三章 帰省
電車が地元の駅の近くまで来たので早苗を起こして荷物を棚から降ろす。早苗はまだ寝ぼけていたが、駅に着くころには意識もはっきりしたらしい、電車を降りて深呼吸していた。
「う~~ん、着いたぁねぇ、どう、久しぶりの地元は?結構変わったでしょ?」
「あぁ、そうだな」
実際昔のことなんか覚えていなかった、駅の周りなんて最後に見たのは五年ぶりだし、その時は見送りは母親しかいなかった。覚えているのはそのくらいだ
「ほら、この辺にもセブンできたんだよ!あの時はすごかったな町中の人がここに押し寄せてきて」
「あぁ、それはすごそうだな、さすが田舎、なんか哀愁のただよう様子だったろうな」
なんでこう田舎ってセブンできただけでそんなに大騒ぎなんだろうか、たかだかコンビニが新しくできただけだろうに、いや、俺コンビニ大好きだけど、サークルKのコーヒー美味しいよね
「あそこの大通りはショッピングモールができたし、前に比べて遊ぶところも増えたと思うよ!」
それから、早苗による地元の変化の話をいろいろ聞きながら、聞き流しながら俺は少しづつ実家に近づくにつれて自分の心音が大きくなるのを感じていた。なんかすごい緊張する。なんだろうこの感じ、自分の家に行く感覚ではない、なにか別の、まるで他人の家のような感覚だ
「お、父さんも帰ってきてんね、兄ちゃんダッシュ!」
「おい、俺荷物もってんだけど、まぁいいか」
家の前にまで来るといよいよ違和感が大きくなる。何かが違う、きっと自分はここを出た時と何か変わってしまったんだと気付いた。昔ここを出て行ったときの自分にあって今の自分にないもの、そして、今の自分が抱えているもの、それらが決定的に自分を変えてしまっていてそして、ここから自分を遠ざけているんだと思う。しかし、もう気にする必要もないお腹が減ったんだ、帰ろう。実家は二階建の一軒家で今の俺とは違い普通よりも少し裕福な生活を送っていると思う。
「ただいま~、帰ったよ~」
「あぁ、お帰り早苗、オープンキャンパスはどうだった?」
「ん?なかなか楽しかったよ、いろんな教室とか見て回ったし、すごい設備がいっぱいあった」
「そう、あれ?あなたひとり?」
「えっ?あれ?兄ちゃん、入ってきなよ」
「ただいま、母さん、お腹減った」
言いながら母さんを見ると白髪が増えていた。それに心なしか少し小さくなったような気もする。
「あら、おかえり、なんかやけに顔色悪いけどそんなにお腹へったの?とりあえず荷物おろして手洗ってきなさい」
言われて俺は荷物を玄関に降ろして、靴を脱いだ。昔当たり前だった光景なのに今は妙に真新しい。洗面所に行き手を洗った、洗面台には歯ブラシが三本しかなかった。そういえば歯ブラシ持ってきてなかったと思った。リビングに行くと、父さんが椅子に座って先に待っていた。父さんも白髪が増えていたが、顔つきなんかは昔と変わらず堂々とした力強さに満ちていた。背筋もピンと伸びていて昔とあまり変わったという感じがしないが少しだけ皺が増えた気がする。
「久しぶりだな、少しは変わったか?」
変わったか?なにがだろう、まぁいろいろ変わったんだろうけど、はっきりとこう変わったというのが分からない
「そうだな、変わったよいろいろ、とりあえず、小説はまだ書いてる」
「そうか、小説のネタに困るような奴ではないからなお前は、好きなだけ書くといい、ただ、あまり自分勝手に話を書いても読む側の人間のことも考えて書かないと、お前は一人で突っ走るところがあるからな」
「わかってるよ、そんなこと、それよりお腹が減ったからさ晩御飯先食べようよ」
少し、ぶっきらぼうな言い方になってしまったが、まぁしょうがない今更お説教は聞きたくない。
「そうか、腹が減ったか、腹が減っては戦はできんしな、今日くらいはいっぱい食べてゆっくり寝なさい、明日墓参りに行くからな」
そして、すぐに早苗と母さんが料理を持ってきた。今日はハンバーグらしい、俺の好物じゃないか。それから、久しぶりの家族団欒の時間を過ごした。他愛のない話をした。久しぶりに人と話をしながらゆっくりご飯を食べた気がする。こういうのも悪くないと思っていた。
「そういえば、アンタの同級生の女の子も大学生で小説家になったんじゃなかったっけ?」
唐突に母さんが言い出した。
「ん?そんなやついたんだ、誰?」
「兄ちゃん知らないの?昔から学校でも有名人だった葉月さんだよ」
葉月か、あの何でもできる才色兼備の超人か。まともに話したことはないが確か、小中高とバスケをしていて見た目もよくて背も高くて、男女問わず人気が高かった、と思う。勉強も学年一位、二位の天才だったはずだ。俺とは正反対に位置する人物といえる。
「あいつ小説家になってたのか、俺のライバルってわけだな。天才は何をやらせても天才ってわけか」
「そうだね、兄ちゃんに比べて人望も才能も桁違いだね」
「はは・・・もう少しお手柔らかに言ってもらわないと、俺にも心があるからさ」
「そうだね、アンタは友達なし、才能なし、容姿悪し、親としての責任を感じるわね」
「母さんいいすぎじゃあないかな!?俺にだって取り柄があるだろう!?」
「兄ちゃんの取り柄は・・・思いつかないかな、ある意味それも才能だよね!」
「だよね!ってひどいなそれ!父さん俺の取り柄を教えてやってくれよ」
今まで静観していた父さんにヘルプを要求する。この家庭内での味方になりうる人物は父さんくらいなものだ
「そうだな、お前は自分のしたいことに関してはとにかく正直だからな、しかし、あまり度が過ぎると昔のパソコンの二の舞になるから気を付けるように」
「あら、そうね気を付けるようにね」
ん?それはなんだかおかしなことを言っていないか?まるで俺の黒歴史を知っているかのような口ぶりけど・・・ってこれ確実にバレてるね、マジか・・・ここにきてそんなこと暴露されても恥ずかしさに盗んだバイクで走りだしたくなるよ、もう今年二十三だけど。
「兄ちゃんパソコンの二の舞ってどういうこと?あれってたしか勝手にこわれたんじゃ・・・」
「そうだよ!そんなこと気にしなくていいから、ご馳走様!俺先に風呂に入るね!」
とりあえずその場からの逃走を試みる、すんげぇ汗かいた、嫌な汗だ吐き気もするこれが青春の甘酸っぱさか。リビングを出ようとしたところで母さんに呼び止められた。
「あっ、歯ブラシ洗面所の棚の一番上に入ってるから使いなさい着替えも出しとくからね」
手際の良さは本当に恐れ入るなと思った。
風呂の中で今日の一日をなんとなく振り返っていた、今日はなんだかいろいろあった気がする。時間がゆっくり流れて行っている感覚だ。
俺が家を出てから男が父さん一人だからかシャンプーが女性向けのものしかなかった、なんとなく父さん大変だなと思った。
風呂を出てから母さんが用意していた半袖のTシャツと半パンに着替えた、昔俺が家に残していった服を箪笥にしまっておいたのだろう、なんかすごいにおいがする。リビングに行くと、父さんと早苗がテレビを見ていた。
「次、アタシ風呂いってくんね~」
早苗が風呂に行った後、近くの椅子にすわってテレビをみた、見たことのないドラマだった。中高年の男性の初恋を描いたものらしい、父さんがこんなの見るのなんて意外だなと思った。
「父さん、こんなの見てんだ。」
「いや、最近早苗や母さんがはまっていてな、なんとなく見ていたら俺も見るようになった」
「あら、もう始まってたのね、ちょっと見逃したかしら」
「いや、今始まったばっかみたいだよ」
母さんが台所から帰ってきてテレビの近くのソファに座った、たいしてドラマに興味もないので退屈だった。
「父さん、パソコン借りてもいい?」
「いいが、変なサイト見るんじゃないぞ」
「み、み、見ないって!何言ってんのかサッパリだなぁ、あっはっはっはっ!」
「言葉づかいが安定してないよ、アンタ」
やっぱりばれてたか・・・。
二階にある和室にパソコンが置いてある、なんで和室に?と思っていたが、まぁ寝転んでパソコンができるので快適だったりする。それに畳のにおいは嫌いじゃない。
「さてと、ヤフーニュースでも見ますかね」
「ん?期待の新人美人作家、葉月 霞先生にインタビュー?」
ちょうどさっき話に出た同級生の葉月の記事だった、なんか”美人”が協調されている。当然、気になるのでクリックした。
記事には、最近出版した新作、”紫の雨”についてのインタビューから、作家を目指した理由や趣味の話なんかが手短にまとめられていた。
「作家を目指した理由は、ある小説との出会いだった、か」
動機こそ違うにしても同級生が作家になったというのを考えるとやはりライバル意識めいたものが芽生える。なんとなく、負けたくない、と思ってしまう。そんな、負けず嫌いでもないのだが自分の誇れる取り柄の一つだと思っているからこそなのか。
「”紫の雨”か、つか、あいつ本名で作家してんのか」
葉月 霞は彼女の本名だ、珍しいとは思うが、まぁなくはないので気にはならない。
その後も、いろんな記事を見て回っていた、気が付いたら1時間以上経っていた、ネットサーフィンってなんでこうも時間がたつのが早いのか、不意に和室の襖が開く音がした。
「兄ちゃん、そろそろ寝ないの?」
「あ、ああそうだな。そろそろ寝ようか」
なんとなく、オドオドしてしまうのは今日の黒歴史の話のせいだろう、なぜか、急に誰かが来るとドキドキする。
ちょうど、ドラマも終わって、下の二人も寝支度を始めているだろう、俺はパソコンを閉じて昔使っていた自分の部屋に行った。
「昔のまんまだな」
ほぼ、家を出た時の状態のままだった、いくつか荷物が置かれている、半分倉庫みたいな状態だったのだろうが、端に寄せて固めてあるのであまり気にはならない。時計を見ると、11時だった、正直いつもは日付が変わってから寝ていたのであまり眠くはないのだが明日は墓参りに行くため朝早くに起きなくてはならない。