狸の置き物テイクアウトしませんか?
神様を信じているわけでも、幽霊を信じているわけでもない僕が、信じられないというこの言葉を、使うとしたならば、自分の常識か現実が信じられないということだろう。
現実や常識が信じられないという事は、随分と否定的に生きているんだとか、まるで自分が、神様か何かにでもなったのか様に、上からモノを考えているんだと思う。
まぁ目の前の状況で、いの一番にやる事は、スマホを取り出すようなことではなく、僕の常識を否定しなければならない事だと思う。
電信柱の下に置かれたややボロさが出始めたダンボールには、拾ってくださいの文字が、油性ペンで書かれてあった。
ダンボールの中に、子猫でも子犬でもいたならば、常識の範疇ではあるが、いたのは、居酒屋でしか見かける事のないタヌキの置き物だ。
不法投棄するには、不向きな場所と物である事は、間違えようも無いくらいだ。
しかし、何より驚いたのはこの狸の置き物が喋った事だ。
「おう、坊主」
あたりをキョロキョロと見渡しても声を出せそうなのが、僕しかいない。
僕は置き物や電信柱と一人会話するほど、まだまだ人寂しくないし、幼くもない。
「驚きが足りねぇ、えっ淡水魚なの?淡白なの?」
淡水魚が淡白かどうかは定かではないが、野太い声は、確かに目の前の狸の置き物の声のようだ。
「もしかして、狐につままれたって奴なのか、こちとら狸なんだけどなぁ」
そこはかとなくウザい。
「坊主に声をかけたのは他でもない、女子供じゃ持ち帰りしてくれないし、かと言って、この時間帯の大人の男性はまだ会社で通らず、夜中は酔っ払いしか通らない、持ち帰りしてくれそうな坊主みたいな年代の男の子を待っていた」
「嫌です」
「かぁーメリットがないってか、取らぬ狸の皮算用、いやこっちは置き物だから皮は無いけど」
まぁメリットがないというのは半分ほど正解であるが、言葉の端々にイライラするからと言う事もある。
きっと、テレビで見かける芸人であるならドヤ顔でもキメている所であろう。
まぁ置き物だから何一つ表情が変わらないが。
「よし、付喪神の一歩手前の身として、坊主の恋愛成就手伝う、それがメリットだ」
「結構です」
「大丈夫、化かされたと思って信用してよ」
「信用出来るわけないので」
「乗っかろうよ、不思議な力で気になるあの娘と恋愛成就、出来るチャンス」
「別に好きな女子なんて特にいないので」
「えっ何最近流行りの嫁が二次元から出てくるの待つタイプ?100年は絶対に待つよ、付喪神に興味があるならこっち持ち帰ったら良いと思う、大事にしてくれ」
「いや、持って帰りませんよ」
なんで、狸の置き物を持ち帰らないと行けないのだろうか。
今の流れでなんで持ち帰ると思ったのか。
「駄目か」
「そりゃあそうですよ」
「よし、坊主気になる女子との恋愛成就手伝ってあげよう」
なんで今の流れを無かった事にできるんだろうか、人の話を聞いてないのか、面の皮が厚いのか。
「わかりました、百歩譲って気になる女子がいたとして狸の置き物のアナタが何ができるんですか」
「おっ乗ってきたね、淡白より大分いいよ、まるでマグロみたいに女の子追っかけてない方が、死ぬみたいな感じだとなお良い」
「マグロに謝ったほうがいい」
マグロへ謝罪を促す日が来るとは昨日までの僕では想像つかなかっただろう。
「まぁ坊主がやる事は簡単だ、雨の日に気になる女子が、この場所を通りかかるのを見越して、オレに傘をさしながら二言ぐらい演出入れて、オレを持ち帰れば気になる女子のハートキャッチできる」
作戦が不思議な力の利用とかではない事にも、頭がいたくなるが、それよりもこの作戦は問題がある。
「いや、持ち帰りませんよ」
「くっ恋愛成就にかこつけ自然に持ち帰らす作戦が」
「いや、そもそも狸の置き物を雨の日に持ち帰るのは不自然だから」
「こう児童向け映画みたいに微笑ましい感じでイケるはず」
どこがだと言う言葉は喉の奥へと飲み込む事にした。
「じゃあ、まぁメリットも無いようなのでもう帰ります」
「そうか、大事にしてくれるか、正式な付喪神になったら恩返しするからな、ありがとう、ありがとう」
「いや、だから持ち帰りませんって」
「そんな、期待を持たせるだけ持たせて狸寝入り、いや泣き寝入りしろって言うのかそりゃないぜ坊主」
狸の置き物の泣き言なのか、軽口なのか狸の置き物の顔では判断出来ないが、僕だって狸の置き物の為にできる事は何一つない。
何処の誰がここ迄運んだのかわからないし、付喪神になれるかもわからないがきっとそれでいいんだ。
今までの僕の常識の狭さを気付かされ、出来ることの少なさを改めて実感した。
ただそれだけでいい。
その気持ちを忘れないようスマホで写真を取り、思い出だけを持ち帰る事にした。