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十.鬼の正体

 階段を駆け登り、人気のない教室に飛び込んで息を潜める。二年生の使っている教室だ。


 沈黙の中で耳を澄ませると、遠くから、この世のものとは思えない咆哮が聞こえてくる。いくつも壁や床を隔てているにも拘らず、その威圧感が嫌というほど伝わってきた。


 やがて、それも聞こえなくなり、談子とイナホは静かに安堵の息を漏らした。


 落ち着いたところで、神妙な面持ちでイナホが切り出す。


「あなた、知っていたの?」


「え?」


 問い掛けの意味がが分からず、談子は首を傾げる。


「鬼の名前をあばいたのでしょう? 何をしたの、話しなさい」


 イナホの睨み付けてくる、焦りの含まれた瞳を見つめ返し、談子は先程起こった出来事を、細かく説明して聞かせた。思い出すまでもなく、あの時の光景は、今でもしっかり頭に焼き付いている。


 それを黙って聞いたイナホの表情が、徐々に曇る。そして談子が話し終えるのと入れ替わりに、口を開いた。


「この学校の、鬼の伝説は知っている? 今となっては、単なる迷信となっているけれど」


 談子は頷く。


「鬼はね、綺羅姫の身体の中に封印されているのよ。そして鬼の名前を発いてしまうと、封印が解けて鬼が暴れだす。鬼の名前なんて、もう文献にも残っていない希少な情報だけれど、稀にどこからか、その名前を探し出してしまう人がいるの。そういった人たちから鬼の封印を守ることが、生徒会の仕事だったのだけれど――詰めが甘かったわね」


 イナホは俯き、苦悩を露に身体を震わせる。


 まだ、頭の中は混乱しているが、談子がしてしまったことが、とんでもない過ちだったのだと、それだけは理解できた。


 頭を上げ、イナホは再び、口を開いた。


「あなたは、『物語りの智慧』の持ち主なのね……。昔から、何百年に一度かの周期で、この地の住人に宿るとされる、極めて稀な能力。生物以外の無機物な生命との会話を可能とし、知られざる世界との繋ぎとなれる、鬼の封印を簡単に解いてしまう可能性を秘めた、ここでは最も恐れられた力。自分の持つ力のことを、理解していたの?」


「……よく、分かりません。他の人とは違う力だとは、前から思ってましたけど」


「そうね、専門的な文献や資料は、もうここの図書室にしか残されていないし、知っているはずがないわね。だとすると、今回の出来事は、偶然が重なった結果。そう考えていいわね?」


「それって、あたしを疑ってるってことですか? わざと、鬼の封印を解いたと?」


 この能力の意味するところを理解した上で、綺羅姫に近付いたのではないのか。イナホは、そう言いたいのだろうか。未だに現状が理解できない談子は、勝手に誤った方向に話を進められ、少し不機嫌に彼女を睨みつけた。


 しかし、イナホは首を横に振った。


「逆よ。あなたのことを疑いたくないの。『物語りの智慧』は、鬼を現世に蘇らせてしまう危ない力だけれど、逆に鬼を再度封印することのできる、最も確実な手段を得られる能力でもあるらしいから。ぜひ、あなたの力を借りたいわ。覚醒してしまった鬼を、何とかするために」


 敵意のない、イナホの言葉を、談子は信じようと思った。


 鬼に関しての知識は、確実にイナホのほうが豊富に持っている。談子に鬼を何とかできる可能性があるのならば、イナホの指示に従って動くのが、一番確実だ。


 談子が頷くと、イナホは鬼についての説明を始めた。




▲□▲□▲




 学校のあるこの場所は、かつては大規模な研究所として使われていた。


 鬼の研究をするためのものだ。鬼は、人々を幸福に導く奇跡の力を持つと信じられていたため、それを人間の手で自在に操れないかと、彼らは考えたそうだ。


 山奥から捕まえてきた鬼を幽閉し、拷問や人体実験を繰り返した。鬼は当然のごとく暴れた。その力は圧倒的で、その手に触れられたもの、目があった者たちは次々に魂を抜かれ、死んでいった。あまりの被害の甚大さに、操ることは諦めて鬼を処分しようと試みたが、結局どのような文明の利器を用いても、鬼を退治できなかった。


 ある日、この地に『物語りの智慧』と呼ばれる不思議な力をもった人間が現れた。その者は山奥の、鬼について良く知る古木の声を聞き、鬼を封じる方法を教えてもらった。そして見事、鬼を封印することに成功したのだという。


 研究所の責任者たちは、この地に結界を張り、鬼が外に出られないようにした。そして、『物語りの智慧』を持つ者が死んだ後、また来るべき時に生まれ変わったその者がここへ戻ってくるようにと、この地を人が集う場、すなわち学校に作り変えた。


 その者たちは、今も銅像となって、この地を監視し続けているという。




▲□▲□▲




「あなたは、その物語りの智慧を持つ者の生まれ変わりなの。あなたがここに現れ、鬼が覚醒した。これは、きっと運命だったのかもしれないわね。これから先、何が起こるか分からないけれど、あなたは無事に生き延びて、勝機を作り出してくれると信じているわ。……私の説明、分かった?」


 不安そうに聞き返して、確認してくる。未だに談子は、訳が分からず眉を顰めていた。


「まあ、分かったような、分からないような……。でも何で、綺羅姫の中に鬼が封印されていたんですか?」


「鬼を封じる方法――。それは、穢れのない幼子の中に鬼を取り込ませ、その内部にて出口を閉ざしてしまうこと、だったらしいわ。その幼子に選ばれたのが、綺羅姫なのね。存外、信じられないような話かもしれないけれど、綺羅姫はもう何百年も、あの姿で生き続け、この学校に留まっているの。鬼のもたらす力の影響でね」


「つまり、生贄みたいなもんですか?」


「酷い言い方をすると、そうなるのかしら」


「あたし、綺羅姫を助けたいです。どうすればいいですか?」


 昔の人の、勝手な実験だか何だかの犠牲になって、綺羅姫は今なお苦しんでいる。そんなの、あまりに可哀想だ。自分がその原因の一つになってしまったのなら、それを解消するきっかけの一つにもなりたい。それくらいしなければ、次に会った時、綺羅姫に顔向けできない。


「あなた一人の力では難しいわ。鬼は、目が合ったり、自分から身体を触れに行った人間の魂を吸い取ってしまうの。あなたが一人で立ち向かって行っても、やられるのがオチよ」


 鬼は恐ろしい生き物。それだけは確実だ。談子の敵う相手では、決してない。


「綺羅姫を助けたいと願うなら、このまま逃げ延びて日没を待つといいわ。鬼は月の魔力に弱いから、夜になると自然と封印の中へ戻っていくの。そうすれば、本来の綺羅姫の姿を取り戻すわ」


「日没っていっても、今はまだお昼だし、逃げ切れるかどうかも……。それに、魂を吸い取られるってことは、死ぬって意味でしょう? だったら、悠長なことを言っている場合じゃ……」


「それに関しては、特殊な事例があって……」


 イナホが解説しようとした刹那。


 すぐ側で、おぞましい悲鳴が上がった。


 鬼の声。


 とても近くから聞こえる。すぐ、側まで迫って来ている?


「……真下にいるのかしら。鬼は人間の魂の匂いを感じ取って、どこまでも追いかけてくるの。ここも危ないわ、場所を変えないと」


 イナホは携帯電話を取り出し、通話を始めた。口調や会話の内容からして、相手は生徒会副会長の夏みかんだろう。彼女も学校に来ているらしい。


 こんな祝日に集まって、生徒会役員は何をしていたのだろうか。


「月見さん、時間がないから、急いで生徒会室へ向かって頂戴。みかんが待っているから、詳しい話はそこで聞いて、彼女の指示を仰いで」


「え、イナホ先輩は、どこ行くんですか?」


 通話を終え、談子を残して教室を出ていこうとするイナホを、慌てて呼び止める。


「ちょっと図書室にね。私も、できる限りのことは調べるわ。――お願いよ、絶対、生き残ってね」


 イナホは少し寂しげに微笑み、教室を出て行った。


 取り残された談子も、とりあえず教室から出て、辺りを見渡してみる。


 休日なのだから当然だが、校舎はとてつもなく静まり返っていた。さっきまで耳を劈くほど聞こえていた鬼の咆哮も、まるで夢だったのかと思えるほど、何も聞こえない。


 でも、夢じゃないのだ。目の前で、綺羅姫は変貌を遂げた。そのリアルな光景は、今も目を閉じれば、目蓋の裏で繰り返し、ホラー映画のように上映される。


 その誰も望まざる異形の姿に、談子は自分のすべき決意を、握り拳に固める。


「絶対、助けてあげるからね……」


 約束は、破りたくない。嘘も裏切りも、大嫌いだから。


 その為には、まず何をするべきだろう? 自分で思いつけることは考えてみようとするが、全く浮かんでこない。


 日没を待つ以外に、今すぐ鬼を封印するには、どうすればいいのか。イナホの説明では、根本的なところが分からなかった。


 やはり言われたとおり、生徒会室へ行って、みかんから話を聞き、指示を仰ぐのが、最も確実で最短な方法だろう。


 待ってて、必ず行くから。


 談子は走り出した。

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