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ツキノセ  作者:
21/65

親睦 - 1


「わぁ、可愛いー!」

 たくさんのぬいぐるみ。フリルの施されたカーテン。カラフルなクッション。幼い頃からとにかく可愛らしいものを好んだ廻の、彼女らしさで溢れているこの部屋を見た鈴花は、開口一番に目を輝かせてそう言った。

「あっ、し、失礼致します!」

 続けて九十度のお辞儀。きっと口にする言葉の順番を間違えただとか、その辺りのことを気にしているだろう。気にしなくて良いとフォローを入れようかとも思ったが、これもまた彼女らしさなのだろうと思い、そのまま眺めていることにした。

「あ、あの?」

 突然の訪問者に廻が目を白黒させたまま固まっている。

「紹介するわ、廻。 新しいメイドの阿實鈴花よ」

 私が手を添えて鈴花の方を示すと同時に、鈴花は顔を上げて廻の方へと視線を向けた。鈴花は僅かな沈黙の後、自己紹介を始める。

「阿實鈴花と申します。これから宜しくお願いします、廻様」

 てっきり、またしどろもどろな自己紹介になるのかと思いきや、意外にも鈴花の口調は落ち着いていた。その様子に少し違和感を覚えたが、それについて思考する前に、いつもの表情に戻った廻が、鈴花の方へ歩み寄ってその手を取った。

「初めまして、月之世廻です。鈴花さん、これからよろしくお願いします」

「あ……」

 両手できゅっと鈴花の手を握り、廻は微笑んだ。鈴花は突然のことで少し驚いていたが、私はそれ以上に廻の行動に驚いていた。

 廻は初対面の人間と接するときは、どちらかと言うと鈴花のように緊張するタイプだ。家庭教師の柿崎先生と初めて会った時も、静城が新しい使用人として入ってきたときも、廻はおそるおそるといった様子で二人に接していた。もちろん年齢の所為もあっただろうが、それでも、ここまで滑らかに初対面での会話が進んだことは初めてだった。

「え、えっと、『鈴花さん』はなんか、申し訳ないんですが」

「でも私、メイドさんは皆さん付けしてるんです」

「あ、そうなんですか……それなら」

 まぁいっか、と言うように、鈴花は苦笑した。

 源次さん、結子さん、というように、廻は使用人に敬称を付けている。人を呼び捨てにするのはあまり好きではないらしい。私も以前はそうしていたが、父に「次期当主であるなら堂々とした方が良い」と言われ、現在は使用人全員を呼び捨てにしている。父に不信感を抱いている今でもそれを続けているのは少し癪だが、もう慣れてしまったので変えてはいない。

「へぇ……学校かぁ。何十人って人と一緒に過ごさなきゃいけないなんて大変そう」

「そうでもないですよ。苦手な人とはあんまり関わらないようにしてますし」

 それにしても、廻の態度には驚いた。この子はこんなにも人と積極的に会話をする子だったろうか。須藤とはよく話をしているのを見ているが、それは須藤が第二の父のようなものだったからだ。柿崎先生とは打ち解ける為にそれなりの時間を要した。もしかしたら、鈴花と須藤には何か共通点のようなものがあるのだろうか。

「いいなぁ。私もその、ゲーム? っていうの、やってみたいです」

「あ、じゃあ私持ってきますね。ロッカーに置いてきちゃったので」

 いやいや、それはない。寡黙な執事にあわてんぼうのメイド。共通点を探すのは至難の業だ。となると、もしかしたら実験の影響なのだろうか。超能力という人間の限界を超えた力を発現させるに至り、人格にまで影響を及ぼしている。何せ前例のない実験だ。そういったことが起きないとは限らな――

「お姉ちゃん?」

「い?」

「……い?」

「ご、ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてた。何?」

 気が付けば廻が私の顔を覗き込んでいた。深刻な顔をしてしまっていただろうか。廻は心配そうな顔をしている。廻の前で暗い顔をするまいと今朝決めたばかりだというのにと、私は自分の不注意を反省する。

「ねぇ、お姉ちゃんって鈴花さんとゲームしたんだよね?」

「ゲーム? ああ、あの対戦ゲームね。やったわよ。あまり上手にできなかったけど」

 あまりどころか、最後の一戦以外は惨敗だったのだが。

「そっかぁ、楽しかった?」

 廻は笑顔を浮かべながら訊いてくる。もしかして、自分もやってみたいのだろうか。何せ、私達は生まれてこの方ゲームというものに触れたことがなかったのだから。

「ええ、とっても。多分、今日も鈴花が持ってきてくれていると思うから――……? 鈴花は?」

「ロッカーからゲーム持ってきてくれるって。お姉ちゃん、ほんとにぼーっとしてたんだね」

 廻が苦笑する。何だか無性に恥ずかしくなって、廻から目を逸らす。それでも、廻に不安を与える結果にはならなかったのが幸いだが。

「お勉強とかいろいろ大変なんだよね。待ってて、お紅茶淹れてくるから」

「い、良いわよ。大変なのは廻もでしょう。私が淹れるから」

 部屋を出ていこうとした廻を慌てて呼び止めたが、廻は顔だけをこちらに向け、

「お姉ちゃん、自分のことも大切にしないとだよ」

 笑顔でそう言って、部屋を出ていってしまった。

「廻……」

 廻が私の身体を気遣ってくれるのは昔からだ。勉強や、父と仕事上の関係である人達との交流、その他諸々のことで私が疲れているとき、廻はいつも私を気遣ってくれた。

 今もぼーっとしていた私をからかうような素振りを見せたが、結局、溜まっている疲労を見抜かれてしまっていた。こうなると、私もついつい廻に甘えてしまう。

「……はぁ」

 傍にあった椅子に腰を下ろし、私は溜息を吐いた。

 父と話してからというもの、どうにも余裕のある振る舞いができない。今も考え事に没頭し、一番深刻な状況にあるであろう廻に気を遣わせてしまった。私はあの子を父という鎖から解放しなければならないというのに。だが――情けないことに私は、父に対して恐怖心を抱いてしまっている。

 その場にいる筈のない須藤と柿崎先生、母の死についての謎、そして、鈴花と会話した後の、得体の知れない空気を纏っていた父の姿――私は父に揺さぶりを掛けて情報を引き出すことはおろか、ますます父のことが分からなくなるだけで、何の成果も得られなかったのだ。

 その所為で疑心暗鬼に陥った私は、本来屋敷に居る筈のない鈴花に対し、あらぬ疑いを持ってしまった。鈴花は、父の命でここの使用人になり、二人が協力して私を陥れようとしたのではないか――と。鈴花は、あの月之世聡に意見をしてまで私を助けてくれようとしたにも関わらずだ。

 だが、先程廊下で鈴花と言葉を交わして、その考えがいかに愚かで浅はかだったのかを悟った。私の問いに対し、「暇だったから」と鈴花は答えた。そのときの彼女のあっけらかんとした表情に、自分がいかに馬鹿な考えをしていたのかを思い知ったのだ。

「……駄目な子」

 自分に対する率直な評価を口にしてみる。生産性の皆無な行動だと分かっていても、今の自分の体たらくは自嘲せざるを得なかった。

「だ、だめなこ……」

「えっ」

 部屋の入口から突然聞こえた情けない声に振り返ると、いつの間にかそこには、バッグを持った鈴花が青ざめた顔で立ち尽くしていた。

「や、やっぱりそう思ってたんですね。そうですよね。ただただ雑談とゲームだけしに来るメイドなんておじゃま虫以外の何物でもないですよね……」

「えっ何言ってるの!?」

「ふふ、分かってたんです。こんなのメイドじゃないよねって。ロボット掃除機の方がまだ私よりカースト上位だよねって。あ、なんか涙が……」

「ちょ、違うのそういうことじゃなくて!」

「ほ、他にも駄目な子ポイントが!?」

 ああもう、何なのこの子!

「いやだから――違うのっ。駄目な子は私!」

「エエッ!?」

 鈴花は目を見開き、困惑と驚愕を混ぜ合わせた表情のまま動かなくなった。

 良かった。今の今まで自虐していた私が言うのもなんだが、これ以上彼女の自虐が加速したら弁解の隙がなくなってしまうところだったので、ひとまず鈴花が硬直したことに安堵する。

「……駄目なのは私なの。いろいろやらなきゃいけないことがあるのに、何をやっても空回りして、本来助けなきゃいけない状況の人に助けられて。父や家庭教師に優秀だなんだと褒められても、一人じゃ何にもできない小娘なんだって改めて思う」

 ああ、何を言っているんだろう私は。これでは弁解ではなくただの愚痴だ。こんなことを知り合って間もない人間から言われてもますます困惑するだけだろう。そんな思いから、私は鈴花から顔を逸らしていた。

「本当、駄目な子ね。成績が良くても、外で良い顔ができても、大事なものひとつ守れやしないなんて、そんなの――」

 お母様を守れなかった父そのものじゃない――そう言おうとしたところで、鈴花にいきなり肩を掴まれた。

「綴様」

「な、何?」

「私、その……、綴様の悩んでること、分かります。何で分かるかは言えないんですけど、分かります。でも、だからこそ、そういうの一旦置いてうちに来て欲しいんです。それで、綴様と廻様のこと、もっと私に教えて欲しいんです。一人で抱え込まないで欲しいんです」

「鈴花……」

 鈴花の表情はいつになく真剣だった。そのまっすぐな眼差しに、私は何も言えなくなる。

「それで、えっとつまり、綴様は駄目な子なんかじゃなくて、なんでかと言うと、それはええと……うううー」

 が、すぐにいつもの頼りない鈴花の顔に戻ってしまった。手に込めていた力も抜け、しおしおと体が小さくなっていくようだ。言い淀む鈴花に対して、今度はちゃんと顔を見ながら声を掛ける。

「ありがとう、自虐的になりすぎてた。それと、いきなり愚痴を吐き出してしまってごめんなさい」

「い、いえ。なんか、フォローしようとして逆に気を遣われているような」

「そんなことない。鈴花の言う通りね。あまり一人で根詰めていても良い結果は生まれないもの」

 何より、突然愚痴を言った私に失望したような言葉が返ってこなかったのが嬉しかった。私の悩みを理解してくれているというのは、恐らく須藤辺りから事情を聞いているのかもしれない。と言っても、廻が父の手伝いで家を離れている、といった程度の情報だろう。

 自分への後ろ向きな感情が消えたわけではないが、鈴花の言う通り、気分転換が必要なのだと思う。

「取り敢えず、須藤からの報告を待ちましょう。廻が今お茶を淹れてくれているから、それを飲んで……」

 言い掛けたところで、トレイにティーカップを三つ乗せた廻が部屋に戻ってきた。が、何やら不思議そうな顔をしている。

「お姉ちゃん、今そこで源次さんから聞いたんだけど、鈴花さんのお家に皆で行くことになったの?」

「あ……そういえば言ってませんでしたね」

 そうだ。鈴花の自己紹介と、私が物思いにふけてしまったことで伝えるのを忘れていた。

「ええ、伝えるのが遅れてごめんね。実は鈴花に誘われて、廻も一緒にと思ったんだけど……って、お父様の許可が下りたの?」

「うん、あっさり良いって言ってくれたみたい」

 今日は雨が降るのではないだろうか。あそこまで廻を手放すことを拒んだ父が、外出を許すなんて。何か別の思惑があるのではないかと勘繰ってしまう。それとも、須藤が言葉巧みに父を説得してくれたのだろうか。

「えへへ、他の人のお家に行くなんて初めてだから緊張しちゃうなあ」

 違和感を拭いきれない私とは変わって、廻は外出できることを素直に喜んでいる。

 鈴花も言っていたが、今はそんな難しいことを考えずに気分転換へと気持ちを切り替えた方が良いのかもしれない。

「そうね、私も初めてだから分かるわ。――と、その前に、折角だから廻の淹れてくれた紅茶を飲んでから行きましょう」

「鈴花さんも良かったらどうぞー」

「えっ、私のも淹れてくれたんですか? ありがとうございます。……あ、ゲーム、私の家に行ってからでも大丈夫ですか?」

「あ、はい。折角取りに行ってくれたのにごめんなさい」

「いえいえそんなとんでもない」

 私が二人に座るように促すと、三人でテーブルを囲う形になる。いつもは廻と二人きりだったティータイムが、一人加わるだけでなんだか賑やかになったような気がした。

「あ、美味しい。葉のちょっとした苦味がちゃんと残ってるのに、すごく優しい味がします」

「えへへ、気に入ってもらえたなら嬉しいです」

「疲れているときにこの優しい味が沁みるのよね」

「……お姉ちゃん、源次さんみたいなこと言うね」

「え、それってつまり……」

「うちのお父さんも、仕事帰りにお味噌汁とか飲んだときに同じこと言ってます」

 二人にくすくすと笑われ、妙に恥ずかしい気分になる。今まで廻とからかい合ったりすることはあったが、そのときはこんなにむず痒い思いにはならなかった。どうにも、知り合ったばかりの鈴花に笑われてしまうのが恥ずかしいようだ。顔が僅かに赤くなっているのが自分でも分かる。……今度からは発言に気を付けよう。

「鈴花さん、お姉ちゃんに初めてあったときどうでした?」

「え、うーん……すごく高貴な感じっていうか……まさにご令嬢って感じがしました」

「うんうん、今はどうですか?」

「割と親しみやすいなと」

「親しみやすい! えへへ、良かったねお姉ちゃん」

「ちょ、ちょっと、もう私の話は良いから」

 黙っていればからかわれないと思いきや、どんどんエスカレートしていくではないか。何か話題を変えなくては――そう思って目線を他へ移したとき、廻の机にある一枚の写真が目に入った。私はそれを手に取って二人へ見せる。

「そうそうこれ、二年くらい前に撮った写真なの」

「え、これ綴様と廻様ですか? かわいいー!」



挿絵(By みてみん)

 それは、私と廻の二人が写っている写真だった。

 家の門の前で並び、私が廻の方へ手を添えている。廻は写真にあまり慣れていなかったので、少し恥ずかしそうだ。

「このときの廻ったら恥ずかしがり屋でね。なかなか私の後ろから出てこなかったのよ」

「お、お姉ちゃんったら」

 そうだ、このときは丁度、廻が絵を描いていて、私が廻に将来の夢を尋ねた日だった気がする。お互いに将来の夢を話し合って、それじゃあ、将来その夢を叶えたとき、当時の自分たちを見て思い出に浸ろうと言って母が写真を――

(……え?)

 違う。そんな出来事はなかった。母は廻を産んですぐに他界して――いや、そもそも将来の夢を話したときの廻はこの写真より幼かった。しかしこの写真を撮ったのはその日と同じで――






――うん、二人とも良い顔ね。それじゃあ撮るわよ。






「んー、私頼りない顔してるなあ」

「そんなことないですよ廻様。頼りないんじゃなくて、優しいお顔なんです」

 ――二人の会話を聞こえ、我に返る。今、私は何を考えていたのだったか。どうやら本当に疲れてしまっているらしい。こんなことではまた二人にからかわれてしまうと思い、私は意識をしっかりと持ち直す。

「そうそう、私はむしろ、廻みたいな優しい顔の方が女の子らしくて良いと思うわ」

「う、ううー……照れるからやめてよぉ」

 廻が顔を赤くして俯く。二人に褒められている所為か、廻もいつも以上に照れているように見える。最近は表情の豊かな廻を見ていなかったので、私はそのことに少し安堵した。

 今この空間に、私達を邪魔する者はいないという安心感は、とても居心地が良かった。たった一人の妹の廻と、あわてんぼうで思いやりのある新しい使用人の鈴花。二人との会話は楽しく、とても心が安らいだ。

 その為、紅茶が残り少なくなっても、この時間を少しでも長く大切にしたいと思った私は、ついつい雑談に花を咲かせてしまうのだった。






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