元魔王は宅配業
何故、魔王が俺の家で、お茶を啜っている?
帽子は外し、角が姿を表している。
「ふぅ、それで何の用だ勇者」
「それはこっちのセリフだ魔王」
「……」
「……」
おい、なんだ、こんな住宅街でドンパチやろうってか。あいにく俺は力の衰えを感じない、負ける気がしねぇ。
「勇者よ、お主こんな平日の昼間に、家で何をしている、働いてないのか」
「なんで魔王が勇者の職業気にするんだよ、てかお前、仕事中だろ! サボってんじゃねぇよ」
「確かにそれはいけないな、部長に怒られる」
魔王は平社員なのな、部長に頭下げる魔王とか想像したくないな、仮にも魔王だからなお前。
「勇者、一つ頼みを聞いてくれぬか」
「な、なんだよ、かしこまって」
魔王は正座し、背筋を伸ばして俺の顔を見る。うん、お前も老けたな。
「我は今、家がない、故にルームシェアを申し込みたい」
「……………………は?」
なんて言った? ルームシェア? 魔王が勇者とルームシェアをしたいと、そう言ったのか。まさか魔王から「ルームシェア」という単語を聞くことになるとは。
「どうだ、受け入れてくれるか」
「いやいや、ちょっ待て、お前何言ってるのか分かってんのか!」
「もちろん、家賃は払う、家事もできる限りやろう」
おい、魔王が家事するとか言ってんぞ、ねぇ、もう一度確認していいですか、あなた本当に魔王ですよね。
「そういう問題じゃないんだよ、俺たちは、ライバルだろ、好敵手だろ、勇者と魔王だろ」
「何か問題があるか?」
おいおい、このおっさん、ニートのおっさんとルームシェアするのに抵抗ないのかよ、魔王とか勇者とか置いといて、おっさん二人でルームシェアとか気持ち悪すぎだろ。
「それと、娘がいる、年は9歳だが……」
「許す」
「は?」
魔王がアホみたいに口を開けている。
「ルームシェアを許す、仕事が終わったら娘を連れて戻ってこい、必ずだぞえ」
「ぞえ?」
幼女がいるならはよ言わんか。うっほ。そうと決まれば、家の掃除をしなければ。掃除機どこだっけ。うっほ。
・夜
「勇者、来たぞ」
「お、すぐ行く!」
俺は床の間から、全速力で玄関に駆け寄り、鍵を外し、扉を開ける。
仕事服のままの魔王と、その後に隠れるように、小さな女の子が見える。
「勇者よ、今日からお世話になる。こらウリエル、挨拶しなさい」
魔王の漆黒の髪と違い、金髪の長髪の幼女がひょこっと顔を出す。うん、可愛い。
「ウリエルちゃんて言うんだ、宜しくね」
「……ころす」
「え?」
「勇者はころすのぉお!!」
幼女はナイフを握りしめていて、俺の襲いかかってくる、金髪幼女に見とれて体に力が入らないため、避けるのは無理だと理解する。
「やめなさい、ウリエル」
「うわっ!」
魔王がウリエルの手を掴みあげ、中にブラブラしている。可愛い。じゃなかった、危ねぇ、死ぬところだった、普通にウリエルちゃん速かったし。
「パパ、やめて、勇者だよ! パパの敵だよ」
「いいや、あれはただのオッサンで、私もただのオッサンだ、魔王じゃない」
「違う! パパは魔王だもん! 最強だもん!」
親子喧嘩だろうか、てか俺、ウリエルちゃんにめちゃくちゃ嫌われてるじゃん、元勇者だったからかな。
「んん、まぁ、上がれよ」
「助かる、それではお邪魔する」
「んんぅ〜」
ウリエルちゃんが唸ってる。可愛い。
丸い机を囲むように座り、話を再開する。ウリエルちゃんは、今にでも俺に飛びかかってきそうな勢いだ。可愛い。
「勇者よ、まずは金の事だが……」
「待て、勇者っのはやめろ、俺はもう勇者じゃない、レーンだ」
「そうか、分かった、我も魔王はやめた、サタンと読んでくれ」
まんま魔王じゃねぇか。
「ウリはウリエルって言うけど、呼ばないでね!」
はは、可愛い。
「それで、金だが……」
「いや、金はいい、それより家事をしてくれないか、俺は仕事で忙しい」
「承知した、それでお主はなんの職業をやっている? ちなみに我は宅配業だ」
見れば分かるわ。それより何と言うか、自宅にいても、不思議じゃない職業は。
「自宅警備員だ」
「そうか、警察か、さすがだな」
「違うよパパ、ニートの別称だよ」
「そうなのか、レーン」
「……いや、自宅を守る仕事だ」
「ほら、ウリエル、嘘をつくんじゃない」
「んんぅ〜」
涙目で睨まないで! 俺だってプライドってものがあるの。分かってウリエルちゃん。それと可愛い。
にしてもサタンよ、世間知らずにも程があるよな、自宅警備員を警察と勘違いするアホが魔王だったとは、元勇者である事が少し恥ずかしい。
「なぁサタン、働いてるなら、アパートぐらい買えるだろ、そんなに金がないのか?」
「いや、金はそこそこあるのだが、元魔王って履歴があるからには、そうそう家は買えんのだ」
履歴ぐらい、偽造しろよ元魔王。どんだけ真面目なんだよ、俺なんて、元勇者って言っても、誰も興味示さないぞ! なんか自虐になっちゃった。
「で、なんで働いてんだ? 履歴書とかどうしたんだ」
「無論、真実をすべて記し提出した、つまり、私が元魔王だと知って働かせて貰っている、心が広い会社でよかった」
どんな会社だよ、元魔王が働ける職場とか怖すぎて、誰も来ないだろ、いや、宅配業だったか? ならセーフなのか? まぁいいか。
「じゃぁサタン、お前は朝飯と夜飯を頼む、休日は洗濯、掃除、とりあえず家事全般を任せた」
「承知した」
「えぇ! パパ、ダメだよ家事なんて似合わないよ! 私がやるから、私がパパの分もやるから!」
何ていい子なんだ、ウリエルちゃん。でも、いちいち俺を睨まないで貰えると嬉しいな。可愛い。
「それじゃあウリエル、平日はパパの分の仕事をやってくれるか?」
「うん、やる! やるよ、ウリ家事頑張る」
なんて健気なんだ、あと、最初から思ってたんだけど、ウリエルっ天使の名前だよね、サタンの子供がウリエルとか、ギャップの付け方が斬新だな。
「そうか、ならウリエルに任せた」
「うん! ねへへ」
サタンがウリエルちゃんの頭をナデナデしてるぅう!! 俺もしたい!
「レーン、そろそろ娘を寝かせたいのだが」
「お、おう、二階だ」
二階の俺の部屋の横が空いていたので、少し掃除しといた。俺、優しい。ちなみに布団も敷いといた。
サタンがウリエルちゃんを布団に寝かせ、毛布をかける。
「パパ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
「ウリエルちゃん、おやすみ」
「レーは永遠に眠ってればいいです」
あはは、毒舌。って今、レーって呼んでくれた! レーンって言えないのかな、恥ずかしいだけかな、いやー可愛い。
「サタン、お前は一緒に寝なくていいのか」
「ああ、ウリエルには、そろそろ親離れして欲しいと思っている」
9歳で親離れとか、早くない? 魔王一家ではそれが普通なのかな、親離れしたら、俺に懐かないかなぁ。
「お前は、その部屋な」
「かたじけない」
扉を開けると、大量の荷物が、積まれていた。そうだ、この部屋、使わなくなった物置部屋だった、すっかり忘れてた。
「悪い、別のところに……」
「いや、ここでいい、狭い方が落ち着く」
少し目が輝いているように見えるのは、気のせいだろうか、元魔王が物置部屋にスタスタと入っていく。
「それでは、我もそろそろ寝る」
「お、おう、そうか、おやすみ」
「ああ」
ゆっくりと、扉が閉まる。閉まったかと思うと、扉の隙間からの光がパッと漏れ、部屋の中かな、ガシャガシャと、物音がしてきた。
何やってんだアイツ。まぁいいか、俺ももう眠い。ウリエルちゃんの隣の自室に戻り、ウリエルちゃんの部屋側の壁に耳を当てて寝た。
微かにウリエルちゃんの寝息が聞こえた。
可愛ええ。