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三.幼女と一緒に校内爆走

 いくら背中にいるのが、小さく体重も軽い子供とはいえ、結局のところはキャンプ用具を担いでダッシュ登山するのと同じくらい、体力を消費しているようなものだった。


 階段を一気に駆け上る談子の足は、必要以上に酷使され、それほど気温も高くないのに顔中に汗が滲んで粒を作っている。


「ね、ねえ。もう、満足、した?」


 息も切れ切れに、談子は背中に向かって話しかける。いつもより高くなった視界から辺りを見回して、はしゃいでいた綺羅姫だったが、その情けない声を聞くと、談子の首を掴んで、つまらなさそうに息を吐いた。


「根性のない馬じゃのう。わらわは、まだ散歩を堪能しておる途中じゃ、もっと走れ」


「休憩しようよー、疲れたー」


「わらわは、疲れておらぬ」


「そりゃ、そうだろうけどさ」


 背中に乗っているだけで疲れた、なんてぬかした時には、最後の力を振り絞って背面ジャイアントスイングを発動する準備も整えていた。腰に負担がかかりそうなので、発動せずに済んで助かったが。


 廊下を横切る度に、何度か生徒とすれ違った。皆、奇妙なものを見る目で、綺羅姫を背負った談子に視線を浴びせてくる。恥ずかしくて熱くなった顔を伏せて、全速力で駆け抜けることしかできなかった。必要以上に疲労している原因はそこにもあるだろう。


 体育館側の廊下を通っていると、バレー部の体験入部をしていた由喜にはち合った。背中にいるこの謎の童女に、やはり普通人的な反応を返してきた。


「何? どうしたの談子ちゃん。てゆーか、その子誰? いったい何してんの」


「いや、まあ、いろいろあって……。あっ、そうそう、学校についてきちゃった、ある先生の子供を預かってるの! そういうこと」


 とっさに出た、信憑性の強そうな嘘をつく。


 ごめん、由喜ちゃん。でも、あんた本当のこと言ったって、信じるような人間じゃないでしょう。


 談子にだって、未だに彼女の正体が分からないのだから、説明しようがない。


「何を言っておる、わらわは……」


「うるさい、今だけは黙ってなさい!」


 口を挟もうとした綺羅姫を怒鳴りつけ、黙らせる。その行動に対して綺羅姫は拗ね、由喜は更に不審そうな顔をした。


「……本当にその子、先生の子供? どっかから拾ってきたんじゃないでしょうね」


「それはないっす! 本当に、時間がきたら、ちゃんとお返しするし。じゃあ、今は忙しいんで、また月曜ね! あはは」


 談子の言い分をまだ疑っていそうな由喜の微妙な視線をかわし、談子は乾いた笑いを出しながら、ダッシュでその場を立ち去った。最大の危機を切り抜けたものの、その反動も相俟って、かなり心身的疲労は濃くなる一方だった。


「こんなフラフラの状態で走り回ってたら、誰かにぶつかっちゃうよ」


 案の定、おぼつかない足取りで、よろけながら前進していたため、曲がり角で誰かに盛大にぶつかって、しりもちをついた。綺羅姫はとっさに談子の背中から飛び降り、平然と腰に手を当てている。なんて反射神経だ。


「いったーい……」


 腰をさすりながら、ゆっくりと起き上がろうとする。


 目の前に手が差し伸べられた。


「ごめんなさい、大丈夫?」


 柔らかな雰囲気の、やさしい女性の声。聞き覚えのあるその声に、もしや、と思って顔を上げる。


 やはり。担任の、瀬見時雨であった。


「あっ、先生、すいません。前方不注意で」


 その手を取り、立ち上がる。自分と同じくらいの身長の時雨と目を合わせ、謝った。時雨は微笑んで、少し首を傾げて見せた。


「廊下は走っちゃダメよ。そんなに急いで、どこへ行くの?」


「どこって、場所は決まってないんですけれど、ちょっと校内散歩を。そうだ、先生、この子誰の子か知ってますか? 迷子みたいなんですけど」


 尋ねてみた。もし教師の子供なら、何か知っているかもしれない。


 時雨は綺羅姫を見下ろした。そして大きく目を見開く。やがて表情が曇り、眉を顰めて、静かに呟いた。


「……夢じゃ、なかったのね」


「……あの、先生?」


 談子と綺羅姫は、首を傾げる。時雨はハッと、我に返って顔を上げた。


「えっと、この子、確か生徒会長さんじゃなかったかしら? 会うのは初めてなんだけれど、先生方が、そんな話をしているのを聞いたから」


「ええっ? 先生たちまで、この子を生徒会長と呼ぶの?」


 もう驚くしかない。絶対嘘だと思っていたのに。やっぱり綺羅姫は生徒会長なのか。


 まだ疑われていたのだと知り、綺羅姫は訝しげに談子を見上げてきたが、無視した。


「じゃあ先生、会議があるからこれで。廊下は気をつけてね」


「あ、はい、さようなら」


 時雨は去っていった。気のせいだろうが、その後ろ姿が妙に逃げ腰だったような気がして、少し気になった。同じく時雨の背中を見つめている綺羅姫を見下ろし、軽く息を吐く。


「本当に、生徒会長だったんだねー。ってことは、役員の人に言えば引き取ってくれるかな。生徒会室に行ってみる?」


「あそこは、行ってはならん! 世にも恐ろしい、魔界のようなところじゃ」


「魔界って……。でもさ、あたしもいつまでもあんたの面倒見てられないんだよね。色々忙しいし」


 半分忘れかけていたが、談子は重要な探し物の途中だ。早く見つけ出さなければ、噂話自体が風化してしまう。


「とにかく、あそこは嫌なのじゃ。どうしてもと言うなら、あの置物を割ったことをチクる!」


「うぐっ! ……分かったよ。じゃあ、どこ行きたいの?」


 諦め、しぶしぶと綺羅姫を背中に乗せた。それでよい、と綺羅姫は満足していたが、こちらは不満タラタラだ。すっかり弱みを握られて、いいようにこき使われている。


「どこでもよいぞ。生徒会室周辺以外なら」


「うーん。じゃーね、図書室でも行こうか。まだ行ったことないんだよね」


 少し休憩もしたいし、書物から、この辺りの歴史や伝説を知るのも一つの調査だ。読み物があれば、綺羅姫もしばらくは大人しくしていてくれるだろうし。そう考え、談子は廊下を走り出した。

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