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現の人

 夕には、さっさと村を出る事にした。

 忌々しい医者が、フリージアにこれ以上近づくのが厭だった。

 同情から余計な事をされたら面倒だ。

 世話になった民家の家族へ簡単に挨拶を済ませ、まとわりつく子供達の頭を撫でる時、医者への脅しに使ってしまった事を心の中で詫びた。

 容態が良くなったとはいえ頼りないフリージアを抱え、シルバは村長の館へ向かう。

 距離を大きくとって点在する家の半分が廃墟だった。

 これを見て、シルバは世話になる拠点を半分に分けた。

 女手の無いという村長の館に馬車とカマドゥ。と、アイツ。


――――そうだ。アイツ。煩いから、姫と引き離してせいせいした。


 それから、自分と呪われた姫の滞在は、村で一番子供が多い家を選んだ。

 あまり小さな家だったら困るな、と、躊躇があったものの一室を貸してくれたし、満足のゆく世話をしてくれたから良かった。――――もしかしたら他に子だくさんの家はあったかも知れないが、この辺りは村長の采配があったかも知れない。

 こんな事で村も彼らも決して潤う訳では無いけれど、せめて、ちょっとだけと思った。

 村の長の物とは思えない程粗末で小さい館の前で、歩みを止ると、シルバは村を振り返る。

 

――――貧しいな。


 遣る瀬無い気持ちで、そう思った。

 未だ背に絡みつく老いぼれ医者の視線の冷たさに、彼は独り反論する。


――――()()()()()()()()



 カマドゥは馬車の御者台でくつろいでいて、シルバを見つけると身軽に飛び降り、近づいて来た。

 多分、ナズナを見張る為に館で世話にはならなかったのだろう。

 シルバは彼へ労いの言葉をかけて片手を振った。


「いかがでしたか? ―――あ、私が」


 シルバは頷いて、まだ足元のおぼつかないフリージアをカマドゥに任せた。

 そのまま村長に礼を言いに、館へ足を向ける。

 館では夕食に誘われたが、断った。この村の誰にも、無理をさせたくなかった。

 シルバは片耳を飾っていた紅玉のピアスを外して、村長に差し出した。

 村長は平伏しそうな勢いで腰を低くして、ピアスをおずおずと見た。そして、懐から布包みを取り出すと、既に包まれていたもう片方のピアスをシルバへ差し出す。

 シルバは眉を寄せ首を傾げた。


「なんだ、受け取れ。売れば幾らかになるだろう。もしや不服か?」

「いえ、いえ――――めっそうもございません。しかし……これを売る事は出来ないです」


 村長は紅玉を裏返し、玉の三分の一程を覆って留めている金の台座を表にした。そこには小さく王家の紋章が型押しされている。

 身分証明の為に、王族専用のアクセサリーにはこの紋章が必ず入っているのが伝統だった。

 こういう時や、一人国を離れ、何処かで死んでしまった時に役に立つ。


「怪しまれ首を刎ねられたらかないません」


 王家の紋章入りアクセサリーは、王族以外が持つと厳しい罰が待っている。レプリカを造るのは特に重い罪とされていた。シルバは腕を組んで、自分の思慮の無さに唸った。


「もどかしいな。城まで来てくれりゃ、金貨で礼が出来るのだが……」

「皇子様、お言葉ですが……今こそこうして向かい合っておりますが、ひとたび貴方様がお城に戻られれば私にとってはもう、何層も何層も壁があるのです……」

「では、足りない分を今言え。俺から使いを出してここへ贈ってやる。城も景気が悪いから、無茶は言うなよ?」

「いえ、いえ……むしろ私の忠誠心を受け取って頂ければ……」


 要らねぇよそんなもん、とシルバは胸中で苦笑した。

 牛をもらえると言って笑ったおかみの顔を思い出す。

 乳を売って子供を塾へやれるかもしれないと言っていた嬉しそうな顔。シルバは忠誠心なんぞより、そういうのが欲しい。いつもはこんな贔屓してやれないから。少しだけ皆より裕福な、ただの男として、たまたま立ち寄って世話になったから、たまたましてやれる事。


「あのおかみの家に牛をやるんだろ?」

「はい、実は遠縁でして……」


 と、村長はしなくていい白状をして、恥じた様に俯いた。縁で選んだ事を恥じている様子だが、シルバは気にしなかった。自分だって、兄か他人、どっちが美味しい思いをするか選べと言われたら……多分……否、『他人』の質によっては少し迷うかも知れないが……兄を選ぶだろう。きっと。


「じゃあ持っとけよ」

「しかし……」

「紋章が邪魔なんだろ? なにか頑丈で鋭いものを貸してくれ」


 シルバはそう言ってナイフを借りると、ピアスをテーブルに置いた。


「ちょっと傷がついて価値が落ちるかもしれないが、仕方ないな」


 紅玉と金の台座の間にナイフの刃を喰い込ませ、柄をしっかり握って固定させると、そこ目がけ、開いている方の握りこぶしを勢いよく振り下ろす。

 ドンッと音がして、テーブルが傾いた。

 斜めになったテーブルから勢いよく転がる玉を、シルバはサッと手で捕まえる。

 彼の手に捕まった紅玉は、忌々しい紋章の台座から自由になって艶々照っている。


「すまない。テーブルの脚が折れてしまった。こっちも新調してくれな」

「は、はあ……」

「もう一個も出せ。バラバラにしてやるから。玉だけなら怪しむ者も少ないだろう。なるべく他国に金を落とさせてくれな?」



 じゃあな、と、銀髪の少年が行ってしまうと、村長は斜めになったテーブルの前に座り紅玉を眺めた。深い赤色を艶めかせる血の雫の様な宝石。先に台座と別れた方は少し傷がついていたが、次に台座と別れた方は傷が無い。村長は感心して紅い玉を摘まみ上げる。


――――自分の様なみすぼらしい者が売りに行ったところで、値切られてきっと幾らにもなりはしない。あの方は少し世間知らずだ。


 村長は玉と少年をそう見積もった。

 それにしても、最初に紋章を見せられた時は驚いた。一生に一度もない、稀な出来事の様に思う。

 ちっとも疑われる心配などなく、俺は国の皇子だと名乗った時の悠然とした顔を思い出す。もしも偽物だとしても、騙されたくなる様な……。

 村長は目元を思わず緩ませる。

 台座の金も置いて行った。紋章を消さずに。然るべき者の目に触れればたちまち村長は罪人扱いされる事だろう。けれど、誰が見るというのか?

 大切に隠し持って、たまに想いを馳せよう。雲の上の人物も、初めは玉に傷をつけるのだと。

 いいじゃないか。二度目は失敗しなかった。

 村長はその事に、少し期待をする。

 自分は世界の端っこで、何も成さず、人知れずに消える数字か記号みたいな何かだと思っていた。特にこの世に遣わされた用事もなく、人数合わせにしては役に立たない。そんなものだと。

 けれどそれらを統べる者が尋ねて来た。自分からは遠すぎて、存在すら見えていなかった存在。

 荒々しいが生真面目だった。出来る事をしようと真っ直ぐだった。憐れみを不器用に隠していた……。

 統べる者は実在し、そしてそれは人間だった。

 きっと組み立ててくれる。足したり引いたり示したりして、一度目は計算違いしながら、けれど次は間違えずに、良い答えや表示で国をいっぱいにしてくれるだろう。

 自分には見る事が叶わない程後になるかも知れないが、廃屋も荒畑も、命を再び抱き、それらを遠くから眺め、赤い瞳を満足そうに光らせている少年――――否、その頃にはきっと立派な壮年だろう――――を思い浮かべる。


 玉を売りに行こう。気持ちに仇名さない様に、値切られても臆さない様にしよう。

 そして牛を仕入れよう。こちらの取引も巧みに食らいつけば、つがいで手に入れられるかもしれない。

 村長は傾いたテーブルを見て、ふふっと笑った。


 現実は厳しい。訪れた少年は第二皇子なのだ。

 しかし、その穴埋めをする様に、後日紅玉は予想の三倍で売れたのだった。 


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