第一章 まず城に入れないとか、どういうわけよ?
「しかし、よく見りゃ立派な城だなあ」
俺は目の前にそびえたつ城を前にして、ついついポカンとしてしまう。
辺りに溶け込むような漆黒の城壁が、灰色の空までぐんと伸びている。
俺の正面に見えている重厚な作りの門は、いくら押したり引いたりしようが開きそうにない。
地面には黒く濁った色の石が多く転がっていて、何とも不気味な印象を受ける。
流石は魔王の城と言われるダークキャッスル。その作りや雰囲気は並のものではない。
「そもそも、入れるのか? 仮にも魔王が住んでる城なんだろ」
そんな城が、何の力も持たない凡人の俺みたいな奴にあっさりと侵入を許可するなんて到底思えないんですけど。やっぱり、帰っちゃおうかなあ。
「……いや、ここで帰ったらまたあいつが」
そう、きっとまたあの自称神の声がどこからともなく降り注いで、俺の神経を逆なでするようなことばっかり吐き倒すに違いない。今でも充分ムカついて仕方ないってのに、火に油を注ぐような真似をされたら憤死しかねない。
「やるだけやってみるか」
俺は門の扉に手を伸ばし、その取っ手を握った。そして、駄目元と思いつつも力を込める。
「ぬっ……ぬううっ! くうううーっ!」
やっぱり押そうが引こうが、扉は微動だにしない。案の定と言うべきだろうか、どうやら鍵がかかっているようだ。
「何だよ、この展開。馬鹿じゃねえの」
勇者として呼び出されといて、魔王城の前でいきなり挫折。
城に入れないんじゃあ、やっぱ帰ってもよくね?
「でも、このままじゃあなあ……ん?」
もう一度、城の周辺をよく見てみる。すると、俺は城壁が妙にゴツゴツとした作りなっていることに気がついた。
……もしかしたら、この壁頑張ればよじ登れるんじゃねえのか。
「やるだけやってみるか?」
城壁をよじ登って魔王城に入る勇者なんて前代未聞だが、これしか手段がないなら仕方がない。
幸い俺の運動神経は人並みだ。こうなったら、やるだけやってやる!
「うぬぬぬっ。よいしょっ!」
くぼみになっている部分に手をかけ、ゆっくりとだが城壁を登っていく。
時々足元がぐらついて危なっかしいが、一歩一歩着実に進んでいく。
「……よし!」
どれだけ時間を費やしたのかはよくわからないが、ようやく城壁のてっぺんに辿り着いた。
あとは、城の中庭にでも着地するだけだ……。
「んっ!」
着地点を見定めようと下をのぞき込もうとした時、グラッと身体が揺れた。
「うわわっ!」
そのままバランスを崩した俺は、底の見えない闇へと吸い込まれていった。
そして、頭の中に走馬灯が巡る間もなくして固い地面に叩きつけられてしまった。
「うぐっ……」
まさか、勇者として呼ばれたはずだったのにあっさり転落死することになるなんて。
頭にじっとりと染みる生暖かい感触に絶望感を覚えながら、俺は短い生涯に終止符を打った……はずだった。
「う……」
気がつくと俺は、石の絨毯の上に倒れていた。
最初は地獄にでも落ちたのかなあなどと思っていたのだが、よく見ると目の前には俺の死に場所となったダークキャッスルがそびえたっている。
一体、自分の身に何があったというのだろうか。
「タカシよ、気がついたか」
聞きたくもない声が、空のどこかからか飛んできた。
どうにかして身体を起こすと、さらに話は続いた。
「あのさ、魔王城に入るのに城壁よじ登ろうとして転落死するって、勇者としては大変あるまじきって感じでしょ。いやー神様的にもこんな展開見るの初めてだからびっくりしちゃった。こりゃあまいったねって。ま、勇者にあっさり死なれたらこちらが困るから神様パワーで生き返っていただきましたけれども」
どうやら、俺は自称神のパワーで命拾いしたらしい。
しかし、人間一人を蘇らせる力があるなら、冗談抜きで魔王くらい簡単に退治できんじゃねえのか。
「こっちだって鬼じゃないからできうる限りの協力をするので、お前は勇者としての職務はしっかり、きっちりとこなすように。以上」
俺に文句を言う隙を与えることなく、話は一方的に切り上げられてしまった。
神様よ、だから協力するとかのたまいやがるなら勇者の神器みたいな道具の一つくらいよこしやがれっての。てか、城の扉くらい開けてくれたっていいじゃねえか!
「はあ……」
ズンと俺の正面に佇む、重厚な門を前にして口から溜め息がこぼれる。
城壁をよじのぼるのが正規ルートでないならば、これをどのようにしてこじ開けて侵入すべきだろうか……。
俺は魔王城を前にして、しばらく途方に暮れることになってしまった。