夜明け
手のひらが、人間の赤い血で真っ赤になっている。顔にも返り血が飛んできているが、今はそれすらも気にならない。刃物を、私と同い年くらいの青年に突き立てるまでは、身体が震えてまともに動かせなかったが、今は震えもとまり、呆然と青年を見ていた。
氷で出来た刃物、それは果物ナイフくらいの大きさでしかないが、真剣と同じくらいの殺傷力はあるだろう。本来なら透明に透き通っているこれも、今は青年の血で真っ赤になっていた。
私は、グレイシアナイフを握り締めながら呆然と、ただ、ただ、青年を見下ろした。
(初めて、人を殺した。みんなを守るためだけど・・・間違えてしまった気がする。目の前で死んでいる人間は殺すべきではなかったかもしれない。 もう、わかんないや・・帰ろう)
帰ろうと青年に背を向けて足を踏み出したその時に気づいた。足がないことに。それに困惑してしまった私は気がつかなかった。死んだはずの青年が立ち上がっていた事に。
背中から何かが私の心臓を貫いた。一瞬のことで何がなんだか、本当にわからなくなってきた。とにかく落ち着いて、自分の胸を見て驚愕した。自分の胸から手が生えている。そして、その手には、おそらく私の心臓だろうそれが握られ、静かに鼓動していた。
(生きて・・帰りたかった・・・)
もう、あの場所には帰ることができないのだろう。私が育った綺麗な海の街には、家族には、友達にすら会えないのだろう。好きな人もまだできてなかったのに・・・さまざまな想いが駆け巡る中、世界が闇に呑まれていく、全てが黒で染まったとき、私は・・・
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遠のいていた意識がしだいに戻ってくる。私はゆっくりと目を開けた。
最初に目に映ったことに、私は驚愕した。なぜなら、昨日殺そうとした青年が私を膝の上に乗せて、優しく抱きかかえるように眠っているからだ。
しかし、私はその青年からは、昨日のような感情は一切なく、ただ優しさと温もりだけを感じていた。
(本当は、とても暖かい人だったんだな、私、間違ってたのかもしれない。)
そんな感情が胸の内に湧き、私は申し訳なさでいっぱいになった。けれど、私はもう少しだけこのままでいたいと思ったのだ。理由はと聞かれたら、自分でもわからないけど、この優しさに、ぬくもりに、もう少しだけ触れていたかったからなのかもしれない。
それは、とても短い時間に感じられたのだ。薄闇の空が次第に明るくなっていき、太陽がゆっくりと顔を出し始めた。それから間もなくして青年が目を開けたのだ。
夜明け、私と青年の目が合う。静かな沈黙が世界を支配しているようだった。それはとても長く感じられたが、実際は数秒でしかなかっただろう。
青年がにっこりと微笑みながら「おはよう。」と優しく挨拶をしてくれた。それは昨日私に殺されかけたとは思えない優しさだった。
私も、「おはよう。」と言葉を返した。もっと言いたいこともあるのだけれど、今はその言葉だけで精一杯だった。
私はこれから何を話せばいいのか、思考を巡らせながら、困惑していた。そのなかで、彼の言葉が優しく耳に響いた。
「おれはルキア。ルキア・オーバーキャスト。よろしくね。」
「あの、えーと、私、ミルフィーユ・セントレアって言います。えと、みんなからはミルフィって呼ばれてます!」
私はテンパりながらも必死に受け答えをしたと思う。
「ミルフィか、いい名前だね。おれのことはルキアでいいよ。それより、傷。大丈夫かな。海水で洗って、なるべく綺麗な布で一応は止血はしたんだけど、ちゃんとした治療したほうがいいよ。」
(傷?あーそういえば昨日、魔力に負けたんだ。でも、全然痛くないや。) 昨日の惨事は少しだけ記憶にあるが、ほぼ、意識をグレイシアナイフに持って行かれていたのだ。
正確に言うと、家からグレイシアナイフを持ち出してルキアのところまで戻ろうとしていた途中に、魔力と、父の強い執念がこもったこのナイフに意識を乗っ取られたのだ。そこから先の記憶はうっすらとしたものしかないのである。わかっていることは、ルキアを殺そうとしたこと、グレイアナイフが暴走して私が傷を負ったことだけである。そこから先は完全に覚えていないのだ。
私は身体を起こして自分の腕を見た、そこには布が巻かれていて、少し血が滲んでいた。その布をゆっくりと解き傷を見た。両腕の指先から二の腕あたりまで、無数の切り傷が痛々しくはしっていた。
「ルキアが手当してくれたんだよね。私は大丈夫。不思議と痛くはないから。家に帰ったらちゃんとみてもらうね。ありがとう。」
私は心の底から感謝した。傷を手当してくれたというのもあるけれど、ルキアの優しさとぬくもりに、私の心の何かが救われたような気がしたのだ。
「ミルフィ。」
ルキアからふいに名前を呼ばれた。
「おれ、ミルフィに出会えてよかった気がする。救われたよ。自分の心の何かをミルフィに救われたと思うんだ。今、生きているんだって、ちゃんと実感できるよ。またミルフィに会えたらいいな。ここで、待ってるよ。」
ルキアは笑顔なのに、泣いていた。それはとても晴れやかだった。という私も何故なのか、涙を流していた。私も、泣いているのに笑顔で、言葉を紡いだ。
「私も、もっとルキアに話したいことがいっぱいあるよ。傷が治ったら、またルキアに会いに来るね。約束する!」
涙を流しながら、それでも笑顔で手を振る二人の姿がそこにはあった。
いつも読んで下さりありがとうございます。今回は少し投稿するのに間があいてしまってすいません。
えー(#^.^#)ルキアとミルフィの出会いをミルフィ側から書きました。ヒロインです。可愛いです。。。
いつもあとがきがつたなくてすいません(´・ω・`)