吾輩は工場新設を後押ししただけである。
「まちやがれーっ!」
ニャゴローは珍しく数人の人間に追い回されていた。
本人にはその自覚のないままに。
―― 腹の虫が鳴る帰宅ラッシュ少し前刻 ――
今日はよく働いたな。
ウナギ屋では裏に置いてあった籠をバリバリと磨いてやった。
思わぬ場所に穴が開いてしまい、数十匹は逃げ出したがまあ良しとしよう。
古クッサイ服を売っている呉服店にも営業指南をしに行った。
いつまでも過去の栄光に縋りつくなと奥に大きく飾ってある奴をビリビリに。
柄が印刷ではなく、細かく糸で縫った手間のかかっていそうなヤツだったな。
一応再起の為に英世を一枚置いていったが気付いてくれただろうか。
勿論、ここまで全て三毛猫カラーに体を彩っての業務。
なるべく仕事中はハチワレカラーを前面に出さないようにしている。
理由は簡単である。
我輩と分かれば照れくさいではないか!
それでなくてもスーパースターニャゴローだぞ?
前足形サイン攻めにあったりすれば業務に支障が出てしまうだろうが!
決して偽装しているのとは違うんだからね!
おっと失敬。
つい感情が高ぶってしまった。
仕事仕事っと。
そしてこの後、普段通らない通りへ営業を。
わき道にそれて暫く言った街道沿いに大きな工場を発見。
不用心にも大扉全開で作業している。
さっそく飛び込み営業をするとしようか。
カンカンカンカンリズムを刻むトンカチ。
シャーっと滑るカンナのメロディー。
時折モーターノコギリのヴォーカルが激しくシャウト!
そう、ここは大工職人の集う店。
一歩奥へ入ると、四方の壁一面に立てかけてある大小さまざまな木材。
これだけでも結構な家が数棟は建ちそうである。
それにしても見事な仕上げだな。
角材の表面がツルッツルになっておる。
これぞ職人ワザと言ったところか?
その精神を我輩も少しは見習わなければな。
しかし……
なんとも爪とぎをそそられる木よのう。
特にこの一際存在感を見せる巨木から削り出したかのような木材。
ゴクリ。
チョットだけ。
ほんのチョットだけだから……
爪を全開で幅30cmはあろうかと思われる柱を人掻きシャーっと!
あまりの快感に全身が総毛起つ!
超キモチイイー!
調子に乗った我輩。
爪をぶっ刺しドンドン上の方へと駆けあがる!
そして次の瞬間!
{ガラガラガッシャアァァァァァァァァァァァァ!}
なんと柱が倒れてしまった!
しかもドミノの様に次から次へと周りに立てかけられている木材を巻き込む!
我輩は倒れる途中で退避。
近くで事の顛末を見届ける事に。
{バキバキバキ……メキャキャゴキンッ!}
遂には工場まで倒壊してしまった。
幸い人間達は初動で全員道路に飛び出した。
職人といえど、命は惜しいらしいな。
まあ、ほっそい角材を柱にトタン張りの安っちい工場なんてこんなものだろう。
よかったではないか。
我輩のおかげで工場新築のきっかけが持てて。
埃を立ち上げ、瓦礫の山と化した工場跡を見てそんな事を思っていた。
するとある一人の若造が大声をあげる。
「親方! 俺見てたけど、原因はあの三毛猫が議員様のお屋敷用大黒柱で爪を研いでたのが原因だぜ!」
「俺も見た! クマみたいに力を込めて斜めに一振りして倒したんだよな!」
「ワシも近くで見てたけど、端から倒そうと狙ってたんじゃないかな? ドンドン上へ登って行って重心をずらしてたようだったし」
おいおい、勝手な事を言うなよ人間ども?
幾ら温厚な我輩とはいえ、腹が立つ事もあるのだぞ?
完全な濡れ衣ではないかバカモノめらが!
おい棟梁!
キサマなら分かるだろう?
この我輩の仕事に燃えた目を見ろ!
これが職場を混乱に貶める輩の瞳に見えるか?
「おい、いい度胸だな三毛猫よ? これ程までの大惨事を引き起こし、しかもガンを飛ばすとは……」
あれ?
ちょっとちょっと?
親方までもが勘違いしてない?
となれば結構ヤバくない?
「そこへなおれ糞三毛めが! 三味線の材料にしてやる!」
こうしてニャゴローは追い回されるハメに。
数人の職人たちは各々手に切れ味鋭そうな刃物を持っていたとか……




