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王様の物語

 シルバがいなくなると、その場はとても静かで穏やかな空気になった。

 ようやく自分のいる場所を見渡す事の出来たフリージアは、国王の背後にそびえている巨木がまず目に入り、思わず見上げた。根だけでフリージアの身長くらいある立派な木だった。巨木には太い枝に葉が茂っていて、陽光を受けキラキラと光っていた。風や光を感じたのも気のせいでは無かったのだ。

 フリージアの連れて来られたこの場所は、地下である様子だが、天井が無かった。

 例えるなら広い井戸の底の様な場所で、大きくぽっかり空いた天井が丸い空をつくっている。

 きっと何か、神聖な場所なのだろうと、フリージアは感じた。

 

―――――一体、なんの為の場所なんでしょう。少し、怖い。


 フリージアはシルバの圧力から逃れる事が出来てホッとすると同時に、不思議と心細さも感じた。

 また自分がどうなるかわからなくなった。

 シルバはフリージアの事を邪悪な妖だと言う。

 だったら殺されて仕方がないと半ば諦めたばかりだったのに、今目の前にいる国王だという男は、フリージアの足元に膝をつき、優しく微笑んでいるのだ。


――――どういう事なのだろう? でも、ナズナは助かるかも知れない。


 足元に膝をついていた若い国王は、立ち上がると試す様な目でフリージアの顔を直視しながら、彼女の猿轡を取った。


「百花繚乱の姫、ヘリアンサス。今は、フリージア姫」

「……はい」

「怯えないで。私はハンス。貴女の味方です」


 戸惑うフリージアに、国王は優しい声を出した。そして、彼女の頬に手を伸ばすと、猿轡によって出来てしまった痕をそっと指でなぞった。

 彼は柔和な顔に陰りを落とし、眉を潜めた。


「私が迎えに行けたら良かったのだが、こちらでやらねばならない事があったから許して欲しい」

「わたくしを殺さないのですか?」

「とんでもない。貴女は、この国の妃になっていただくのだから」

「……」

「かつて――――」


 と、ハンスは自分の背後にそびえる巨木を手で示しながら語り出した。

 

「この国の全ての植物が病気になった。木も、花も草も、作物も毒性を持つか、枯れた。大勢の人間が食事を通して毒を食べ死んだ。草をはむ家畜も同様に激減し、皆飢えた……我が国から飛んで行ったミツバチの蜜が混ざった蜂蜜を舐めて、隣国の姫が亡くなった事もあった。近くの国は我が国を避け、忌み嫌った」


 今でも差別がある。と、ハンスは悲し気に唇を歪めて見せた。

 フリージアは彼に同情するには理解と共感が足りなくて、「その原因がヘリアンサスなのだわ」と、自分の事ばかり考えてしまった。それから、シルバがどんなに自分を憎んでも仕方がないと思った。


「妖魔ヘリアンサスが我が国の守り神を悪戯に封じてしまったからだ、という説がある」

「……では、わたくしがヘリアンサスだと言うのなら、どうして殺さないのですか?」

「その説は間違っているからだ。先程シルバーニにも言ったが、私は幼い頃ヘリアンサスと思われる壁画を見た。私には、ヘリアンサスが死の象徴を押さえ付けている様に見えた」


 フリージアは混乱して、瞬きを繰り返した。

 自分が邪悪な妖魔という自覚も無いが、死の象徴の様なものを押さえ付ける力があるとも思えない。


「ヘリアンサスはどういう経緯でか、他国へ渡り()()を獲り、毒気を封じてくれていると、私は考えている。現に、毒性を持つ植物が減り続けているのだ」

「わた、わたくしにそんな凄い力はありません」

「ああ、万能力は無いのかも知れない。植物が回復するまでに長い時が掛かっている。しかし注目すべきはそれだけじゃない。壁画の女神は、子宮内に花を咲かせていた。壁画には文字が添えられていた――――眠りの花――――と」


 ハンスは一歩フリージアに近付いて、彼女の両手をそっと自分の両手で包んだ。

 手は冷たくて、少し震えていた。顔を見れば、目の中に怯えの色が浮かんでいた。彼は、どうしてだかとても緊張している様子だった。

 彼は微かに唇に舌を滑らせ、様々な感情を声に乗せて復唱する様に言った。


「『イポメア国で刺繍靴を履いて生まれた姫は、……愛した男を<庭>へ連れて行き、百年をそこで過ごした後、<庭>の花にする』

 ――――眠りの花を、つくっているんだ……他国へ身を置く為、恩恵を与えながら! そして眠りの花で邪悪なものを眠らせている……私は、そう結論付けたのです」

「で、でも、シルバーニ様は」

「あれは邪悪な魔女に心酔してしまっている。でも、直ぐに目が覚める。魔女の力を抑える事に、ようやく成功したのだから」


 ああ、長く孤独な戦いでした。そう言って、ハンスは鼻を啜りながらフリージアの両手の甲に、それぞれキスを落とす。

 伏せた瞳の目頭が微かに潤んでいる様に見えて、フリージアは彼からおろおろと目を逸らした。少し離れた所にいるナズナが見えた。

 ナズナの脇には、幻でも見ているかの様な表情のカマドゥが彼の鎖を握っている。ナズナは未だ、目隠しと猿轡をされて大人しくジッとしていた。


――――ハンス様のお話は、ナズナにも聞こえたかしら?

 もしもこの人の言う事が本当なのだとしたら、わたくしたちはどうしたらいいのかしら?

 ……いいえ『わたくしたち』じゃないわ。『わたくしは』……。


「王様、そのようにわたくしを邪悪なものではないと仰ってくださるなら、彼の縄も解いて頂けないでしょうか」

「先ほどシルバーニから、彼は触手と聞きました。私を信用し、これまでの無礼に目を瞑ってくれるだろうか」

「……」


 フリージアが答えるのを迷っていると、ナズナが「んー、んー」と呻き声を上げた。

 カマドゥが、ナズナの猿轡を外すと、彼はぷはっと息を吐いて、


「姫様に何もしないなら、僕は大人しくしています。姫様を助けてください!」

「ナズナ……」

「わかった。君にも辛い思いをさせたようだね。すまなかった。――――長い立ち話になってしまったから、少し休まれると良い。泥を落とし、傷の手当てをさせよう」


 ハンスはそう言って、ようやくフリージアの手を放した。

 フリージアは弾かれた様にナズナの元へ近寄り、カマドゥが彼の縄を解くのを手伝った。

 縄が解け、ホッとしてナズナの横顔を見ると、彼はどこかへ移動しようとしてこちらに背を向けているハンスを目で追っていた。フリージアはギクリとして、ナズナの服の袖をギュッと掴む。

 ハンスを追うナズナの目は、ギラギラと燃えていた。


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