第四章 勇者と言えば剣という常識を作った奴、俺に土下座して詫びやがれ
俺にとってはとんでもないくらいの時間が流れた頃、ようやく錠前が錆びつき倒してボロボロになった。おそらく、塩水で魔王城の扉が破られたのはこれが初めてなのではなかろうか。
「問題は、この先にキマイラに対処できるアイテムがあるかどうかなんだよな」
そう、肝心の問題はそこにあるのだ。
この胸によぎる第六感のうずき。これがピタッと治まるようなアイテムを入手できなければ、俺は魔王を倒すどころか、一生キマイラのエサになり続けるという哀れ過ぎる末路を辿りかねない。
いや、そんな展開なんて意地でもあってたまるか。俺は、仮にも勇者なのだから。
「よっし!」
覚悟を決めた俺は、青い扉をゆっくりと開いた。そこには、ずらりと並ぶアイテムの山が広がっていた。
「おっ……おおっ?」
これは、武器庫という奴だろうか。狭い室内に、所狭しと武器と思しきものがゴロゴロと転がっている。と言っても、魔力が込められてそうなすんごい杖だとか、恐ろしい力を秘めてそうなすんばらしい妖刀だとかは全く見当たらなかった。
まあ大体、塩水ごときで錆び果てる軟弱な鍵をつけた扉の先に強力な武器を入れておくわけがないか。
「でも、これであいつを……」
まずは剣を持ってみる。……うっ、思っていたよりも重い。本当は常時装備していたいが、仕方がないから道具袋に入れておくとするか。
次に目をつけたのは槍だ。見るからに、投げて遠くにいる敵を打ち倒せそうな、ものすごく役に立ちそうな武器。これも道具袋に入れておく。
あとは斧だとか鎌だとか、手当たり次第に入手しまくった。何せ、あの塩と水が入った瓶が攻略に必須なアイテムだったくらいだ。今後、何が思わぬところで役に立つかわかったものではない。だが……。
「これ、必要か?」
最後に目に止まったのは、武器庫内の掃除に使っていたものと思われるボロボロの雑巾だった。一体こいつに何があったのかは知るよしもないが、かなり臭う。
「うっげ、くっさ! マジくっさ! 何に使えるんだ、これ」
本当は、どこか遠くに投げ捨ててやりたい。でも、一応手にしてしまったしなあ。今更、手に付いた悪臭もとれないことだし。
しばらく悩んだ結果、俺は激クサ雑巾を渋々ながら道具袋に放り込んだ。いいんだ、これはあの自称神のものだし。
武器庫から出ると、俺はほざきまくっていた第六感がいつの間にか静まっていることに気がついた。つまり、キマイラを倒せるアイテムをうまく入手することができたらしい。
「よし、あのキマイラ野郎め。覚悟しとけよ!」
俺は意気揚揚に部屋を出ると、すぐさまキマイラが待つ廊下へと向かった。もちろんその手には、魔物を打ち倒す剣がしっかりと握られている。
「グルルルル……」
キマイラは、俺のことを見てダラダラとよだれを垂らしている。さっきすすった、俺の血はそんなにうまかったか? でも、今回はそうはいかない。何せ、今の俺にはお前を打ち倒す武器があるからな。
「覚悟しろよ」
ああ、何だかこういうのって勇者っぽいなあ。などと思いながら剣を抜く。
……うっ。やっぱり重い。でも、勇者が魔物を倒す時に使う武器の定番が剣なのだからこれで奴を倒せるに違いないのだ! 多分。
「食らえー!」
慣れない手つきで剣をかまえながら、俺はキマイラに突進した。姿勢もめちゃめちゃだし、重みで身体のバランスがうまくとれないが、これで奴の心臓を一突きすれば勝てるはずだ!
「うりゃあ!」
「ガウガウ!」
「ぎゃあああああああー!」
あれ? 今、何が起こったのだろう。何か胸の辺りがものすごく痛いのですが。
自身の悲鳴を聞いた直後、俺は全てを悟った。
胸の辺りからドクドクと湧き出てくる赤黒い液体。徐々に暗くなっていく視界。そう、俺はキマイラの心臓を貫くどころか、逆に奴に心臓を爪で貫かれてしまったのだった。
「がはっ」
俺はまた、奴のエサに成り果てるのだろう。意識を失う直前に見たキマイラの顔は、無残な俺の姿を見て冷淡な微笑を浮かべているようだった。
「はあ……はあ……はあ……」
ただいまの現在位置は城の前。あれから何回、あのキマイラにあの世へ葬られてきたのだろう。
もう数えるのも面倒で、自分でもよく理解していなかったりする。
剣で奴を倒すのに失敗し、自称神に復活させられてから、俺は幾度となくあの死の廊下へと突撃していた。
一度は失敗したとはいえ、第六感がうずかない以上奴を倒す条件とやらはしっかり満たしているはずなのだ。だから、どうにかすれば奴に勝てる……はずだった。
「どうしてこうなるかなあ」
最初のうちは必死に剣で挑んでは殺され、それが「あれ、もしかして何か違うんじゃね?」と思うようになってからは槍だの斧だので応戦しては殺され、更には……ああもう、思い出すのも嫌だ。
とにもかくにも、勇者の屍があの廊下で大量生産されたことだけは変えがたい事実なのだ。
「タカシよ、何回死んだら気が済むのだ」
どこからともなく、自称神の声が聞こえる。そのトーンから判断するに、どうせまた死にまくる俺に対して嫌味を吐きに来たのだろう。
「こっちだって、死にたくて死んでるんじゃねえんだけど」
「いや、それは本人の意思とかいう問題じゃなくてね。うーん、いい加減正しいキマイラの倒し方とか薄々感づかないかなーと。何かさ、やたら剣とかにこだわっちゃってさ、あんまりよろしいようには見えないと言いますかねえ」
「だったら、あのクソライオンの倒し方を神様直々に教えろよ。あんた、俺を勇者としてここに召喚した神なんだよな? だったら、勇者の魔王城攻略に少しくらいは協力してくれよ」
「いやーでもそれはちょっとねえ。何か、勇者が自分で頑張ってこその攻略って感じだし。神様がいちいち口出しするとか、子供の宿題を親が手伝うみたいで世間一般でもいい目では見られないんじゃないかと」
「そんな世間体のことより、世界の平和を優先しろよ! 俺の後の世での評価とか、マジでどうでもいいから! 大体、全部攻略の仕方がわかってるんだったら、あんたが魔王城に挑めば」
「はいはいはい。そうカッカしないで。わかった、ヒントくらいあげるから。あのさ、少し頭を使いなさい。相手は、貧弱な君よりも何倍も強いんだから。敵を弱らせてから倒す。これ、どこの勇者でもやってることだから。では、さらば!」
「あっちょ、待てコラ神っ!」
少しは頭を使えだあ? それって、武器を使うだけじゃキマイラを倒せないってことなのか。
……つまり、俺は今まで無駄に時間を費やしてきたということになる、と。あのクソ神め。
まあ、あの野郎は世界を平和にしたあとにぶっ飛ばすとして、気を取り直してキマイラにまた挑むとしよう。
「ガルルルル!」
キマイラは、俺のことをすっかりエサだと認識しているらしい。ここに来るたびに、奴の口からこぼれ落ちるよだれの量が、段々と増えてきている。
しかし、こいつに正攻法が通用しないとなると、一体どうしたらいいんだ。
「うう……」
道具袋の中身を思い出しながら、奴に通用しそうな物があったかと考える。
キマイラは、魔物であるとはいえ所詮は生物。普通の生物に効果がありそうな物なら、ひょっとしてダメージを与えられたりするのではないか。
ん? そう言えば一つだけ条件を満たしそうな物があった気がするな。てことは……!
「こうなりゃやけだ! 投げてやれー!」
これはもうアレだ。ある種の賭けって奴だ。効果がないならないで、また奴のエサになるだけだし。
俺は道具袋からあの激クサ雑巾を掴みとってキマイラに投げつけた。
「ギャオオオオオアアアアアー!」
鼻に雑巾が引っつくなり、キマイラは文字に表記するのが困難なくらいの叫び声を上げた。そして、そのまま床をのたうち回り、ヒクヒクと痙攣し始めた。
「そりゃあ臭いもんな、これ」
うえっ。持っているだけで、吐き気がしてくる。こんな鼻が利きそうな奴にぶつけたら、効果てきめんでもおかしくはない。でも、こんなもので魔物を倒す勇者って一体。
「はあ。何か、泣けてくるなあ」
おっと、己の弱さから来る情けなさと、雑巾の臭さでホロリときている場合じゃない。あのクソライオンに、とどめを刺しておかなければ。
俺は重さでブルブルと震える手でどうにか剣を持ち、キマイラののどに刃を突き刺した。
「ガアア……ガオア……ウウ……」
キマイラはうめき声を上げると、完全にその息の根を止めた。
……にしても、剣を弱ってひっくり返ってる魔物に対して使う勇者ってのも、俺くらいのもんなんだろうなあ。
剣と言えば勇者。勇者と言えば剣。こんなイメージが頭にこびりついていたが、この体験によってわかった。そんなもん、完全に嘘っぱちだったってことが。
「くっそお! マジムカつく。何で俺、ここまで弱いんだよ。畜生!」
俺はどこまで異端な勇者としてこの魔王城をさまよわなきゃいけないんだ!
ムカムカする気持ちを抑えつつ、俺は長い廊下をブツブツ言いながら進んでいった。