二章 自室
「アッチ~な、エアコン仕事しろよ」
自室で俺は絶賛ニート中の自分を棚に放り投げてオンボロエアコンに悪態をついていた。バイトしていた居酒屋が経営不振で潰れてからフリーターからニートに見事ジョブチェンジした。俺は”とくぎ:ひるね”を駆使しようとしたところ、エアコンの職務怠慢により無効化されてしまった。今は昼の二時で、朝のニュースでは、最高気温が34度らしいが体感的に言えば40度を超えてるくらいだった。梅雨も終わり夏真っ盛りといった最中で、ニートの俺は所持金の少なさ故に昼飯にありつけずに少ない体力をいかに温存するかを考えていたが、このままだと五帖の狭い一室で熱中症になりかねない。しょうがないので近くのコンビニで涼みに行くついでに漫画雑誌の立ち読みを思案していた。
ジリリリ・・・
携帯の呼び出し音だ。昔懐かしの黒電話の呼び出し音だ。俺は古いものが好きで家にあるテレビはいまだにブラウン管だし、年季の入ったボロボロの和箪笥を愛用しているし自転車もボロボロのママチャリだし・・・携帯も高校一年の時に親に買ってもらったガラケーだし、何とも貧乏な生活だと思う。恨めしや貧乏!
バイトを始めなくては・・・とも思うが、この暑さなのでバイト探しもはかどらない。イライラが募り、携帯の呼び出しを無視しようとしたが、気になったので折り畳みの携帯を開いて画面を見ると母親からだった。
「もしもし。」
「アンタ早くでなさいよ。まさか暑いからって寝てたんじゃあないでしょうね。」
「いや、違うって。いい加減新しい小説のネタでも探そうかと思って街にでも繰り出そうかと」
「いやアンタただでさえ出不精なんだから行けても近くのコンビニくらいだわ」
俺は基本アウトドアというものが嫌いで、インドア系の遊びしかしてこなかった。読書然り、ゲーム然り。学校だって、小中高と一貫して家から徒歩十分以内という家が素晴らしい立地にあったため俺は今まで運動らしい運動をしてこなかった。運動会とか嫌いだった。なんであんな行事があるのか、怪我したら危険だし、シンドイし、煙たいし、面倒だし、何一つとしてメリットらしいものが思い浮かばない。
「でさ、用件は何?」
「そろそろお盆でしょ、いい加減に帰ってきなさいよ。ご先祖様に手を合わすくらいのことしとかないと罰が当たるよ。」
そうだった、そろそろお盆の時期か。
「いや、でもバイトあるし」
「バイトはこの間店潰れて無くなったって言ってだでしょ」
そういえば、この前電話で言っちゃったんだっけ。
「でも、新しい小説の話考えないと」
「何か月もいるわけでじゃあないんだし、少しくらい帰ってくるくらいの余裕もつくれないの?もっと余裕のある生活を送れるようにしなさいよ。昔っから計画性もないのに行き当たりばったりだから」
正論を言われてイラッ、としたが
「どうせろくに何も食べてないでしょうから、ご飯くらいは食べさせてあげるから帰って来なさい」
そう聞いて今日は何も食べていなかったことを思い出した。久しぶりに母親の手料理を思い浮かべてヨダレが口の中で溢れ出すのを感じた。し、仕方がないなこれは
「分かったよ、お盆だししょうがないから一旦帰ることにするよ」
「あら、そう。で、どうやって帰ってくるの?」
あ、そういえば金がない
「電車代振り込んでもらってもよろしいでしょうか?」
「大丈夫よ、今早苗がそっちに行ってるから一緒に帰ってきなさいな」
え、来てるの?何それ?聞いてない。
「何しに来てんの?」
「オープンキャンパスよ。今日近くの国立大学であるから行ってんの」
そうか、オープンキャンパスね、そういえばそろそろ高校二年だし、そういう時期なのね
「分かった、じゃあ一緒に帰るよ、ついでにいらない荷物をいくらかそっち持っていくから」
「そう、いらないなら処分してしまったら?」
「いや、一応必要になるかも知れないから置いておいてほしいんだけど」
「そんなものこっちに持ってこないでよ、どうロクでもないものしかないでしょう」
それはあまりにも残酷な物言いではないでしょうか、貧乏だけど精一杯頑張って集めた俺の仲間達(ヒーロー物のフィギュア)を持っていきたいだけなのに・・・やめておこう、結構マジで捨てそうだ
「多分、そろそろそっちに着くころだと思うから、さっきメールで近くまで来てるっていってたわよ」
マジか、しょうがないとりあえず持って帰る荷物をまとめて(ピンポーン)
え、もう来たの?
「あら、今チャイムの音鳴ったわね、じゃあもう切るわよ晩御飯の準備しとくからね」
そう言って電話が切られた。
「久しぶり、兄ちゃん見ないうちにおっさんになったね」
久しぶりに会う妹は昔よりも大人の女性になっていた。少しだが化粧もしているし服もかなりバッチリ決め込んできている。俺の想像していたものと違う奴が来た。
「何、お前化粧とかしてんの?オープンキャンパスで来てるってきいたけど、それに私服だし」
「当たり前じゃん!こんな街中に来るのに地味なカッコでいるほうが浮いちゃうし、つかどう?見ないうちに色っぽくなったっしょ?」
うーん、確かに体つきがいろいろと大人っぽく・・・
「その目線は明らかにイヤラシイわ、兄ちゃん・・・警察呼ぶよ?」
「な、なにを言うか!そ、そんなことないでございます!」
なんかすごいテンパってしまった、相手は妹だ落ち着け、落ち着け俺・・・。
「と、とりあえずあがれよ今支度すっから」
「あー、でもすぐ出かけるよ、兄ちゃんの服選ばないとだし」
「え、俺の服?なんで?」
「だって、どうせダサイ服しかもってないんでしょ、さすがにそんなカッコの家族会わせらんないわ」
「会わせらんないってだれに?」
「アタシのカレシ」
「ファッ!?」
思わず変な叫びをあげてしまった、落ち着くんだ俺!つか、え?彼・・氏・・?
「お前、今年でいくつだっけ?」
「は?今年で十八だよ、つか、五つちがいじゃん、忘れたの?」
そうか、最近の高校生というのは結構進んでんだな・・・、ははは・・・。
「ふぅ~、とりあえず一式そろったね」
「悪いな服選んでもらってしかもお金まで」
「いや、いいよ母さんにお金もらってきたし」
なぜ、早苗にお金渡すのに俺にはこんなに厳しいんだ昔服買うから金くれって言ったら「バイトして自分で買いなさい」とかいってたのに、最終的に母親が買ってくるなんて恥ずかしいことになった。
「お前が言うといくらでも金出してくれんのな」
「いくらでもってことはないと思うけど・・・まぁ兄ちゃん信用ないしね、昔高いパソコンおねだりしてすぐに壊したでしょ」
それは俺にとって黒歴史の話だ、あれは中学二年の頃あの時から俺は小説を書くことを目指していたが、いわゆる中二病というやつだったのかもしれない、小説の内容はある日、主人公が未知の力に目覚めて~で始まり最後に自らの力を失いながらも、ラスボスを倒して平和を手に入れるみたいな、そんな話ばかり書いていた気がする。その時はノートに話を書いていた。小学生のときに漫画のストーリーをノートに書いていた時の延長で授業中でもおもしろい話を思いついてはノートに書き込んでいた。ある日、友達が親からノートパソコンを買ってもらったと自慢していた。それでアニメやゲームができるといっていたが、それ以上に自分の書いた小説をいろんな人に見てもらうことができるというのを知ったときに興奮した。なんでもできるノートパソコンの万能感に俺は特別なものを感じた。きっとそれがあれば自分の書いた小説を皆に見てもらってたくさん評価してもらえるはずだ、と。その日のうちに親にパソコンが欲しいと言ったらすんなり買ってくれた。中古のデスクトップパソコンだったが、最初は嬉しくて、これでなんでもできると思っていたが、そこは中学二年生、ネットにつなげばまずは大人の世界を覗こうとする。絶対みんなやる。そして、変なウイルスにかかってパソコンが変なエラーを連発しだした。親に相談することもできず、そのまま壊してしまったことにしてむちゃくちゃ怒られた。真相は俺の心の中にそっとしまったまま、墓にまで持っていくつもりだ。つか、絶対誰にも言いたくない、恥ずかしすぎる、死ねる。
「あれはー、しかたがなかったんだ、毎日のようにパソコン使ってたし、」
「確かに、あの時は毎日自分の部屋に籠ってパソコンしてたしね、そんなにパソコンで何してたの?」
「な、ナニって?別に・・・ただ小説書いてたりとか」
「それにしては、部屋に入った時に兄ちゃんいつもオドオドしてなかった?ヘッドホンつけてたし」
「お前、それは、ヘッドホンは音楽聞いてたからだし、ほら、音楽聞きながらだと集中できるっていうだろ?」
「それは、そうかもだけど、でもオドオドする必要はなくない?」
「そ、それはだな、俺ってビビりだからさ、急に誰かに話かけられたりすると、なんとなくびっくりしちゃうんだよ」
「でも、部屋の電気消してたのは?」
「それは、なんとなく・・・かな」
「確かに、音楽聞きながら勉強してて急に誰か来たらびっくりすることもあるかな?」
「だろ?まぁ深く考えるな、とりあえずちょっと疲れたからどっかで休もうか」
「そだね、まだ電車までは時間あるし、ちょっと休んでから帰ろ」
そこから近くのカフェに入って無駄に浪費した口のなかの水分を補給しつつ、互いの近況を話し合った。とは言っても俺の話なんて本当に大したものでなく、この前、携帯を池に落としたけどまだ使える、だとか、コンビニでお釣りが少し多く返ってきて、だとか、早苗からは彼氏の話をいろいろ聞いた。彼氏の人間性を要約するとイケメンでスポーツマンでサッカー部の主将で勉強もできるらしい、どこの少女マンガのヒーローだっての、その彼女をやってる我妹もすごいなと思うが、とりあえず俺とは分かり合える世界の人間ではなさそうだった。
「そういえば、兄ちゃん意外とファッション詳しかったんだね以外だったわ」
「失礼なことを・・・俺だって結構ファッション誌読むんだぞ(コンビニの立ち読みだけど)それに昔ここに来たばかりのころは結構服買ってたし」
「ふーん、でも部屋の中全然服なかったけど」
「いらないやつは処分したんだよ、全然着てなかったから色褪せ《いろあせ》とか虫食いがひどかったし」
「なんかもったいないなぁ、今彼女いないんだよね、合コンとかもしなかったの?」
「合コンはまぁ大学にいた友達とかに呼ばれて行ったりはしたけど、あれは俺には合わない風習だな、どうしてああもくだらんゲームで盛り上がれるのか、疲れるし、体力的にも精神的にもやってられん。あと、俺は酒が飲めん」
「そうか、兄ちゃん酒苦手だったのか、まともに帰って来なかったから知らなかったな」
そういわれると俺が今まで悪いことしてたみたいで居心地がわるいな、まぁ実際そうなんだろうけど、仕方ないじゃないか、小説家として認められてから帰ろうって思ってたのに。
「そろそろ時間だし、行くか」
「うん、そだね、行こうか、お腹すいてきたし晩御飯食べに帰ろっ」
それから駅にについて切符を買ってから電車に乗ってそれからは互いにあまり話さなかった。というのも早苗が船を漕ぎ出したので、あまり話かけるのも可哀想だったのでそっとしておいた、オープンキャンパスにも一人で来ていたみたいだしいろいろ歩き回って疲れたのだろう、そのまま居眠りを始めてしまった。その寝顔をみてなんとなく実家に帰るんだということを今更実感していた。