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今日は、最悪の一日だった。
湿気がひどくて髪の毛は決まらないし、英語の授業では予習してないところ当てられて恥をかくし、体育では隣のコートから飛んできたバレーボールに当たるし、昼休みには……。
「……はぁ」
降りしきる雨の中、思わず溜息が洩れる。
何気なく、道端の濡れた小石を蹴ってみた。
「ぷぎゃん!」
「……ん?」
今、何か変な声が聞こえたような……。
顔を上げたけど、前には誰もいない。
後ろにも、通りを挟んだ歩道にも、誰も……。
「ぷぎゃぎゃ……いきなりヒドい人ですなぁ……」
何だ、何だ。
この声は、どこから……。
「あー、えー、お嬢さん? こっち、こっちですよ」
だからどっちよ。
……って、え!?
「わ――――!」
足元に、ピンクのウ●チみたいなモノがウゴウゴうごめいている。
「ぎゃ――! 汚い――!」
「なんつーことを言うですかね、このお嬢さんは……」
ピンクのウ●チがてっぺんをさすりながら起き上がった。
そしてふわふわと、あたしの目線まで昇ってくる。
「だって……ウ●チじゃん!」
どっからどう見てもピンクのウ●チだよ?
ゴーグルをつけたピンクのウ●チが浮き輪に掴まって宙にふわふわ浮いている。
「よいしょと……失礼しますよ」
ピンクのウ●チはそう言ってあたしの傘の中に入って来た。
……クサくはないな、うん。
「ふうむ、情報通りですね……。我々ウンチャカ人はこちらの世界の排泄物と間違えられる可能性が高い、と……」
いや、間違えはしないけどね? ピンクだし。
「しかしお嬢さん、なかなか肝の据わった方ですな。大抵の方は走って逃げていってしまうのですが」
「……」
いや、単に逃げるタイミングを失っただけ……。
それと、ピンクのウ●チが喋る、ということに好奇心がくすぐられただけ……。
そうだ、あとでユカに……。
「……っ……」
ダメだ。ユカとはケンカしたんだった。
「それでは、お嬢さん。新しい世界で違う人間になってみませんか?」
「……は?」
何を言い出すかな、このピンクのウ●チは。
「いえね、我々ウンチャカ人、このたび、この『地球』を模倣して新しいゲームを作ったんですがね」
ピンクのウ●チはこほん、と咳払い的なものをした。(ちなみに口はゴーグルのすぐ下だった)
「どうも、いいデータが取れなくて、ですね……」
「……全然、わかんないんだけど?」
「あ、ワタクシ、この企画の責任者のテーヘンと申します」
「はぁ……」
「で、ですね。この地球人を我々の作ったゲームの世界にご招待して、1日過ごしていただきまして、感想を頂けたら、と思いましてね」
「……」
ピンクのウ●チ――もといテーヘンさんは、ぺこぺことお辞儀的なものをした。(ちなみに首はゴーグルのすぐ上だった)
「それって……何かいいことある?」
「今ならあなたの好きなパラメータにptを上乗せしますよ」
「……パラメータ?」
「まぁ、まずはこれを見ていただきましょうか」
テーヘンさんが浮き輪の中で何かゴソゴソしている。
しばらくすると、浮き輪の下からビーッとレシートのようなものが出てきた。
ピッと途中で切って、じーっとその紙を見つめている。
「……何してんの?」
「あなたのパラメータです。今なら無料でお見積もりを……」
「パラメータ?」
テーヘンさんが持っていたレシートをひったくる。
『シンジョウ カナコ 地球年齢:16際
容姿:92pt 頭脳:27pt 運動能力:23pt 運:84pt 226/400
内向性:72pt 外向性:23pt
思考:16pt 感情:21pt 直感:81pt 感覚:62pt 275/600
計:501/1000
内向-直感タイプBB』
「……何……これ……?」
ワケわかんない数字の羅列に、頭がクラクラする。
「ですから、あなたのパラメータです」
「……ウチムキ……」
「内向性ですね。主観的なことに関心が向くタイプで、周りの意見に左右されない。外向性はその逆。自分以外への関心が強く、周りの意見に敏感」
「……」
「他のも説明しましょうか?」
「……うん」
あたしが頷くと、テーヘンさんはゴーグルをカチャッとかけ直した。(目はゴーグルのとこで合ってたみたいだ)
「思考は理屈で考えるタイプ、感情は好き嫌いで物事を判断するタイプ、直感は文字通り直感的に判断を下すタイプ、感覚は五感、つまり見たり聞いたりしたときの自分の感覚を信じるタイプを表します」
「……はぁ」
「えーと……つまり、あなたは美しい容姿をしておられますが、あまり賢くはなく、運動能力も低い。でも強運なのでこれまでそれほど困ったこともなかった。そして非常に自己中心的であまりよく考えずに直感で行動するため、周りを振り回すこともある、と」
「……めちゃくちゃ言うじゃん……」
「でも合ってますよね?」
「……」
間違っているとは、到底言えなかった。
今日の昼休み、ユカとケンカしたのだって――きっと、あたしのこういうところが原因だったんだもん。
「で……BBって?」
「1000pt中501ptですから、中の中ということですね」
「……」
何かムカつく。
「ですので……今ならptを10ptサービスしますよ。で、511ptをお好きなように割り振って頂いて、ゲームに参加して頂ければ……」
「10pt? ケチくさいな……」
「そうですか? 何の努力もせずに能力が上がるなんて、信じられないぐらいお得だと思いますけどね」
「……」
何かいちいちムカつくなあ……。
「それに、30ptで性別を変えることもできますよ」
「えっ! 男の子になれるってこと?」
「ええ」
うーん……男の子の世界、かあ。
何か面白そう。
「じゃあ、一度やってみようかな。あんまり面白くなかったら、すぐリセットして、次に……」
「ちょ……ちょ、ちょ、ちょ、ちょ!」
テイヘンさんが急にプルプルと震えた。
「何よ」
「勝手にリセット有りにしないでください」
「え……ないの? ゲームなのに?」
「ありません。だいたい、人生にリセットはありますか?」
「……」
ピンクのウ●チのくせに、急にまともなことを言う……。
「お試し一日体験自体が、奇跡的なことなんですよ。しかも10ptのおまけつきという破格の扱いだというのに……」
「あーもう、わかった。わかったって」
何かうるさいので、あたしは手をパタパタしてテーヘンさんを黙らせた。
「何か面白そうだけどさ。丸一日行方不明になったら、さすがに……」
「大丈夫ですよ、体感時間は1時間程度ですから。それぐらいの機能はつけてあります」
テーヘンさんはえっへん、という感じに身体を反らした。(浮き輪も身体の一部なのかな)
「……やってみようかな」
何か今日は最悪だったし、気分転換にはなるかも。
「そうですか! では、パラメータはどうなさいますか? やっぱり賢さに上乗せします?」
「やっぱり、って何よ。それより……」
言いかけて、言葉を呑んだ。
今日の昼休みの出来事が、頭をかけめぐる。