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光焔万丈(KO-EN BANJO-)  作者: 梅屋セイ
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【第三章】

これから一章ごとに、出てくるキャラクターのイラストを載せていきたいと思います。




第三章


 三月七日。明暦の大火から三日が経っていた。一刻も早く多くの紅種を捕らえよと幕府からの命令により、それぞれの藩は忙しく日本中を駆け回っていた。一方、白木(しろき) 将之介(しょうのすけ)率いる白木藩は、他の藩が活発に活動している中、対照的に何も動きを見せることはなかった。

  「ぐぉーー。ぐぉー。」

  「おい辻本。・・・おい、辻本!」

  「ぐぉっ。」

 幕府から与えられた領地である白木藩の屋敷の庭が見える廊下で、雷種の辻本(つじもと)成河(なるが)が昼間から大きないびきを掻いていた。彼はこう見えて白木藩の一員である。白木の呼び声にだるそうに体を起こすと顔をしかめ、あくびをした。

  「低血圧なんだよ。大きい声だすな、苛々する。」

  「お前、寝ている暇があるなら鍛錬に勤しんだらどうだ。」

 辻本は白木の顔を見るや否や、表情が一変した。

  「白木・・・すまん、あんまりにも暇だからよ。あんたがもう紅種を追わなくていいっつーから。」

 辻本は廊下の前の白木の部屋で、壁にもたれかかり溜息をつく。白木はその様子を気にすることもなく、机に向かって書物を書いていた。先ほどからずっとそんな様子だ。

  「なぁ。何書いてんだ?」

  「・・・・。」

 何度聞いても返事は返ってこない。白木はもともと無口だが、集中するともっとひどかった。辻本は諦めて外へ出ようとしたそのとき、大きな声が廊下から白木の耳元へ飛んできた。

  「白木殿!大変です!!」

 驚いて振り向くと、汗ばんだ藩の武士が焦った様子でこちらを見ていた。ずいぶん走ったのか、息を切らしている。

  「何事だ。」

  「火災当日に捕らえた紅種一名と、昨日捕らえた紅種が脱獄した模様です!牢に誰もいません!!」

 何だって、と辻本が武士に掴みかかる。

  「てめぇ、逃がしてんじゃねぇぞ!」

 鬼の形相で武士を責めたてる辻本をよそに、白木は動揺することなく冷静な目を向けている。

  「辻本。よせ。」

  「あ!?」

 白木の気迫に負けたのか、辻本は掴んだ手を離した。

  「・・・・。」

  「また捕まえればいいだけだ。丁度 気分転換がしたかった。辻本、出るぞ。」

  「おう。」

 白木は右に置いた鞘に入った刀を手に取ると、さっと立ち上がり部屋を出た。辻本はすれ違いざま武士に舌打ちをすると、白木の後に続いて部屋を出た。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



町中



  「ひゃっほーーーー!!!!」

 低い屋根が並ぶ町並み。奄美(あまみ) (かおる)と奄美 夜ノ(あまみ やのまる)は、囚われた屋敷からはもう随分と離れ、たどり着いた町の屋根の上を上機嫌に駆けていた。二人は屋敷から逃げる途中で拾った黒いこげ茶の羽織を身にまとい、あまり服が見えないように工夫した。

  「おい、大きい声出すなよ。また見つかったらどうするんだ。」

 すっかり有頂天になっている夜ノ丸に、郁は呆れる。屋根の上は眺めが良く、下を見下ろすと大勢の人で賑わっている。この時代の建物は低めなので、上っていることがばれているのではないかと不安になったが、どうやらばれてはいないようだった。建物の中の振動も気になるところだが、いちいち気にしていられない。

  「ゴメンゴメン!もう自由だからつい、はしゃいじゃったよ。」

 夜ノ丸は笑顔だった。だがこの自由には期限がある。

  「で、あてはあるのか。」

 郁はぜぇぜぇ、と息を切らしながら聞いた。夜ノ丸は年下でありながら、とても足が速い。郁は負けず嫌いなので、むきになって全力で走っていた。が、夜ノ丸は汗ひとつ流さず涼しい顔だ。

  「ないよ。」

  「・・・は?」

 夜ノ丸は少し考えた素振りを見せた。

  「大火事の時に江戸にいたということくらい。」

  「なら、江戸にいるんじゃないのか。」

  「大火事のあと、江戸中の紅種が追われてる。オレが囚われてもう既に三日経ってしまったんだ。だから、もう江戸にはいないかも。」

 二人はがっくりと肩を落とした。

  「じゃあ、どうするよ。」

 夜ノ丸は腕を組んでうーんと唸った。ふと、下を見た。この町はとても綺麗な町だった。かつて大火事に遭う以前の江戸のように。

  「そういえばここって、何処なんだろうね。」

 夜ノ丸に続いて、郁も町を見下ろした。

  「さあな。」


  (どこも同じに見える。)


  「まずはそこから調べようよ。」

  「そうだな。」

 頷くと、夜ノ丸は軽々と屋根から飛び降りた。

  「・・・・ん?どうしたの、郁兄。」

 振り向いた夜ノ丸が、不思議そうにこちらを見ている。郁の顔は真っ青だった。

  「い、いや・・・」

  「早くおいでよ。」

  「無理。」

 青ざめた顔で、地面を見下ろす。夜ノ丸はきょとんとして、

  「もしかして、怖いの?」

 と面白可笑しげに聞いた。郁は察しろと言わんばかりに複雑そうな表情をしたが、夜ノ丸はそれがまた面白く、意地悪く先に行ってしまった。

  「あ、おい!」

 郁は咄嗟に夜ノ丸を呼んだが、もう届いていないようだった。深いため息をついて、少しずつ降りてみようと試みた。が、思うように出来ず、途方に暮れて郁はそのまま屋根の上に座り込んでしまった。


   (情けねー・・・)



 このままの状態では仕方がないので、もう一度、降りてみようと試みたその時、見覚えがある侍の集団が駆け足で向かってくるのが見えた。その羽織には、しっかりと「白木藩」と書かれている。



   (やべ!) 



 幸い屋根の上は気づかれなかった。侍は町民に何やら聞き込みをしている。何を話しているのか気になり、ばれないようにそっと身を乗り出した。だが、他の町民の声にかき消されて聞き取れない。しかし自分たち含む紅種を追っていることは間違いなかった。町民は首を傾げた後に、横に首を振ると、侍は一礼し、屋根の前を通り過ぎていった。郁はほっとして息をつく。


  「どうかなさいましたか、そこの殿方。」


 屋根のすぐ下で、女性の声がした。郁は心臓が飛び出るかと思うほど驚いて体が跳ねた。

  「!」

 二人は顔を見合わせると、目を丸くした。女性は、服装はもちろん女性物ではあるが、顔はまるで郁と瓜二つだったのだ。二人は驚いたまま、しばらくじっと顔を見つめ合った。そんな中、先に口を開いたのは女性の方だ。

  「あの・・・、どうか、なさいました?」

 郁はようやく我に返り、慌てて言葉を返そうとした。

  「あ、いや、に、似てるなーと。し、失礼しました。」

 なんだか気恥ずかしくなり、その場から去りたい気分だったが降りられないのでどうしようもない。笑ってごまかそうとするが、上手く笑みを作れなかった。

  「そうではなくて、その。ずっと降りたそうにしているから。」

 女性は心配そうに微笑んだ。つられて口元が緩む。

  「梯子(はしご)を持ってきますので、ちょっと待っていて下さい。」

そう言うと女性は郁が座っている屋根の下の建物の中に入っていった。郁はやっと降りることが出来ると安堵した。そして、この建物に住んでいたのかと少し申し訳ない気持ちになる。それと同時に、泥棒と思われたのではという焦りも出てきたが、彼女はそんな不審がる様子を見せなかったので、信じて待つことにした。

 

 おしとやかで、現代で言ういかにも大和撫子な彼女に、郁は内心舞い上がっていた。姿も自分と似ているし、親近感が湧く。郁は心の中で、この時代に来て初めて優しい綺麗な女性と出会えたことに感謝をした。


  「お待たせ致しました。」


 女性は、古びた木の梯子を、重そうに引きずりながら屋根に立て掛けた。

  「一人で大丈夫か?」

  「ええ。私、これでも力はあるの。さぁ、どうぞ。」

 下で女性が梯子を支えているのを確認し、郁は恐る恐るそこに足を掛けた。

  「お怪我をしないように、ゆっくり。」

 郁はその言葉通りに慎重に足を掛け、ようやく最後の段を降りた。安心して一息つく。そして、降ろしてもらった礼を言おうと振り返ったその時、不意にばっちりと目が合った。女性は、郁とほぼ身長が変わらず、改めて同じ視線で見ると彼女は自分にとても似ている。

  「あの、ありがとうございました。とても助かりました。」

 とはいえ、彼女の目は透き通っていて綺麗だ。緊張で手に汗が滲むのを感じた。そんな郁に、彼女は優しく微笑んだ。

  「いえ。でも、降りれないのに何故屋根の上に?」

  「あ、いや、それは・・・。や、屋根が好きだから!」

 戸惑う郁に、彼女は可笑しそうにくす、と笑った。

  「変な人。」

  「疑わないのか?」

  「疑わない。だって・・・」

 黙り込む彼女に、郁は首を傾げた。  

  「?」

  「・・・何でもありません。それより、貴方の名前は?」

 言葉の続きが気になったが、聞くほどの事でもなさそうだったので郁は諦めて話の流れに従うことにした。

  「郁。」

  「郁、ですね。申し遅れましたが、私は(さち)と申します。幸せと書いて、幸です。」

  「幸か。とてもいい名前だな。」

 二人は微笑み合った。

「何かお礼がしたいところだけど、俺に出来ることは・・・」

  「じゃ、梯子のお片付けを一緒にお願いしてもよろしいですか?」

  「もちろん。」

 そう言うと、郁は梯子に手を掛けてゆっくりと持ち上げた。

  「お、重いな、これ!」

 それは予想外に重量感があり、これを細腕の女性が一人で持ちあげたとは到底信じられない。

  「代わります?」

  「いや、いい。」

  「では、こちらへ。」

 幸は重そうに梯子を引きずる郁を横目に、先行して建物の中へ入った。郁も続いて中に入ると、屋根こそ低いものの部屋は案外広く、長い梯子も斜めに倒せば入るほどだった。そこはよく見ると和菓子屋で、郁が現代でよく行っていた川越の老舗によく似ている。

  「ここに置いてください。」

 郁は指示された場所へ慎重に梯子を置いた。

  「よし、これでいいか。幸、本当にありがとう。」

  「いえ、こちらこそ運んで下さってありがとうございました。宜しければ、郁殿。うちの和菓子でも食べていきませんか?」

 試食のつもりでタダで、と幸は言った。そういえば腹がすいたと頷こうとしたその時、集団の大きな叫び声が聞こえた。まさか、と郁が店から顔を出すと、先程夜ノ丸が駆けて行った方向からこちらに向かって夜ノ丸と白木藩の集団が全速力で駆けてくるのが見えた。


  (まずい、夜ノ丸!!)


 郁はすぐさま道に飛び出そうとしたが、思いもよらぬ人物に腕を引っ張られた。幸だった。

  「どこへ行くのですか。」

 幸は、先程の柔らかい表情とはうって変わり、硬い厳しい顔をしていた。

  「行かないといけないんだ、離してくれ!」

 郁は必死に腕を振りほどこうとしたが、幸は離さなかった。

  「駄目です。」

  「あいつ、俺の知り合いなんだ!助けてやらないと!」

  「駄目です!」

 幸は怒鳴った。郁は訳がわからず、思わず怒鳴り返した。

  「どうして!」

  「あなたが紅種だからです!!」

 幸が言った言葉に、郁は耳を疑った。

  「えっ・・・今なんて」

  「今あなたが出ていけば私が困る。」

  「それってどういう」

  「私まで捕まるのはごめんよ。それでも出ていくというのなら・・・」

 幸は着物の足元から小さな短刀を手に取り、郁の喉元に突き出した。

  


  「容赦はしない。」






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