を、少し教えてあげた。
「鬼って言うのはさ、もともと外国から流れ着いた体の大きな異人とか、今まで接触のなかった先住民を喩えたものなんだって。昔の人は、そういう初めて見る、変わった人たちが怖かったの。それこそ、恐ろしい鬼みたいに見えたんだと思う。それをやっつける話を聞くと、やっぱりすっきるするんじゃないの? それが今も語り継がれてるってだけで、深い意味はないよ」
「……じゃが、その鬼のような連中が同じ人間であることは、もう分っているはずじゃ。なのになぜ、今も人は鬼を嫌うのじゃろう」
綺羅姫は、悲しそうな顔をする。鬼はいつも、苛められて一人ぼっちだ。それを可哀想だと思える子供は、その同類である場合が多い。ひょっとすると綺羅姫は、いつも孤独の中に身を置いていて、鬼に自分自身を重ねているのだろうか。
何とか元気付けようと、談子は笑った。
「じゃあ、あたしが作ってあげるよ。鬼が出てくるけど、鬼が退治されるオチのない話。あたしは、嫌いじゃないもん。鬼」
綺羅姫が顔を上げる。その瞳は大きく開かれ、潤って輝いていた。談子は、自信たっぷりに頷く。
「本当に、そんな話を作ってくれるのか?」
「いいよ。約束ね」
指きり。
綺羅姫が、少しだけ笑った。だから談子も、笑い返した。