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十二.ゾンビに追われて生徒会室

 屋上のど真ん中に三角形を描いて座り、談子はとりあえず、今日学校に来てからの経緯を話して聞かせた。


 話せば話すほどに、暁の顔が歪んでいくのが分かる。その身体から迸るオーラは、明らかに怒りを含んでいる。


 それを敏感に察知し、安眠が何度も何度も宥めるが、ついに暁のこめかみが痙攣を始めた。


「――ってなわけで、イナホ先輩と別れて、屋上前の行き止まりで迷子になっていたら、二人が来たと」


「すると何だ、鬼の封印を解きやがったのは、お前か」


「そうなりますね、はい」


「はい、じゃないだろ! だから俺は何度も言ったんだよ、鬼なんていないって。お前みたいにな、好奇心で何にでも首突っ込みたがる奴が、一番危ないんだ。何度も何度も、鬼の話はするなって忠告したのに、人の話も聞かずに余計なことばかりして、人の仕事増やしやがって!」


 間髪入れずに怒鳴り散らしてくる。暁がここまでキレたのを見るのは初めてだ。いつも談子が鬼の話をする度に割り込んできて、頭ごなしに否定を続けていたのには、こういう理由があったのだと、今更ながらに納得する。でも、暁が生徒会役員だなんて知らなかったし、生徒会が鬼の秘密について、こんなにも深く関わっているなんて知る由もなかったのだから、仕方がなかったとしか、言い訳の仕様もない。


 今は、それすらも言える空気ではないが。


「……ごめん。本っ当に、ごめんなさい!」 


 頭を下げる。もとから正座をしていたから、既に体勢は土下座そのものだ。でも今回ばかりは本気で反省しているのだ、これくらいしなくては、その意思は伝わらない。


「悪いことしたって、ちゃんと理解してるの。みんなにも、綺羅姫にもすっごく迷惑かけたって。ここで謝ったってどうしようもないけど、今はこれ以外にできることがないから、とにかく、ごめんなさい」


 沈黙。静けさがこんなに胸に突き刺さるとは、思わなかった。コンクリートの地面を見つめる目が、潤んでくる。


 お願いだから、何か言って。小言でも説教でも、何でもいい。殴ってくれてもいいから、とにかくこの静寂だけはどうにかして欲しい。心の底から、そう思った。


「ぐうぐう、ぐぐう」


 安眠の声がする。暁に向かって、何か訴えているようだった。


「……言われなくても、分ってるさ。頭上げろよ。別にお前だけのせいじゃないんだ、責任は生徒会にもある。お前をさっさと止められなかった、俺にもな」


 後頭部に手が乗せられた。談子の頭を包み込めそうな、大きくて、そして暖かい手。数回軽く頭を叩いて、それは離れていった。


 顔を上げると、暁と安眠は既に立ち上がり、遠くを見ていた。


「とりあえず、秋田の指示とおり、夏と合流する。状況を把握できない今の状態じゃ、鬼とまともに戦えそうにない」


「う、うん」


 談子も立ち上がった。目尻から流れようとする熱い雫を制服の袖で拭い、洟水をすする。こんなところで、折れてなんかいられない。


「ぐっ、ぐうう!」


 何かを感じ取ったように、安眠が叫んだ。そして遠く、屋上の向こう側を指差している。何事かとフェンスに駆け寄って、穴を覗き込む。


 そこから見える景色は、学校の広い校庭。その中央部に、白っぽい塊が歩いていた。


 鬼だ。鬼が、校門へ向かって歩いていく。外へ出ようとしているのか。


 あんな恐ろしいものが学校から出て行ったりしたら、麓の町は大パニックになる。


 もちろん、町の中には談子や父親が住んでいるアパートもあるし、友人知人も大勢住んでいる。


 止めなければ、大変な事態になる。


 だが、屋上から一瞬で地上に降りるなんて芸当、無傷でできるはずもない。止めようと思っても、ここからでは手も足も出せない。


 鬼の足が校門を潜ろうとする。その境界に触れたとたん、空間が発光して、眩い光線が飛び散った。光線は、稲光みたいに不規則な動きで広がり、鬼を弾き返す。鬼は驚いて奇声をあげ、砂の上に仰向けに倒れた。


「何、今の?」


「鬼捕獲用の、結界が張られたんだ。この学校を包み込むように、空間分離の術が施されている。この結界の中からは、たとえ誰であろうと外へ出ることはできない」


 つまり、この結界が張ってある以上は、鬼が外に出て人を襲う心配はないわけだ。


 だが、素直に安心ばかりもしていられない。


「誰であろうとって、あたしたちも、閉じ込められたの?」


「そうだ。でも、今更どうしようもない」


「……そう、だね」


 もう決めたのだから、綺羅姫を助けると。外に逃げ出す気なんて毛頭ない。


 談子は強く頷く。今は、みかんと合流して対策を練るのが最重要だ。唾を飲み込み、自分に喝を入れた。


「じゃあ、いこう。生徒会室!」




▲□▲□▲




 とはいったものの、生徒会室の場所を知っているなら、とっくに行っているわけで。道が分からない事実に変わりはない。暁に道案内を頼んで、談子はしんがりを、ひたすら従いて行くだけだった。


 生徒会室は、今いる職員室や学年ごとの教室のある東棟ではなく、隣の文化系の部室や演習科目などで使う専門教室のある、西棟の端にあるらしい。四階に設置された、二つの校舎を繋ぐ渡り廊下を通って向かおうとしたのだが、行けども行けども渡り廊下への出入り口が見つからない。


 それどころか、困惑して首を傾げてしまう。


「あれ、この階に、保健室なんてあった?」


 白い、清潔そうな扉を横切った。上部に取り付けられたプラスチックのプレートには、『保健室』とはっきり書かれ、戸口に『不在』と書かれた手書きのボードが掛けられている。


 しかし、ここは二年生の使用する教室の集まった階だ。こんなところに保健室があるはずがない。


 振り返り、反対隣の教室を見て、更に狐に抓まれた気分に陥る。


「ええっ、音楽室?」


 そんな馬鹿な。音楽室は、離れの選択授業教室の集まった西棟にあるはずだ。絶対に有り得ない。


 こんなところに、あっていいはずがない。


「どうなってんの――? 心なしか、廊下も長くなったような」


 一つの階に、七つまで並ぶ教室。それが今、数えてみると、十以上もある。錯覚だろうか。


 だが、どの教室もちゃんと開くし、中にも入れる。目に見えても本当は存在しないものが錯覚なのだから、つまり、これは現実ということだ。


しかしなぜ? 理由も原因も分からない。


「あれー。ねえ、本当にどうなってるの?」


「ぐうぅー」


 同じところをぐるぐる回って、混乱する。安眠も同様に回転し、身体をふらつかせていた。


 教室と教室を繋ぐ空間がねじれ曲がって、違う場所とくっついたような、そんな感じだった。


 完全に迷路だ。いったい、何をどうすればこうなるのか。


「様子が変だな。夏が、何かしやがったのか」


 訝しげに、周囲の歪曲してしまった教室群を見渡し、暁は目を細める。


「鬼の仕業って、ことはないよね?」


「空間を歪める力を鬼が持っているなんて、聞いたこともない」


 自然と、こんなおかしな現象が起こるはずもないし。暁は、みかんの仕業だと疑っているが、彼女にそんな芸当ができるとは、想像もできない。


 しかしながら、人は見かけによらないのかもしれない。そう思い知ったのは、暁の携帯の着信が廊下に響いてからだった。


「夏からだ」


 ボタンを押し、通話を始める。通話音量設定のせいか、ただ単にみかんの声が大きいだけかは分らないが、側にいるだけで受話器の向こうの声がはっきり聞こえてきた。


『うーす。暁君、学校来てる? 来てるよね』


「ああ、今迷ってるところだ。この変な教室の配列は、お前の仕業か?」


『あー、ごめーん。鬼制御用の結界を張ったついでに、鬼錯乱用の空間湾曲装置を起動させたの。そしたら初期レベル設定を間違えちゃって、校内が物凄い迷路になっちゃった。無闇に動こうとすると、迷うだけでなく、外にも出られなくなるかもです! 気をつけてね☆』


「ね☆ じゃねえよ! 動けねえんじゃ、どうしようもないだろうが!」


 みかんの能天気な台詞に、暁は怒鳴り声を返す。どうにも話の進み具合が悪い。やっとみかんと連絡が取れたのに。焦りだけが談子を覆っていく。じれったくなって、暁から携帯をぶんどった。


「あっ、あの、みかん先輩!」


『んん? 誰か一緒にいるのー?』


「あたし、一年の月見談子です。一昨日、綺羅姫と一緒にいた……」


『……ああー! 分かった分かった、イナホちゃんから話聞いてるよー! そっか、あれからイナホちゃんと連絡取れなくなっちゃったし、心配してたんだよ。でも、暁くんと一緒なら安心だね』


 さっきイナホがかけていた電話だろう。だが、イナホと音信不通とは、どういうことだろう。


 まさか、図書室へ行く途中で鬼に襲われたとか……?


 心配だが、とりあえず、自分にできることはないか、みかんに指示を仰ぐ。


「イナホ先輩に、生徒会室へ行って、みかん先輩に指示を仰ぐように言われました。これからどうすればいいでしょうか?」


『うん。このまま電話で指示ってなると面倒だからね、できれば生徒会室まで来て欲しい。待ってね、今、通話の電波状況から、二人の居場所を特定するから。……よし、分かった。えっと、迎えを送ったから、そこでしばらく待ってて。あとは、任せておけば勝手に行き着くところまで行けるから。じゃあ、後でね。健闘を祈ります!』


 即座に通話が切れた。慌てて何度か名前を呼びかけたが、返ってくるのはワンテンポな切断音だけ。暁に電話を返し、辺りを見回す。傍で会話内容を聞いていた暁は、顔を顰める。


「迎えって、誰が来るんだ? さっき、やたらに動いたら迷うって言ってたばかりなのに」


「さあ。とりあえず、待ってようよ」


 しばらくその場に立ち尽くしていると、急に談子の鼓膜が震えた。遠くから、ドドドドド、と何かが振動する音が響いてくる。太鼓を叩く音みたいにも聞こえるが、少し違う。


 足音だ、それも大量の。


「誰かが、こっちに来る?」


 そう呟いたときには、廊下の向こう側から、何かがこちらへ迫ってきていた。人影みたいだ。


 しかも、一つではない。十数体の黒い影が、ぞろぞろとこちらへ向かって押し寄せてきたのだ。


「……あれ、何?」


 指をさす。暁と安眠が振り返った頃には、はっきりと目視できるくらいに、そいつらは接近してきていた。


 かなりのスピードで走ってくる。ボロボロの服を纏った、おそらく人間――。


 体中の皮が溶けて、顎や腕から重そうに垂れている。「あ、あ、あ……」と潰れた咽から発せられた苦しそうな声が、先駆けてこちらへ流れてくる。それに対抗するように、談子も悲鳴を上げた。


「ギャー! あれっ、ゾゾゾゾンビー!?」


 見るからに、そんな感じだった。よく映画やゲームで見たりする、大量のおぞましいゾンビ。それがなぜか、こちらへ向かって猛突進してくる。身体が腐って垂れているわりには、腐臭もしないしハエもたかっていないのが不自然だが、そこまで考える余裕はなかった。


「こっち来る。暁、やっつけてよ!」


「馬鹿言え、あんな大勢、相手にしてられるか! とりあえず、逃げるぞ」


 言った側から、暁と安眠は走り出す。有無を言う間もなく、談子も素早く地面を蹴った。筋肉痛なんて、言っている場合ではない。ゾンビに捕まるくらいなら、アキレス腱が切れたほうがマシだ。いや、どっちも嫌だが。


 精一杯走っているのにもかかわらず、ゾンビたちはしつこく追いかけてくる。必死で逃げている途中に、幾度か進めそうな分かれ道を見つけたが、その道からもゾンビが駆けてきた。脇道に逸れられない。


 かと思いきや、前方からゾンビが向かってきて、やむなく横道に逸れるしかなかったり。その進路は、自分で考えた上で走っている道順のはずなのに、ゾンビによって選ばされているかのようにも感じられた。


「何で、どうしてゾンビが学校にいるの? 絶対おかしいし! しかも、何であたしたちが追いかけられてるの、訳わかんない! やだー、気持ち悪いー」


 全力を持って廊下を駆け抜ける談子。目が涙で滲んでよく前が見えない。前を走る暁の姿だけを頼りに、何とか転倒せずに走り抜いているが、筋肉痛の痛みも付与されて、いつまで保つか分かったもんじゃない。


 衰えていく走行速度に反比例して、悲鳴ばかりが活発になっていく談子に苛立ちを覚えたのか、暁が怒鳴りつけてくる。


「叫んでる暇があったら、早く走れ! ゾンビもキョンシーも、たいして変わらないだろうが。怖いと思うから怖いんだ、気にするな」


「全然違うし! ゾンビとキョンシーなんて、納豆と燻製くらい差があるって!」


「食いもんに例えるのはやめろ、明日から納豆食えなくなるだろうが……」


「ぐう……」


 気持ち悪そうに、暁は口を押さえる。想像すると、何とも生々しい。燻製に喩えられた安眠も、少し複雑そうに、眉を顰めている。


 そんないざこざはお構いなしに、後ろのゾンビは付かず離れず、淡々と追いかけてくる。呻きながらも、何か言葉を発していた。


「迷わないでー」


「迷わないでー」


「なっ、何か言ってる! ねえ、ゾンビが何か言ってるよ」


「はぁ? 何も聞こえねえよ、無駄口叩いてないで走れ!」


 暁は一瞬、後ろを振り向いたが、談子を怒鳴ってすぐに前に向き直った。


「ホントだってばー! 「迷わないでー」って言ってるもん!」


 全く相手にしてもらえず、談子は唇を尖らせる。気のせいかとも思ったが、やはり背後から、しつこく同じ台詞が聞こえてくる。


「迷わないでー」


「迷わないでー」


「飯食ったかー」


「何か、一匹違うこと言ってる!?」


 衝撃を受けながらも走り続けるうちに、だんだん声が遠ざかっていった。不思議に思って、再三後ろを振り返ると、さっきまで嫌がらせの如く追いかけてきていたゾンビたちの姿が、忽然といなくなっていた。


「す、ストップ、ゾンビいなくなった!」


 談子の合図に、暁と安眠は急ブレーキをかけて静止する。同じく振り返って、ゾンビの姿がないことを確認し、息を切らせて地面に座り込む。


「ったく、何だったんだよ……」


 深い息を吐いて、暁は脱力する。


「ここ、どこだろ? 余計に迷っちゃった気がする……」


 散々追い回され、疲れただけならまだしも、どこをどう走ってきたのか、さっぱり覚えていない。もと来た道へは引き返せないだろう。まだゾンビがいるかもしれないし。


 通り過ぎてきた、すぐ背後の教室の標識を見ても、明らかに違和感がある。すぐ目の前で並んでいる、視聴覚室と物理準備室。


 こんな教室が、隣り合っているわけがない。相変わらず学校は、おかしなままだった。


「ぐう? ……ぐうぐう!」


 安眠が何かに気付いて声を上げ、上を指差した。何事かと、指さす場所に目を向ける。


 目の前の、教室の開き戸。その上に取り付けられた、黄ばんで風化した、今にも落ちてきそうに傾いたプレート。


 そこにはぼんやりと、こう書いてある。


「……生徒会室だって」


「マジかよ……」


 偶然なのか、何らかの策略によるものなのか。何にしても物凄く脱力感を覚え、談子と暁は勢いよく廊下に倒れ伏した。


 直後に、生徒会室の入り口が開き、中から人の姿が。


「何か、さっき、ゾンビの足音がしたような……? うわっ! あんたら、何やってんの!? そんなところで寝てたら、鬼に見つかったときにイチコロでやられちゃうっつーの!」


 力尽きて倒れこんでいた談子たちは、驚いたみかんによって教室内へと運び込まれた。

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