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佐藤

 横浜の外れ、倉庫と一緒になっている運送会社の男性独身寮。

 日曜の昼過ぎだというのに8畳の居間ではマージャン牌をかきまぜる音が響いていた。

 2階の居間から外を見下ろすと操車場が見える。倉庫から荷物を出し入れするための広いスペースだ。それは道路に面していて、ときおり自動車が通りすぎる音が居間まで聞こえていた。

「まったく、佐藤はダメだよなあ」

 大川は牌を集め、マージャン卓のへりで列を整えた。

 髪を少し茶色に染め、整髪料でばっちりと決めている。顔の彫りが深くて外国人のようだが田舎育ちで背は低い。本人はジェームズ・ディーンを気取っていて、それに髪型を似せていた。

「僕のどこが悪いんです?」

 答えたのは、ほっそりとした体つきの若い男。まだ幼い顔つきで少年というよりも女性的な雰囲気だった。マージャンを知らないので、卓から離れたソファでふんぞり返っている。

「キッヒッヒ、お前は仕事をちゃんとやれよ」

 南は一列にした牌を揃えた牌の上に乗せる。笑い方が独特だ。

 髪の一部を赤く染めて格好をつけているが、目は細くカニの甲羅の様な顔。

「やってますよ。この会社で僕が一番真面目なんじゃないかな」

 佐藤はすました顔で言う。彼と同期の本田がサイコロを振ってから後ろを向き、メガネの奥からあきれたように佐藤を見た。

「佐藤、このバカモンが。課長の指示には従うものだぞ」

「あんな低能の言うことは聞きたくないな。あんなのと一緒に仕事をしていたら、こっちもバカになってしまう」

 本田の忠告を鼻で笑う。

 佐藤は昼でもパジャマ姿で、他の連中はトレーナーを着ていた。

「佐藤、お前は社会人としての自覚がないな。20歳になったんだから、わがままを言うな」

 牌を並べながら佐藤をたしなめたのは斎藤だった。髭が濃いので、剃っていてもまだ黒い。最年長の26歳なので寮長を務めている。

「わがままじゃないですよ。あの課長に僕が人生の厳しさというものを教えてやっているんです」

 冗談を言っているとは思えない声のトーンに、皆は苦笑した。

「そんなことを言っているから、佐藤は童貞なんだよ」

 大川はカシャンと音を立てて牌を卓の川に捨てる。

「それは関係ないでしょ」

 声に動揺が見える。

「お前、女のアソコを見たことがないんだろう」

 大川の言葉に斎藤が吹きだす。

「それが何か?」

 ふてくされたような声。

「だから、お前はダメなんだよ。男として半人前だ」

 言葉に詰まる佐藤。からかうように皆が笑う。

「チクショウ!」

 佐藤が立ちあがる。

「チクショウ! 女のアソコが見てぇー! アソコはどうなってんだよー」

 後ろから本田に近寄り、中央で分けていた髪を両手で寄せ上げて割れ目を作った。

「こうか! こうなってんのか―! 女のアソコはこうなってんのか―!」

 棚にかざってあった木製のこけしを取り出し、その頭を割れ目にグリグリと押し当てた。

「チクショウ。やりてぇー、女と一発やりてえよー」

 居間に爆笑が広がる。

「やめんか! バカモン」

 本田は身をよじって立ち上がった。

「この変態野郎が! いい加減にしろ」

 そう怒鳴ってから、何も言わずに憮然とした表情で部屋を出ていく。

 しばらく笑いの余韻が残っていたが、マージャンの続行は不可能だと思い、斎藤も自分の部屋に戻っていった。


 南側の窓から初夏の日差しが入り、カーペットを照らす。

 窓の外にはベランダのような通路が設置してあった。2階の玄関から通路に出て、窓際を通りすぎてから外階段を使って操車場に降りるようになっている。

 残った大川は牌をかき回して盲牌の練習を始め、南は冷蔵庫からコーラのペットボトルを取り出してテレビを見始めた。

「本当に佐藤はダメだよな」

 大川は牌を親指で探っては、その種類を当てようとしていた。

「そうですかねえ……」

 ソファに座って気のない返事を大川に返す。

「まったく、女を知らないガキはダメだよな」

 次の牌を拾う。

「はいはい、そうですか」

 佐藤はテレビに視線を移した。

 大川は目をつむって牌に集中する。

「ねえ、大川さん」

「ああん?」

 佐藤を相手にしたくないようだ。

「……本田は良いケツしてますよね」

 卓のマットの上に牌が落ちた。

 大川が上目遣いで佐藤を見る。

「おめえはホモかよ」

 そう言ったが、大川の脳裏には怒って出て行った本田の尻が浮かぶ。

「まあ、女でも男でもそんなに変わらないでしょ。ねえ南さん」

 南はペットボトルを持ったまま、黄色い声で笑う。

「んな訳ねえだろ。女の方が良いに決まっている」

 そう言って大川は力を込めて牌をかき回した。

「でもですねえ……」

 佐藤が身を乗り出す。

「黙れ」

 大川は無視することにした。

「でも、太田のケツは締まりが良くて、すっげー気持ち良いかもしれませんよ」

 牌の山が金属音に似た大きな音を立てる。

「バカヤロー!」

 大川は牌の山を叩いた。南がキッヒッヒーと独特な笑い方をする。

「そうか、気持ち良きゃいいじゃねえか。さっさと本田の部屋にってケツを借りてこいよ」

 大川はゆがんだ笑いを浮かべている。

 佐藤はテレビを見ながら、考えておきますと言った。

 交通量が多くなったのか、窓の外からは自動車の走行音がひっきりなしに聞こえてくる。

「本当に佐藤はダメだよなあ」

 大川は牌の積み込みの練習を始めた。

「でもですよ……」

 佐藤が大川の方を見る。

「なんだよ?」

 少し間をためてから佐藤は言った。

「相手が本田なら……タダでやれますよ」

 南は飲んでいたコーラを吹きした。

「バカヤロー!」

 大川が笑いながら佐藤に牌を投げつけた。

「何をするんですか。なくなったら困るでしょ」

 ニヤついた笑いを浮かべながら、床に落ちた牌を拾って卓に放り投げる。

「タ、タダなら良いじゃねえか。ソープに行けば数万取られるのによお」

 過呼吸を起こしている様な笑い声とともに大川が言う。

「キッヒッヒー。さとおぅ……、おめえってやつは……」

 こぼしたコーラをティッシュで拭いている。

 佐藤はなぜか得意げな顔で二人を見ていた。鼻筋が通っていてハンサムというよりも女の子といったような顔だが、性格はそれと違っている。

 しばらく大川は佐藤を見ていたが、大きなため息をついて、また積み込みの練習を開始した。

 南もコーラを飲み始める。

 寮の1階は事務所になっているが、休日は誰もいないので大声を出しても構わない。

 外から聞こえてくる車の音と牌同士が当たる音だけが部屋に小さく響く。

「ねえ、大川さん」

「ん?」

「あのですねえ……」

「今度はなんだよ」

 卓を見ていた視線を佐藤に向ける。

「相手が本田なら……いつでもやれますよね」

 コーラが噴水のように吹きあがる。

「バカヤロー!」

 大川が立ちあがった。

「そりゃそうだよ! わざわざ店まで行かなくても、やりたいときに出来るわなぁ」

 笑いで崩れた顔。

「キッヒッヒー。このバカ佐藤は救いようがねえな」

 目を細めて笑いながら口を拭く。

「おい、佐藤」

 大川が右手をのばして親指を曲げる。

「まず、男の方が気持ち良いんだよなあ」

 続いて人差し指。

「男だったらタダで出来るんだろう」

 中指。

「それから、いつでもオッケーということか」

 佐藤が目を細めてうなずく。

「だったら、女よりも男の方が最高じゃねえか! 本田を呼んできて皆でやっちまおうぜ」

 南がせき込むように笑う。

「おい、何をやるんだ?」

 不意に窓の方から声がした。

 口を開けたまま動きが止まる大川。

 通路に立って窓の外から声をかけたのは会社の同僚の林だった。

 大柄な体つきに角ばった顔。太陽を背にしてメガネの奥から細い目で大川を見ている。彼は通路端の玄関から入って居間の入口に姿を見せた。

「よお、大川、元気か」

 笑顔を作っているが目は笑っていない。

「こんにちは」

 気まずそうに返事をする。

「斎藤はいるか?」

「ああ、寮長なら自分の部屋にいるよ」

 林は佐藤をちらりと見てから部屋に向かった。

「キッヒッヒー。やべえなあ。聞かれちまったかな」

「大川さん。ガチホモだと思われたかもしれませんね」

 佐藤は平然としている。

「うるせえよ。お前が悪いんだろうが。まったく……冗談なのにタイミングが悪いなあ」

 大川は冷蔵庫から飲みかけのペットボトルを取り出し、マージャン卓の席に座るとコーラを飲み始めた。


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