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湯守の恋  作者: aoneko
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第四話:神様

真っ白いシーツに映された藍色の髪が薄められて、ゆらゆら揺れる。まるで、ローソクに燈った青い炎のよう。


あなたは、本当に朝が似合わない方ですね。夜をそのまま切り取ったようなあなたですもの。


眠そうな顔が、またかわいらしい。急に一緒に洗濯をしようだなんて、慣れないことをおっしゃったのは、あなたですよ。


お気に入りの若草色の浴衣ですか?あちらに干してありますよ。今日は天気が良いですから、きっとすぐに乾きますよ。


そう、心配なさらなくても、お囃子が聞こえてくるまでには必ずパリッと乾きますよ。


まるで、子供のようですね。お祭りの日に朝から興奮しているなんて。


はいはい、分かっておりますよ。綿菓子もカキ氷もたこ焼きも二人で半分にいたしましょう。


わたしですか?そうですね。お祭りから帰って後に、二人で線香花火をしとうございます。


夜を切り取ったようなあなたですもの。あのオレンジ色の光の玉が、よく似合うはずでしょう。











笹の葉の上に乗った鮎を見たとき、思わずぎょっとした。鮎なんて食べたことがないし、高級なイメージがしていたから。


『神様はね、人間と同じように現金で払う宿泊料以外にお土産を持ってきてくれるんだ。今日はこれ。』


国治さんは、美味そうにビールを飲むと、鮎の塩焼きをつつきながら話してくれた。


『お土産?』


私もおそるおそる、鮎の手を伸ばす。えいっとばかりに口に放り込む。・・・。う〜ん?確かにおいしいけれど。


『はは、別にすごくおいしいって訳じゃないだろう。鮎は基本的に香りを楽しむ魚だからね。川の岩肌に付いている藻類を食べるから、とても良い香りがするんだよ。ほら、ゆっくり鼻で息をするように食べてごらん。』


微妙な私の顔に気が付いた国治さんは、笑いながら言った。


言われた通りにしてみると、爽やかな風味が私の口に広がった。


『いい香り。』


私は呟いた。すると、横槍が入った。


『無駄なことするなよ、親父。こももに鮎のおいしさが分かるわけないだろ。』


声の主の方を向くと、涼しい顔をして鮎をつついている。く、悔しいけど、鮎が似合う。


『悪かったわね。それより、国治さん、お土産っていつもこうゆうものなんですか?』


『う〜ん、そうだね。大体、魚や山菜とか自然のものだね。神様っていっても、結局は動物の中で特に「気」の強い類のものだからね。元々力のあった動物が、何百年も生きているうちに、昔の人々がそれを崇めだして、徐々に力を増したって感じかな。温泉は、神様達の「気」を強めることが出来る場所でもあるんだ。雪さんや花さんは、八百万の神としてはまだまだ弱いからうちで働いているんだよ。』


『は〜あ、なるほど。リスの神様なんて、聞いたことないもの。メジャーじゃないのね。じゃあ、今日のお客さんは、河童とか?』


小さい頃、「河太郎」っていう絵本の中で、河童が、女の子にヤマメをあげていた。そんな感じかな。


『ご名答。今日のお客は、隣町の川の河童だよ。』


国治さんは、にっこり笑った。さすが、嵯峨野 伊織。詳しいな。


『あの、やっぱり私が近づくのって危険でしょうか?』


『うん。見てみたい気持ちも分かるんだけどね。やっぱり、こももちゃんは、亨さんから預かっている大事な娘さんだしね。』


亨って私のお父さんのこと。だけど、なんでお父さんと国治さん知り合いなんだろう。やっぱり、国治さんが嵯峨野 伊織だってこと知ってたのかな。う〜ん。今度聞いてみよう。


『親父の言う通りだ。今日はやめとけ。あんまり、あの水神は、いい感じがしなかった。』


古句の瞳が、さっき私の腕を掴んだ時みたいに真剣に光っている。


そんな顔されたら、なんだか不安にあるよ。私は、さっきついた鎖状の跡がひりひりしてきた。









『ぐごー。ん、がー。』


襖を挟んだ隣の部屋からは、ものすごい音量のイビキが聞こえてくる。本当に冗談にならない位うるさい。 


こんなイビキ、古句の端正な顔からはとても想像できない。クラスの子達に話してもきっと信じてもらえないだろう。まあ、それ以前に隣に部屋だなんて、怖くて言えるわけない。


それでも、ちょっと感謝もしている。昨日の夜もそうだったが、静まり返ったこの部屋にいたらなぜか涙が出そうになった。けれど、すぐ古句のイビキが聞こえてきて、びっくりしたら涙は乾いてしまった。寂しくて泣き明かすなんて、絶対にしたくなかったから、少し古句には、感謝している。


泣きたくないと思う。お父さんたちと別れたことで、強くなりたいと思う。


それにしても、人間の順応性高いこと。ものすごいイビキの中で、二日目にして私は、ゆっくりと眠りの世界に落ちていった。


真夜中、私は妙な気配に目が覚めた。背中が、チクチクと痛む。なんだろう。聞いたことのない声が頭の中に響く。


『おや、旨そうな子だ。旨そうな「気」の匂いがする。』


え?飛び起きようとしたが、いつの間にかうつぶせの体勢になっており、背中の上に何か重いものが乗っていて動くことが出来ない。


『・・。』


声を上げようとしたが、何かで締め付けられているみたいに喉が開かず、息だけが漏れる。


落ち着け。多分、古句が、予想した通りのことが起きているのだ。そうだ。古句。


私は、昼間、古句に掴まれた方の腕を、そろそろと背中に回した。ギャッと声が上がり、背中が軽くなった。


『痛い。痛い。おかしいな。おかしいな。』


声が大きくなる。


『早く食べなくちゃ。』


そのとたん、背中に激痛が走った。喉の呪縛が解ける。


『痛い。』


暗い部屋に私の悲鳴が上がった。


痛い。力が抜けていく。体が、氷のように冷たくなっていく。どうしよう。


その時だった。緑色の光が、部屋中に弾けたと思うと、ギャッとさっきより大きな悲鳴が、上がった。


『こももから、離れろ。』


古句?光がまぶしくて、よく見えないが、そこに立っているのは、多分古句だろう。


しばらくすると、また部屋は真っ暗になった。電気が、パチリとつけられ、蛍光灯の灯りが部屋を満たす。


『こもも、大丈夫か。』


古句は、布団にうつぶせに倒れている私の横にしゃがんだ。


『古句?今の何?』


声が震える。なんとか、起き上がると古句が心配そうに私の目を覗き込んだ。


『河童だ。お前の「気」を食いにきた。おい、どこが痛い?』


『背中。ひりひりする。あと、寒い。』


『ちょっと、見せろ。』


古句が、いきなり私の浴衣の襟を掴んだ。


『え?ちょっと。』


私が、声を上げた時にはもう肩まで浴衣を下ろされていた。蛍光灯の光のせいで、肌がやけに白く光る。背中に視線を感じる。


『うん、やっぱり。こもも、ちょっと痛いけど我慢しろ。』


そう言って、古句は私の剥き出しになった肩と首筋に手を押し当てた。


その瞬間、熱い痛みが、肩に首筋に走った。


『あつっ。』


痛みの後、体がじんわりと温かくなってきた。


『どう?』


古句は私の襟を掴むと、元の位置に戻しながら、尋ねた。


『うん、温かくなってきた。何したの?』


『ちょっと、マーキング。これは、俺のだよってゆう。とりあえず、あいつはもう襲ってこないよ。』


『何それ、ふざけないでよ。』


『ふざけてないよ。こうするのが一番なんだ。神は、神同士の争いを好まないから。先客がいれば、大抵の場合退くんだ。』


『はあ。』


『こんなにすぐ襲ってくるとは思わなかったから、ちょっと驚いた。お前、よっぽど旨そうな匂いがするんだな。』


なによ、その感心したような言い方。さっきから、旨そう旨そうってなんかいかがわしくて、やだ。ホントに怖かったのに。


『まあ、そうと分かったら、早めに対策とるから。まあ、今日はもう寝ろよ。じゃ、お休み。』


私の恨みがましい目に気が付いた古句は、早口で言うと出て行こうとした。


『待って。』


私の声に古句は立ち止まった。こちらを向かないのは、怒られるかと思っているのだろうか。


『・・助けてくれて、ありがとう。』


『ああ。電気消すぞ。』


古句は、後ろを向いたまま、手をひらひらと振っただけで、部屋の電気を消した去っていった。


布団に仰向けになると、私は息をゆっくり吐いた。


さっき、古句の耳がちょっと赤かった気がする。



もしかして照れてたのかな?まさかね・・・。
































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