第二話:湯守の友達
緑の瞳が私を見上げ、藍色の髪が私の膝を流れる。
何か話をしてくれないかと問うてくる。
甘党のあなたですからね。
今宵の話は甘い甘い恋のお話にいたしましょうか。
あなたの寝息が聞こえるまで、私はお話を続けます。
たとえ、朝日が照らしても。たとえ、お天道様が一番高いところに昇っても。
私はあなたが眠るまで、そばで話し続けましょう。
あなたが私にそうしてくれたように。
*
『こ、古句。ホントにここから行くの?怖いよ。』
足がガクガク震えている。足元を見ると、はるか下に家々が見える。
『何言ってんだ。遅刻するだろ。お前だって、転校早々、遅刻なんかしたくないだろう。』
古句はぶっきらぼうに言うと、私の腕を掴んだ。
体がフワリと宙に浮く。
『やだやだ。下ろしてよ〜!』
私の悲鳴に似た声は、東間山中に響き渡った。
あ、東間山って昔は吾妻山だったんだって。だからね、吾妻屋旅館。
事の起こりは一時間前にのどかな朝食の時に起きた。
『こももちゃんの高校は、古句と同じだから連れていってもらってね。』
国治さんは味噌汁を啜りながら言った。
『そういえば、学校もふもとの町にあるんですよね?もう、出ないと遅刻しちゃうんじゃあ。』
食堂の時計はもうすでに八時を回っている。普通の高校って八時半からだよね。
『何寝ぼけてんだよ。昨日あんだけ寝といてまだ足りないのか?』
学ラン姿の古句はあきれたように私を眺めた。
昨日から古句には馬鹿にされっ放しだ。なによ。妙な所に来て、驚いてるんだからね。
『どうゆう意味よ。古句だってその寝癖どうにかしたら。それにイビキ。うるさくて眠れなかったんだけど。』
一見サラサラに見える古句の長めの髪は、実は猫っ毛のようで短い髪の毛が所々はねている。居候だから、イビキのことは言わないでおこうと思ったけれど、もう我慢できない。
古句は私の言葉を黙って聞いていたけれど、少しして赤い唇にうっすら微笑を浮かべた。
古句は綺麗だ。人間離れしている。だから、余計に怖い。
い、嫌な予感。
『ふ〜ん、言うね。そういえば、お前も昨日部屋の窓から外見ただろう。まだ気づいてないのか?』
窓の外?ええ〜と、町が広がってて、ずっと下の方に小さく家が見えて・・・・え?
小さく?
『あの、まさかここってかなり標高が高いんじゃ・・。』
私はおそるおそる言った。もう何があっても、驚かないと思ったんだけど。
『うん。ふもとまで歩いて下るとしたら、四、五時間はかかるねえ。』
国治さんが食後のお茶を啜りながら、のんびりと言った。四、五時間?
『どうして?昨日は十分位しか登らなかったのに。』
頭が混乱してきた。もういったい何なのこの旅館は。
『昨日は俺のは術。普通の人間が来ると思ったから、先に山にかけておいた。でも、もう解いた。歩くのかったるいし、術は疲れるから。』
『じゃあ、どうやってふもとに下りるの?』
私は不安げに言った。
『もちろん、近道で。』
『近道?そんなものあるの?』
『見れば、分かるよ。』
まあ、そうゆう訳で今に至る。
『もうやだ。下ろして。私、高いところから落ちるのはダメなの。』
やっぱり、古句は普通じゃない力を持っているみたいだ。現に私は古句に腕を掴まれ、東間山の上空を飛んでいる。
もうだめ。私は目を瞑った。
『おい、ちゃんと目ぇ開けとかないとあぶないぞ。しょうがねえなあ。』
古句のため息が耳元で聞こえて、温かいものが腰に回ったのを私は恐怖のあまり気が付かなかった。
『おい、もう大丈夫だぞ。こもも。』
どのくらいの時間が経っただろうか。そう言われて、私は目を開けた。
目の前は真っ暗・・もとい真っ黒。私は古句の胸に顔を突っ込んでいた。
『きゃあ。』
私は飛び退った。そのとたん、固い壁に頭をぶつけた。
『なに〜。イタタ。』
頭をさする。
『何やってんだよ。狭いんだから、あんまり動くなよ。』
古句にそう言われて回りを見回してみると、どうやら私たちは建物と建物の間の狭い空間にいるようだ。
でも、なんでこんなところに。私はえっと・・古句に引っ張られて山の上空まで上って・・それで?記憶がない。
『そこの通りに出たらすぐ、うちの学校。道の真ん中に降り立つわけにいかないだろう。一応、人間で通ってるし。』
ああ、そうだ。学校に行く途中だったんだ。
『おい、行くぞ。』
古句は一人で納得してうなづく私をあきれたように見ると、手をぐんと強く引っ張った。
東間山のふもとにある青松町は、自然を多く残す東間山とは対照的にけっこう都市化の進んだ町だ。随分沢山のビルが所狭しと並んでいる。人通りも激しく、古句が手を引いてくれなかったら、はぐれてしまっていただろう。
かくして、私たちは県立青松高校の校門前に到着した。
古びた感じが好みだ。ちゃんと、校舎の真ん中に大きな時計が付いてるし。私は一目でこの高校が好きになった。
『行くぞ。お前は最初、教員室にいくんだろう。こっち。』
放心している私の手を古句が強く引っ張った。
『う、うん。』
ん、なんか視線を感じる。私は周りを見た。何人かの生徒がこちらを見ながら、なにやらひそひそ話している。なんだろう?私なんか変かな?
『おい、こもも。』
古句がまた手を引っ張った。いたた・・ってこれかあ。私は思わず、古句と繋いだ手を離した。
『なに?』
古句が怪訝そうな目でこちらを見た。怖い。この人なんでこういちいち怖いのかな。
『い、いや。もう学校に入ったし、大丈夫。ありがとう、繋いでてくれた。』
上手く言えたかな。早口になっちゃったし、ちょっと顔が熱い気がする。
『ああ。こもも、恥ずかしいんだ。』
古句は納得したように呟いた。くくっと喉を鳴らして、笑う。嫌な感じだ。
『やっぱり、これでいこう。』
古句はまた私の手を強く握った。私がうろたえるのを楽しんでいるみたい。
『ちょっと、離してよ。』
私は古句の手を振るほどこうとしているのに、古句は涼しい顔をしてぐんぐん私の手を引いて歩いていく。ものすごい力。さすが、人外パワーの持ち主。乙女としては、かなりトンチンカンな発想をしながら、私はすごすごと付いていった。
『やあ、君が栗原 こももさんか。僕が担任の福原です。ちょっと似てますね。はは。』
教員室に入ると、細身の眼鏡をかけた男の人がにこっと笑って、私に手を差し出した。ちょっと国治さんに似てる。私、優しい顔で笑う人がタイプなんだよね。こいつは論外。私はふてぶてしく隣に立っている古句を見上げた。古句は私の視線に気が付くと、フフンと鼻で笑ってきた。い、嫌なやつ〜。
『いやあ、ちょうど良かったよ。千家君と同じクラスだったら、君も安心でしょう。何でも、彼のお宅にお世話になるとか。千家君は優秀ですから、何でも彼に聞くといいですよ。』
『はあ。』
安心。安心て。昨日からみんな口を揃えて言うけれど、こんな奴のどこが安心なの?優秀?大馬鹿の間違えじゃないの?
『こもも。顔に全部書いてあるよ。』
耳元で古句がささやいてきた。ホントにこいつは〜。
『それじゃあ、二人ともそろそろチャイムがなるから教室に行きなさい。栗原さんも先にクラスに顔を出すといい。千家君にクラスメイトを紹介してもらいなさい。転校生っていうのは僕、初めてなんだけれど、こうゆうことはまず生徒同士で済ませてほうがいいでしょう。あとで、僕も行って改めて紹介するから。』
おや、なかなかしっかりした考え方だ。一見風が吹いたら飛んでしまいそうな福原先生にちょっと感心した。
『なんだかさ。私、古句に頼ってばっかり。』
教員室を出た後、廊下を歩きながら、私は独り言のようにぼやいた。
『その方が俺にとっては好都合だけどね。』
『なにそれ、恩を売る気?』
『・・・・そうじゃないよ。』
『え?何?』
珍しく真剣な古句の声に、驚いて私は顔を上げた。
『お、この子が噂の転校生?かわいいじゃん。』
古句の返答を聞く前に、私の質問は明るい声にかき消されてしまった。
『嵐か。おはよう。そ、こいつ。栗原 こもも。』
『おお、よろしく。こももちゃん。俺、佐倉 嵐。』
『よろしく、佐倉君。』
佐倉君はさわやか系のスポーツマンて感じ。
『そんなあ、嵐でいいよ。』
佐倉君は人懐っこい笑みを浮かべた。
『え?それじゃあ、あ・・。』
『だめ。』
突然、古句に肩をつかまれ引き寄せられた。
『え?』
どうしたの。なんかまた怖い顔してるし。
『嵐もこももって呼ぶな。』
まったく何言ってんのこいつ。小学生?
佐倉君はそんな古句をきょとんとした顔で見つめていたけれど、やがてブッと吹き出した。
『何、古句。焼きもちかよ。なんだあ、そうか。こももちゃんは古句のか。残念だな、ちょっと気になってたのに。』
え?焼きもち?何を言ってるのこの人。
『そう、変なちょっかい出すやつがいたら、教えて。あと、こももじゃなくて栗原ね。』
古句まで何言ってるの?
『おっけー。じゃあ、改めてよろしく。栗ちゃん。俺のことはサクラちゃんて呼んでね。こっちも結構気に入ってるんだ。』
『うん。なんだか、よく分からないけど、よろしくサクラちゃん。』
差し出されたサクラちゃんの大きな手を私は、そっと握った。
結構ラフに少女マンガっぽく書いているので、読みにくかったらごめんなさい。