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第三章 勇者、一矢報えず

 左の壁際を通って何とかエントランスを通り抜けた俺は、ようやく金縁の扉の前に辿り着いた。

 城をこんなちょこっと探索するだけで、一体何時間かかっているのだろう。エントランスを切り抜けるだけで三回も昇天してると思うと何だかすっごく悲しい。

 扉を開けると、その先には長い廊下が続いていた。自称神の助言のように細心の注意を払いながら歩いていくと、三つの扉が俺の前に現れた。

「うーん」

 右の扉は赤い色をしていて、鍵はかかっていない様子だった。

 左の扉は青い色をしていて、とてつもなくわかりやすい錠前がついているため今は入れないというのは明らかだ。

 そして正面の扉は……鍵はかかっていないようだが、第六感とやらがこう「やべえ、今ここ入ったら絶対死ぬぞ!」と訴えてくるような感じがしてならない。

 だって、何か真っ黒い色してるし、変な装飾が入ってるし。簡単に言うと、ボス戦が待ちかまえていそうな雰囲気がプンプンしている。

 今俺が持っているものといったら、自称神から授かった道具袋だけ。そんなんで魔物を倒せるわけがない。

「これ以上死にたくないしなあ。うん」

 ここはおとなしく、赤い扉の方を先に探索しよう。

 賢明な俺は、一度わざとボスのエサになってみようという選択肢は当然選ばずに赤い扉をガチャッと開けた。

 「ここは……?」

 おっと、いけない。あまりにも魔王城としては場違いな世界が広がっていたもんだから一瞬思考が停止してしまった。

 俺の視界の先には、何故だかよくわからないが台所と思しき空間が広がっていた。

 一通りの用具がそろっている上に、外観やエントランスに見られた魔王城っぽさがどこにも見受けられない。……というか、生活感という言葉がとっても似合う雰囲気なんですけれども。 

「とりあえず、ここから色々パクっていくか? 武器になりそうなものもありそうだし」

 そう、持っていけそうなものはとりあえず何でもいただいていくことにする。何せ俺は、勇者のくせに丸腰だからな。例えしつこいと言われても、ここだけは何度も強調してやる。

 まずはもっとも武器になりそうな包丁。次に……次に……。

 もう、役に立ちそうなものが一つもねえ!

「い、いや、でも持っていったら何かの役に立つものも中に混じってるかもしれないもんな。今は、何が必要なのかよくわからないってだけで……」

 こうなりゃやけだ。片っ端から道具袋に詰めてやる。

 おたま、鍋、しゃもじ、塩、コショウ、計量カップ、醤油、小麦粉、水が入った瓶……ここ、本当に普通の台所なんですけど。魔王城の台所って感じ、ゼロなんですけど。

 うんざりしながらも、次は部屋の隅に置かれている冷蔵庫を開けてみる。するとそこには。

「……」

 甘納豆。一面に、甘納豆がぎっちりと詰まっている。

 魔王の大好物が、まさかの甘納豆? いや、もしかしたら別の魔物がこの部屋をよく使っていて、それで大好きな甘納豆を詰めているのかもしれない。いや、そうに違いない。というか、そうであると信じたい。

 一応何個か袋に詰めて、俺はようやくあることに気がついた。あの自称神は道具袋にはいくらでも物が入ると言っていたが、本来感じるはずの、入れた道具の重みも全くない。

 のんきに口だけ出してくる嫌な神だと思っていたが、あれでも一応マシなものをよこしてくれたんだな、あのおっさん。

 

 隅々まで中を荒らし回ってから部屋を出ると、ふとある違和感を覚えた。

 青い扉を開けるための鍵が、結局見つけられなかったじゃないか。

「え? めっちゃ部屋の中を探し回ったのに。何でだ」

 これじゃあ、青い扉の先を探索することができない。てことは……。

「あの黒い扉に、先に行かなきゃいけないってのか?」

 まだ俺の第六感は「ダメダメダメ! 入ったら、絶対に死ぬって!」と叫び続けている。

 嫌な汗が滝のようにドバドバと流れ落ちてくるのがその証拠だ。

「うう……」

 あの初見殺し地獄はともかくとして、こんなわかりやすい死亡フラグにわざわざ自分から飛び込んでいかないといけないのか? いやでも、ここしか行けるところがないし……。

「くそぉ、わかったよ。行けばいいんだろ!」

 死ぬ覚悟を決めて、俺はバン! と強く黒い扉を開けてやった。すると、そこには。

「グルルルル……」

 廊下の真ん中に、ライオンに翼が生えたような化け物がでんと居座っていた。

 そう、こいつは魔物の中の魔物。キマイラだ!

「う、うう……」

 こんな化け物、どうやって倒したらいいんだよ。冷静さがすっかり吹っ飛んだ頭で、どうにか考える。

「お、俺は仮にも勇者なんだよな。こんなんでビビっちゃ……もしかしたらあいつ、見かけ倒しかもしれないしな」

 ここまで三回も昇天してきた俺のことだ。今まで死を三回も回避できなかった奴の第六感なんて、あてになるわけがない。それに、俺は一応勇者なんだ。身体が強化されてるってことはなかったようだが、もしかしたら戦闘能力だけは巷で噂のチートとかいうものの恩恵を受けているかもしれない。

 よし、ここは一つ戦ってみるとしよう。足が震えているのは、武者震いだ! 多分!

「うおおおっー!」

 俺は道具袋から包丁を取り出してかまえると、キマイラ目がけて全力で突進した。

 お、これ、ちょっと勇者っぽくてかっこいいんじゃないか?

 途中まではそんな自惚れたことを考えていた俺であったが……。

「ガウガウガウ!」

「ぎゃああああああー!」 

 キマイラは目にも止まらぬ速さで俺に飛びかかり、その鋭い爪で俺の首筋を一瞬にして切り裂いた。

 本当に一瞬だった。魔物にここまで見事に瞬殺された勇者なんて、他にはいないんじゃないだろうか。

「俺……弱っ……」

 ほとばしる鮮血に視界が染められていくのと同時に、俺は我が身の虚弱さを強く嘆いた。

 

 気がつけばまた、魔王城の前であった。

 身体のどこにも痛みは感じない。だが、心の傷はいまいち癒えていないようだった。

「タカシよ、目が覚めたか」

「ああ。声をかけられる前に起きたよ」

 半身を起こしながら、姿の見えない相手を目で追う。

 この件については、文句をたっぷりつけないとこちらの気が済まない。

「あのさ、自分で何となくかなわないって思う魔物に遭ったらさ、とりあえず逃げようよ。相手、キマイラだよ? 絶対勝てないってわかるじゃん。そんなに魔物のエサになりたかったの?」

「んなわけねえだろ! あんたが俺に、道具袋以外何も授けなかったのがいけないんだろうが。せめて魔物とタイマン張れるくらいの強さを与えるとか、神ならそれくらいしろよ!」

「最初に言ったじゃん。お前には秘密もなければ、特殊技能も何もないって。聞いてなかった?」

「聞いてたよ! でもって、その一言でだいぶ傷ついたよ! でもさ、本当にガチで何にも補助能力とかくれないわけ? 俺、勇者なんだろ」

「勇者だけどね、全ての勇者が神からスーパーパワーを授かってるわけでもないじゃん。それに、ここの世界観ってそんな感じだし」

「どんな感じだよ! それに、あの魔物を倒せないんじゃ手詰まりなんだよ。赤い扉は調べ尽くしたし、青い扉は鍵かかってて入れないし。普通あの状態だったら、誰でも黒い扉開けるだろ」

「ちっちっち。タカシよ、それは大間違いだ。お前は既に、青い扉を開けることができる」

「はあ?」

 この神、何ふざけたことを言ってやがるんだ。まだ俺は、あの錠前を開ける鍵を持ってないんだぞ。

「文句を言いたそうな顔をしているので、さらにヒントを言っておく。あの扉についていた錠前は鉄でできている。鉄を壊すには……ここまで言ったらわかるな? あとは頑張れ。以上」

「あっ!」

 ヒントじゃなくて、答えを言ってから去りやがれ!

 憤怒する俺を尻目に、自称神の声は届かなくなった。

「あの野郎、めちゃくちゃ言いやがって。鉄を壊すにはどうすればいいかを考えろってか?」

 腹は立つが、仕方がないので自力で考えることにする。鉄はそのままだと、当然硬い。その強度を下げるためには……?

「おっ」

 考えること数分、ようやく案が浮かんだ俺はすぐに青い扉の前まで戻った。

 そして、道具袋から塩と水が入った瓶を取り出した。

「鉄は錆びれば弱くなる。そういうことだよな」

 早速塩水をちゃちゃっと作り、錠前にたっぷりとかける。

 これで、錠前が錆びれば簡単に壊れるはずだ。

「よし、これで青い扉を先に探索できるはずだ。……ん?」

 でも、ちょっと待て。この方法、もしかしてめっちゃ時間がかかるんじゃないのか。

「そりゃあこれならいつかは錆びるだろうけどさ、一体俺は何分ここで待てばいいんだよ。あのクソ神、いい加減なこと言いやがって!」

 城の外まで戻って文句をつけまくってやろうかと思ったその時、どこからともなく声が聞こえてきた。

「大丈夫だ、タカシよ。私が神パワーで、塩水の金属を腐食させるパワーを強めてやったからな。だから、そう時間のかからぬうちに錠前は崩れ落ちるだろう。感謝するのだぞ」

「わーすごーい。流石は神……って、何か違うだろ、おい!」

 そんなものを強化するくらいだったら、素直に俺に錠前を破壊するほどの力か、キマイラを倒せるほどの能力をよこせよ!

 錠前がボロボロに朽ち果てるまでの間、俺は姿の見えない相手に対し文句を言い続けたのだった。

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