第五章 ファイトを一発入れただけでクリアできたら楽なのになあ
キマイラ野郎をぶっ殺……コホン、言葉が悪かった。キマイラを打ち倒して進んだ先には、二階へと続く階段があった。最初は罠かなあ。などと思ってものすごく警戒してしばらく動けずにいたが、数分後に何もなさそうだと判断したためおとなしく先に進んだ。
階段を上がると、そこには二つの扉があった。一つは木でできた何の変哲もない扉。もう一つは、鉄でできた赤い扉だ。
「うーん……」
何だかよくわからないが、どちらに進んだとしてもヤバいことになるような予感がうずうずとする。先程からありえないくらい死にまくり過ぎて、死の匂いに敏感になり過ぎてしまっているんだろうか。
まあ、どうせ嫌な予感はどちらの扉からもプンプンするわけだ。こういう時には……。
「ど・ち・ら・に・し・よ・う・か・な?」
腐れ神様の言う通り、と。よし、厳正なる運任せの結果、鉄の扉の方を先に探索することにした。
いいんだ。どうせ、どっちが先でもろくなことにならないんだから。
「よいしょっと」
ドアノブに力を込め、ゆっくりと鉄の扉を開ける。その先にあったのは。
「うっひゃあ!」
ここは一体、どういうシステムになってやがるんだ。扉を開けるなり、凍てつく冷気がビュオオオオ! とおぞましい音を立てながら廊下に流れ込んできた。
「凍る! 凍る! 凍る! 凍っちまうー!」
どうにか絶命する前に、扉を閉めることに成功した。あと数秒判断が遅かったら、俺は身体の芯まで凍りついてしまっていただろう。
でも、凍てつく冷気の先に新たな扉がちらっと見えたような気がする。おそらく、この冷気の部屋をどうにかして攻略しないと魔王の元までは辿りつけないだろう。まあ、あくまでも勘だが。
「はあ……はあ。普通に考えると、そっちの扉に攻略への鍵があるってことかあ?」
身体をガタガタ震わせながら、木の扉の方を見る。
こっちには、どんなトラップが待ってるんだ?こっちまで吹雪がビュー! って感じだったら俺、マジで帰るぞ。
はあ。とまた大きく溜め息をつきながら、今度は木の扉を開けた。どうやら、こちらはとんでもない仕掛けがある部屋ではないようだ。
「ここは?」
見たところ、ここは実験室か何かのようだ。至る所に棚があり、そこには本や薬らしきものが入った瓶が置いてある。
「初見殺しの罠はなさそうだな。で、何があるのかな」
とりあえず、今まで他の部屋でもしてきたように手当たり次第に物を集める。まずは赤い瓶、青い瓶、黄色い瓶、紫の瓶、茶色い瓶……計五種類の、変な薬が手に入った。薬の瓶にはそれぞれ薬品名が書かれたラベルが貼られている。赤い瓶から順に、『ポカポカナール』『ヒエビエーリン』『ビリットクルオン』『ポイズズン』『カンジナクナール』。どの名前も、全くもってセンスの欠片もありゃしない。
次に目をつけたのは、研究にでも使っていたと思われる数冊の本だ。開いてみると、どれも薬に関することや、よくわからない呪文のようなものがえんえんと書かれている。はっきり言って、目で追うだけで頭痛がしてきた。
「この薬って、さっきの部屋の攻略に使えるかなあ?」
本をぞんざいに道具袋へ突っ込みながら、瓶を片手に首をかしげる。色々探索を続けたが、この部屋には防寒具らしきものは残念ながら置かれていない。もしこの部屋にあの極寒部屋をくぐり抜ける術があるとするならば、この薬くらいしか考えられなかった。
「名前が名前だしなあ」
特に使えそうなのが、この『ポカポカナール』。名前からして、何だか寒さから身を守ってくれそうな感じがする。
普通なら何の疑いもなくこれを飲んでみるというのがセオリーなのだろうが……。
「これ、毒じゃねえだろうな」
赤い瓶に対し、つい懐疑の目を向けてしまう。何せ、俺はここに来るまでに何度も理不尽な死に様を遂げてきたのだ。ここでも、その悲劇に見舞われる可能性は捨てきれない。例え、目の前の薬がいかにも「ここでグッと一発飲んで、さっさと次に進みましょう!」と明るく言っているように見えたとしてもだ。
「仕方ない。一発グイっといくか」
俺は勇者であるのと同時に、男でもある。ここはヘタレ精神をのぞかせず、男気を見せてグっといくのが多分正解だ。
……いや、それが正解に決まっている。ここでウジウジしていても先に進むことはできない。ここは、覚悟を決めなければ!
「いよっしゃあああ! いったれええええ!」
誰に男気を見せるというわけでもないのだが、何となく雄叫びを上げてから瓶を引っ掴んだ。そして俺は腰に手を当て、中の薬を一気に飲み干した。
「おおっ」
何ということだろう。この薬、とても薬とは思えないくらいに甘美な舌触りがする。のどを通っていく感覚も、不思議と心地良い。あと、何だか身体がポカポカと温まってきた。ぬくぬくと気持ちよく、これならあの極寒部屋も……ん?
「あっ。んっ。えっ?」
熱い。温かいを通り越して、段々と身体が焼けるように熱くなってきたぞ。しかも、それは全く収まる気配がない。というかむしろ、悪化の一途を辿っている!
「ぎゃああああ!」
悲鳴を上げた後の記憶は、いまいちはっきりしない。おそらく、俺の身体は熱さに耐え切れず蒸発してしまったのだろう。しかしあの、ぬくぬくかつポカポカとした感覚はたまらなく気持ちよかった。人間が天寿を全うして天に召される時って、こんな感覚に包まれて死んでいくのだろうか……?
「ターカシくーん。そろそろ起きようか」
「うう……」
気がつくと、俺はいつものように城の前に投げ出されていた。呆れるようなトーンの自称神の声が、何とも言えないくらい不快な気分を増幅させてくれる。
「よくさ、何の警戒心もなしに敵地に転がってる薬を飲んだもんだね。それってさ、勇者としてどうよ?」
「どうよ? じゃねえよ。あの状況下であんな『ポカポカナール』とかいう薬を見つけたら誰だって飲むだろ、普通。いかにも、あの吹雪ビュオー! な部屋を乗り切るのに使えそうな感じだしさあ」
「ねえ、タカシよ。お前ってさ、アホなの? 何度も言うけど、ここ、敵地だよ? 魔王の城なんだよ? ここに置いてある薬ってさ、大体は魔物に合わせて作られてるとか想像つくでしょ。そんなもんを凡人並の身体能力しかないお前が飲んだりしたら……ねえ?」
「凡人凡人言うな。てめえが俺をここに勇者として招いたことが最大の失敗だってのに、それを棚に上げて説教してんじゃねえよ」
「うん、そうだね。私の人選ミスが全ての発端だった。ごめんなさい。見えていないと思うが、私は今世界で一、二を争うくらいに美しい土下座をしている。それに免じて許してくれ」
「さらっと俺を罵倒する奴の土下座に免じるいわれなんてどこにもないんだけど。じゃあさ、勇者に向いていないにも関わらず人選ミスで勇者にされてしまった哀れな少年のために、部屋を攻略するためのヒントを下さい」
「お、私に世界を救えと言わなくなっただけ成長したな。タカシよ」
「返答が目に見えているから、言うのが面倒になったってだけです」
「あっそう。じゃあ、心が全くこもっていない敬語を使ってくれたタカシ君にヒントを一つあげるとしよう」
自称神はコホンと咳払いをしてから、しばらくじらしつつ勿体ぶりこう言った。
あの薬さ、効き過ぎるんだよね? てことは、薄めれば……はい、ここまで。あとは自分で頑張るように。あ、そうそう。薬はお前が飲む直前の状態に戻しておいたからね。神様からのサービスだから。以上」
それ、わざわざ時間を置いてから言うようなことか? 俺もそれ、薄々思いついていたぞ。
調子のいいおっさんをいつかぶっ飛ばすという決意を改めて固めてから、俺は再び城内に入っていった。
元の場所に辿り着くまでに、何度か引っかかったことのある罠にうっかりかかって死んじゃったのは内緒の話である。