ケダモノがケダモノをケダモノのように
今回短いです。
ドレスの引き裂かれる音が部屋に響いた。
フリージアの身体の上に覆いかぶさる息の荒い獣は、もはやフリージアの知る人では無かった。
形相を変えて、涎を垂らす父王の目は正気を失っていた。
狂気の中に、顔を歪めるフリージアの顔が映っている。
狂王は意味不明な言葉をしきりと唸っていた。『百年を』と。
恐ろしさに啜り泣きながらなんとか身を捩ると、部屋のドアが見えた。
ドアは、音も無く開いていた。
「!」
期待に目を見開いた時、ドッと父王の身体がのしかかって来た。
何か更なる恐ろしい事をされるのだと、フリージアは泣き声を上げ、がむしゃらに腕を振り回す。
すると、ぬるり、と顔の横に何かが滑って来た。
それはボト、と、味気ない音を立ててフリージアの眼前に落ち傾く。
次いで、生暖かい液体が彼女の横顔に勢い良く大量に吹きかかって来た。
滴る生ぬるさの中、彼女は自分の眼前にあるモノを凝視した。
父王の顔だった。
身体は彼女の上にのしかかっているというのに、何故、と考える暇も無く、父王の顔がサッと飛んだ。否、遠ざかった?
フリージアはそれを目で追った。
追わずにはいられなかった。
理解が追いつかなかったから。
つ、と父王の、いつも厳しく引き結ばれていた口――今は、緩く開いた口からどす黒いものが一筋垂れた。
「おと、さ、ま」
「ハイハイ、お父様ですよ。お前の父は歴代で初代に次ぐ愚王だな」
明るい声が、返事をした。合わせる様に顔がブラブラ揺れた。
誰かが、父王の顔を、否、首だ。首の、頭を鷲掴みにして、ブラブラ揺らしている。
フリージアは麻痺した思考のまま、目線を上へ動かそうとした。
しかし、声の主は素早く動き寝台からシーツを剥がし取るとフリージアに被せた。
「おっと、コッチ見るなよ……俺は一人の女に尽くすのなんか、御免だからな」
視界を奪われ、聴覚が敏感になる。声は、聞き覚えのある声だった。
二歩続いて
いち、に。
「動くなよ。徹底的に、殺してやるからな」
繰り返して。
次の変調で……。
「根絶やしにしてやる……」
ホラ、回るんですよ、回って。
「シ、シルバーニ様……?」
そう!
さぁ跳んで、フリージア姫!
ドンッ! と、口の周りに圧力を感じて、フリージアは短く呻いた。
明るく笑うシルバの顔が、衝撃で割れて心の中で散り散りになった。
手で口を覆われたのだと、感触ですぐに判った。
勢いと力で、歯が頬の内側を傷付けて口の中に血の味が広がる。
血の味を感じながら、フリージアの頭の中で父王の生首の残像が揺れた。
――――ああ、お父様……。
「声を上げるな。ここで殺されたくないだろ?」
――――殺されたのだわ。お父様。陛下。
シーツの上から、縄で縛られているのを感じながら、フリージアは涙を零した。
「口を開けろ、オラッ早く開けろ」
手探りで乱暴にシーツ越しに口に指を捻じ込まれ、されるがままに口を開くと、サッと隙間に縄を噛まされた。そのまま手加減なしで縛られて、屈辱と恐怖に喉が震えた。
今日という日の何から何まで、起こっている事が理解出来ない。
何に絶望したら良いか分からなかった。
身体が軽々と担がれる。
フリージアはもがいたが、横腹に重い拳を撃ち込まれて意識を失ってしまった。
*
アタシを傷付けたわね!
アンタの笑顔も優しい手も、忘れたりしないわ。
何度も何度も思い返しては、『絶対に許さない』の養分にしてやる。
憎しみながらずっとずっと想い続けてやる。
心という小宇宙で、アンタをグズグズに腐らせて、楽しんでやる。
可哀想なリトル・フローラ、大丈夫よ。
もうすぐナイトが来るからね。
次回からは別の人物視点です。
いつまでもわけわからんなぁ!なんて言わずに、お付き合い頂けたら嬉しいです。
次回がフリージアが何者なのかみたいな話になります。