第二章 初見殺しって、勇者にも容赦なしっスか?
あれからおそらく一時間くらい経過した頃だろうか。俺は門の扉に、鍵穴がついていることにやっと気がついた。
「何だよこれ。特殊な魔力で鍵がかかってるとかじゃねえのか。鍵穴があるってことは、どこかに鍵があるってことだよな。でも、この辺に落ちてるみたいなことはまさか……ん?」
ふと、足元に転がる石に目が止まる。ほとんどの石は黒ずんだ色をしているのだが、一つだけに白っぽく浮いている石がある。
見るからに怪しい。でも、いやまさかそんな……。
そう思いつつも、俺はその白い石をそっと浮かせてみた。
「あっ」
石の下には、見るからに「私は城門の鍵でーす!」という感じのゴテゴテとした装飾がついた鍵が置いてあった。
……魔王クージャよ、お前は鍵っ子だったのか?
「何でこんなところに鍵が落ちてるかなあ。ま、いいけどさ」
利用できるものは何でも利用する。何せ、俺は魔王城に挑む勇者のくせに丸腰だからな。
「さーてと、さっさとダークキャッスルとやらに乗り込むとするか」
ゴテゴテの鍵を鍵穴に差し込んで回すと、重々しい扉はゆっくりと音を立てながら開いていった。
ついに俺は、魔王の居城に足を踏み入れるのだ……!
などと、本格的な勇者が物語の最終局面にでも呟きそうなことを頭に思い浮かべながら、俺は嫌がる足を強引に前へと進めていった。
最初に俺を出迎えてくれたのは、広々としたエントランスだった。
床には何かの毛皮らしき紫色の絨毯が敷かれていて、そのところどころにうっすらと赤黒い染みが見えている。壁際にはいくつもの甲冑が飾られていて、何だかじっと見張られているような心地になる。天井には青白い炎が灯るドクロの形をした巨大なシャンデリアがぶら下がっていて、辺りを薄暗く照らしていた。その景色のさまは何ともおどろおどろしく、いつ魔物が飛びかかってきてもおかしくないといった感じだ。
「やっぱ、魔王の城って感じがするな。うう……」
こんな序盤でビビッてるなんて、俺はやっぱり凡人だなあ。しかし、いつまでもこんなところで棒立ちしているわけにもいかない。早く探索を進めないと、またあの自称神につべこべ言われそうだ。
前方に金縁の扉が見える。とりあえず、そちらの方に向か……。
(カチッ)
「?」
カチッ? 今変な音がしなかったか?
だが、そう思った時には既に遅かった。
「ぎゃあああ!」
天井から、あの不気味なドクロが俺目がけて勢いよく落下してきた。もし俺が一般的に勇者と称されるレベルの人間であったら、ひょっとしたらこの事態を回避できたのかもしれない。だが、何度も言っていることであるがここでもあえて強調させていただく。俺は、あくまでも凡人なのだ!
俺はたちまち巨大なドクロに押し潰され、哀れなむくろと化してしまった。
意識を失う直前、ドクロがケラケラと俺の無様な姿を嘲笑っているように見えたのは気のせいだったのだろうか……?
「タカシ、いい加減に目を覚ませ。いつまで寝たら気が済むのだ」
どこからともなく、耳障りな声が聞こえてくる。渋々目を開けると、俺は先程と同じように石の絨毯の上に転がっていた。察するに、また強制的に神パワーで復活させられたらしい。
「あのさ、絨毯に血が付いてたって時点で普通、罠とか疑わない? シャンデリアが降ってくるとか、めっちゃベタな奴でしょう? それなのにお前は……はあ」
目覚めたそばからいきなり説教かよ。勇者に道具袋しか授けないクソ神のくせに。
「おい、神。さっきから聞いてりゃ好き勝手言いやがって。そんなに文句があるなら、俺じゃなくて別の勇者連れてこいよ。俺だって好きでこんなことしてるんじゃねえんだぞ。わかってるよな?」
「いやあ、それはできない注文といいますかねえ……ま、そこには触れない方針ということで」
「それってどういう方針だよ! ふざけんな!」
「とにかく、ちょっとでも罠くさいなーと思う時は細心の注意を払うように。神様パワー使うと、結構肩こっちゃうんだから。ほら、神様らしくヒントを与えたんだから頑張るように。以上」
「あっ待てコラっ……聞こえなくなった」
何が神様らしくだよ。世界一神らしくないくせに。
でも、細心の注意を払えっていうのだけは一理あるな。さっきのは、流石に油断し過ぎた。
「よし、今度は細心の注意を払って……」
再びエントランスへと足を運び、周囲の様子に目を配る。
俺をあの世に誘ったシャンデリアの下の絨毯が、何だか赤黒く湿っているように見える。つまり、俺はシャンデリアのせいでこっぱみ……いや、これ以上想像したらちょっとアレだからやめておこう。
「さっきは確か、真ん中を通ったからアウトだったんだよな。つまり、端を通れば大丈夫ってことか」
思えば広々としたエントランスの中央を、堂々と突破しようとしたのがいけなかったんだ。
ここは魔王が住まうダークキャッスル。どんな罠がどこに仕掛けられていてもおかしくないんだよな。
「よし!」
俺は意を決すると、今度は右の壁際を通って歩き始めた。
よし、金縁の扉まではあと少……。
(カチッ)
カチッ? 今変な音がしなかったか?
だが、そう思った時には既に遅かった。
「うおあああ!」
視界に暗い影が差したかと思うと、壁際に立っていた甲冑の一つが、何の前触れもなく倒れてきた。
甲冑は思いの外重く、下敷きになってしまった俺は身動き一つ取れなくなってしまった。
「ぐ……うう……」
しかし、誰がこんなことになることを予測できたというのだろうか。壁際に並んでいた甲冑は左右同じような配置で、どちらを通っても絶対に安全という雰囲気だった。いくら注意を払おうが、こんな初見殺しなんて誰が回避できたというのだ!
ああ、意識がどんどん遠ざかっていく。こんなに苦しいなら、さっきのシャンデリアみたいにあっさり死んだ方がいくらかマシだった……。
その後、また城門の前で自称神からくどくどとムカつく説教を受けるはめになったことは言うまでもない。