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二十六.復活

「――月見、月見!」


「ぐうぐう! ぐう!」


 暁と安眠は、必至で談子に呼びかけていた。魂が本体に戻った今、こうするしか他に何もできない。


 後ろには、使命を終えて力を使い果たし、倒れている霧利がいる。彼女が言うには、あとは談子の意志次第で、生き返るかどうかが左右される。


 魂は道に迷いやすく、帰り道を間違えたり、戻るべきなのか、戻っていいのかと躊躇って動かなくなってしまうこともあるという。


 だから、こちらへ戻ってこれるように、声を掛け続けているのだ。


 ビクン。談子の身体が、大きく痙攣を起こした。カッと勢い良く目蓋が上がり、開ききった瞳孔が、空を見つめている。


「あ、こ……」


「大丈夫か、しっかりしろ!」


 何かに怯えるように、談子は挙動不審に辺りを見渡す。その身体は、激しく震えている。手にも足にも鳥肌が立ち、歯もカチカチと音を立てている。暁はその手を強く握り、押さえつける。安眠も談子に抱きついて、必至で落ち着かせようとした。


 暫らくすると震えも収まり、身体の機能が正常に戻ったようだった。


 胸を押さえながら、談子が起き上がる。大きく息を吸い、ゆっくり吐き出した。すごい汗だ。


「ぐうう、ぐう!」


「あ、ありがとう。もう、大丈夫……」


 まともに口が開けるようになったらしい。暁は安堵の息を吐く。どうやら、蘇生は成功したようだ。


「気分は? どこか、痛いところはないか?」


 尋ねると、談子は暁に虚ろな目を向けて、頷いた。


「平気。ちょっと、怖かっただけ。でも、もう治まった」


「そうか」


 黄泉返りの反動は、とても大きいく体に負担をかけるものと聞く。蛇羅も言っていたが、実体を持つことに、凄まじい恐怖を感じるそうだ。キョンシーは、そういった感覚をほとんど失っているから、現世に戻されても、ある程度は平気でいられる。しかし、やはり生身の状態では、きついものがあるだろう。暁には分からないから、身を案じるくらいしかできないが。


 暁は、談子が死んでからのことを、簡潔に説明して聞かせた。後ろで倒れている霧利のことも。


 事情を知って、談子は慌てて霧利に這いより、頭を下げた。目を覚ましていた霧利は、その姿を見て、グルグルの眼球でにやりと笑う。


「い~って、い~って。あちきよりも、暁くんにお礼言わなきゃね~。つきっきりで介抱してくれたんだし~。そりゃもう身体張って一生懸命~」


「いらんことを言うな」


 暁が霧利の頭をはたいた時には、談子は自分の制服の胸元がはだけていることに気付いていた。


 暁の顔が強張る。しまった、それどころじゃなかったので、元に戻しておくのを忘れた。


 談子の顔が、みるみる赤くなる。


「ちょ、何よこれ! あんた、あたしが動けない間に、何してくれてるわけ!?」


「何にもしてねえよ! それは片津が……」


「信っじらんない! この変態、酔狂者、死体愛好家!」


「この野郎、言わせておけば……!」


 弁解の余地もなくまくし立てられ、暁も顔を熱くして怒る。安眠さえも仲裁に入る余地がないほどのいがみ合いが続き、目から火花が飛び散る。


 背後で霧利がにやにやしていたが、気にしている余裕はない。


「ちょっと服乱されたくらいで、ギャーギャーぬかすんじゃねえよ! お前が死んでる間に、こっちがどれだけ苦労したと思ってんだ、額に肉って書かれなかっただけ、有り難いと思え!」


「開き直ってんじゃないわよ、そんなことしたら、あんたの口の周りに泥棒ヒゲ描くからね!」


「上等だ、やってみろ!」


「望むところよ!」


「ぐうう、ぐう……」


 床に転がっていた油性ペンを素早く構えて戦闘態勢に入る二人を、必至で安眠が止めようとするが、それはもう不可能に近い。


 これほど暴れ回る元気があれば、もう大丈夫だろうが、病み上がり状態の人間に激しい動作をさせるわけにもいかない。


 だがここで引いて、更に嘗められても不愉快だ。この戦いに引導を下すべく、暁は談子に飛び掛った。


「いやー! やめてよ、何すんだコノヤロー!」


「うるせー、これでも食らえ!」


 数分に渡る激しい激闘の末、やっと二人の動きは治まった。顔中マジックの落書きだらけにして、肩で息をしている。その顔を見ていられなくなったのか、安眠がタオルを二人の顔に投げてよこした。


 湿ったタオルからは、シンナーが染み込んだ匂いがする。できるだけ吸わないように、それで顔を拭き、マジックの汚れを落とす。そして鬼によって破壊された扉から外に出て、手洗い場で顔を濯いだ。


 暁と談子は、息をつく。思いっきり叫んで暴れて、少し張り詰めていた気分が晴れたような気がしたのは、気のせいではないはずだ。


 窓から見た空は夕焼けで、大きな太陽の根元が少しだけ、山の向こうに隠れようとしていた。


 頭が整頓され、残された時間に自分がすべき事が、はっきりと判断できる。


 落ち着いたように、暁は息を吐いた。


「もうすぐ日没だ。このまま鬼と遭遇しないように逃げ切れるか……」


 談子の顔を見た。うっすらと、落書きが残っている。暁は軽く笑った。


「まだ汚れ、取れてないぞ」


「暁だって。ぷっ、変な顔ー!」


「お前がやったんだろうが」


 互いに顔を見て、そして笑う。爆笑。腹のそこから笑って見せた。もう憂鬱な気分を全て吹き飛ばすかのように、それこそ大声で。


 こんな時間がいつまでも続けば、これほど平和なことはないだろうに。そう実感できるひと時だった。


 もちろん、幸せなんてものは、そう長く続くものではないが。


 また数分後。談子は腹を抱えて廊下に横たわっていた。


「痛い痛い、おなか痛い……」


「そんな筋肉痛の腹で、馬鹿笑いするからだ」


 側で暁と安眠がこちらを見下ろしている。さっきまで一緒に馬鹿笑いしていたくせに、今はもうすっかり、いつもの冷め顔である。


 謀られた。本気でそう思った。


「鬼の封印が再発動するまで、あとわずか。俺たちが鬼の気を引いて足止めするから、お前はここでじっとしてろ。どうせ動けないだろうけどな」


「ううっ、卑怯なあ……」


 起き上がって止めようとしたが、どうにもこうにも、腹筋が痛くて動けない。こんなところで筋肉痛が仇となるとは、思ってもみなかった。


「大丈夫だ。死なない程度に、こちらへ注意を引かせるだけだ。そうすれば、ほとんど全ての人間は助かるんだ。それで上等じゃないか。この期に及んで秋田の話はさせないぞ、あいつは自分で望んで術を発動したんだ、その気持ちも汲んでやれ」


 談子に、返す言葉は見つからない。イナホの件を諦めたわけではないが、やりきれないことには変わりない。


 でも身体が動かないのも、覆せない現実だ。


「で、でも待って、そんなことしても、綺羅姫は救われないよ……」


 談子の意志とは裏腹に、暁たちの姿は遠くなっていく。必死で声をかけるも、それを止めることはできなかった。

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