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湯守の恋  作者: aoneko
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第三話:王子か悪代官

藍色の髪から滴り落ちる一滴の滴。


あなたは、本当に不思議な人ですね。雨の中、散歩に出かけるなんて。


いや、そんなに悪いものでもない。どうだ、今度は一緒に出かけないか。雨もとうに上がってる。


夜の山は真っ暗で、頼りになるのは、あなたの緑の瞳だけ。


闇に浮かぶ緑色の灯りだけは見失っちゃあいけません。


やがて、現れた白い光が差す場所。


空にはぽっかりと丸い月。雲ひとつございません。


あなたはもう一度、呟きます。


雨の中の散歩も悪くない。晴れたときの二人一緒の散歩を想像できるから。


ああ、そうですね。あなたはそうゆう方でした。


気分がいいので、今夜はゆっくり月を眺めていましょうか。二人で肩を並べてね。










部屋中に、足の踏み場もない程積み上がった本の山。本はどれも古くて色あせている。小さな窓から差し込む光が、空中に浮かぶ大量のホコリを浮かび上がらせる。本当にこんなところに人がいるのだろうか。


『国治さ〜ん。お茶持ってきましたよ。どこですか?』


私は少し面食らいながら、そろりそろりと部屋に入った。


私の声が静寂に吸い込まれてから少し経った頃、部屋の隅でごそごそと音がしたかと思うと、大きな音を立てて、山が一つ崩れた。


『ぎゃあ。』


悲鳴が上がったかと思うと、しばしの沈黙が流れた。


少しすると、崩れた本の間から長い手がにゅっと伸びて、ゆっくり本をどけ始めた。


その内、茶色い頭が見えたかと思うと、国治さんが顔を出した。


今日は眼鏡をかけているが、今の事故のせいか若干曲がっているように見える。


『ごめん、ごめん。調べ物をしていたところで。』


国治さんは、頭や顔に付いたホコリを払いながら、言った。


『いえ、古句に聞いたら仕事をしてるって言うから、お茶でもと思って。すいません、邪魔しちゃったみたいですね。』


『お茶。いい響きだ。やっぱり女の子が来ると違うね。古句なんて一度も淹れてくれたことないよ。邪魔だなんて。狭いけど、ゆっくりしていってね。』


国治さんが、にっこり笑ってそう言ってくれたけれど、この部屋にゆっくり座れるスペースなんてなさそうだ。


『国治さんのお仕事って、何か聞いてもいいですか?』


私は、持ってきたお茶を国治さんに渡すと、そこに立ったまま尋ねた。


『ああ、ちょっと文章を書いてるんだ。』


国治さんは曖昧な答えを返してきた。


『それって、もしかして作家さん?』


旅館に眼鏡に本の山に文豪。私の頭に妙なキーワードのつながりが浮かんだ。


『まあ、一応。』


国治さんは少し照れくさそうに言った。遠まわしに言ったのは、恥ずかしかったからみたいだ。


『ええ〜。すごい。ええ、どんな本を書いてるんですか?』


『えっと、今書いてるのは、「闇に響く音」っていうやつだけど。』


え?それって・・。


『ま、まさか。国治さんのペンネームって嵯峨野 伊織ですか?』


『うん。』


『めちゃめちゃ有名じゃないですか。嵯峨野 伊織っていったら、幻想文学の天才じゃないですかぁ。私、大ファンですよ。』


興奮で思わず、声が裏返る。


『そ、そんな大層なものじゃないよ。』


国治さんの声が小さくなる。


『すいません、興奮しちゃって。でも、うれしいな。憧れの作家さんがこんな近くにいたなんて。』


『いや、こんな旅館だからね。ネタが尽きないんだよ。』


国治さんはしみじみと言った。


た、確かに神様が来る温泉なんてそうそうないものね。


『恥ずかしいから僕の話はこれぐらいにしてもらっていいかな。そういえば、こももちゃんは新しい学校はどうだった?』


ちぇ、話題変えちゃった。もう。まあ、いいや。また、じっくりね。それに誰かに聞いてもらいたい。


『楽しそうな学校でしたよ。担任の先生も優しそうだったし。ただ、ちょっと・・。』


『え、何なに?』


さすが作家だけあって、国治さんはすごい食いつきいい。私はため息をつくと、今日学校で起きたことについて話し出した。










『はい、注目。こちら今日からこのクラスに入る栗原 こももちゃん。通称は栗ちゃん。みんなよろしくな。』


朝のざわつく教室に入ると、佐倉 嵐ことサクラちゃんは、私を教卓の前に立たせると、大きな声で言った。


一瞬教室は水を打ったように静かになった。皆の視線が私に刺さるのが分かる。が、がんばらねば。


『あ、あの。今日からお世話になります栗原 こももといいます。えっと、これから仲良くしてください。』


静寂の中、私のか細い声が、響く。え?反応なし?


一瞬うなだれかけた私の耳に、ピュウ〜っと高い口笛の音が聞こえた。


『え〜。転校生って女の子だったんだぁ。しかも、かなりかわいい。』


『俺もタイプ〜。』


『栗ちゃんはどこから来たの?』


『こももちゃんなんて、かわいい名前ね。』


矢継ぎ早に声がかかる。


どうしよう。


『はいはい。皆クールダウン。栗ちゃん驚いちゃってるよ。ウチは、転校生を怖がらせるようなクラスじゃないよね?』


戸惑っている私を気遣って、サクラちゃんが、助け舟を出してくれた。おどけた調子で、皆をいさめる。まさにムードメーカーって感じ。


『ないにきまってんだろ。お前こそ、ちゃっかり株上げようとしてんじゃねーよ。抜け駆けは反対で〜す。』


何人かがブゥーブゥーとはやし立てる。


な、なんか。すごいノリのいいクラスだ。





『栗ちゃん、お弁当一緒に食べよう。持ってきた?』


昼休みになると、女の子達が、そばにやってきた。


『うん、ありがとう。ちょっと待ってて。』

 

お弁当は雪さんと花さんが作ってくれた。えっと、確かかばんの中にいれたはず・・。ごそごそとかばんを探っていると、後ろから私のお弁当を持った手がにゅっと突き出された。


『おい、こもも。テーブルの上に忘れてたぞ。抜けてるよなお前。そんなんでよく編入試験通ったな。』


聞き覚えのある声と憎まれ口に私は後ろを振り返った。


『余計なお世話よ。』


振り返ると、緑の瞳がこっちを見下ろしている。


『ん。雪さんの弁当は絶品だぞ。』


古句は、私にずいとお弁当を差し出す。


『あ、ありがとう。』


私が、お弁当を受け取ると、古句はサクラちゃんたちがいる方へ帰っていった。


いい奴な気もするんだけど、なんか一言多いんだよね。


古句がいなくなると、突然肩をガクガク揺すられた。


『え、ちょっと栗ちゃん。今の何?千家君とどうゆう関係?』


私をお弁当に誘ってくれた子達の中の一人が、顔をずいとこちらに出してきた。


『え、どうゆうって。古句の家に居候させてもらってるんだけだよ。』


な、何事?


私が、そう答えた直後、


『きゃ〜。』


周りにいた子達が声を上げた。


『ちょっと、これは重大ニュースよ。』


『え?なんで?』


何をそんなに興奮してるの?


『ちょっと、栗ちゃん。知らないの?千家君て、わが校の難攻不落の王子よ。顔良し、頭良し、性格良しと三拍子揃った上にスポーツも万能なのよ。』


『王子?性格良し?』


聞き間違えかな?


『どんなにかわいい子から、告白されてもOKしないの。』


『な、なんて贅沢な。』


やっぱり、最低。


『いいな、栗ちゃん。王子と一つ屋根の下だなんて。』


『私なんて、同じクラスになれただけで、鼻血出そうになったのに。』


は、鼻血・・。


『とにかく、栗ちゃん。皆王子のファンだから、私生活のこととか教えてね。』


『うん。うん。』


いつの間にか、私の周りには、クラス中の女の子が集まり、手を胸の前に合わせてうなづいている。うわ〜。断れません。


『が、がんばります。』


私は小さな声で答えた。









『うわあ。それは、すごいね。』


話終わると、国治さんは、感心したような声を上げた。


『もう、なんで古句なんかが。』


また、ため息をついてしまった。


『いや、古句からはそんな風な話を聞いたことがないから、新鮮だよ。はは、王子か。』


『悪代官の間違えじゃないですかね。』


『ふ〜ん。悪代官ねえ?』


国治さんではない、低い声がした。え?冷や汗が頬を伝う。


『そろそろ、客が来るから、親父を呼びに来たんだけど、いいこと聞いちゃった。』


こ、怖くて後ろ向けないよ。


『ああ、もうそんな時間?じゃあ、僕仕事があるから。こももちゃん、お茶と面白い話ありがとう。』


そう言うと、国治さんは立ち上がって出て行った。


え、置いていかないで下さいよ。恐る恐る、古句の方に向き直る。


『で、面白い話って何?』


例の笑みを浮かべながら古句が、近寄ってくる。


『べ、別に。古句には、関係ないよ。』


『何それ。ムカつく。』


古句は、そう言うと私の腕を強く掴んだ。


『痛い!』


私は悲鳴を上げた。


『今夜は、客が来る。風呂は、食堂の横の小さいのを使え。夜は気をつけろよ。』


それだけ言うと、古句は私の腕を離した。掴まれたところを見ると、赤い鎖のような跡が腕の周りについていた。


『・・・。これなに?』


普通に掴んでできる跡ではない。


『知らなくていい。変な感じがしたら、そっちの腕を顔の前にかざせ。』


よく分からないけど、古句の顔がひどく真剣だったから、私は素直に頷いた。

































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