魔王さま、抜いちゃった
――ひと通りの記事を眺めて、彼はつぶやいた。
「終わってんなあ、この世界」
そして、いつもの農作業に戻る。
それでは、前代未聞、魔王が人前で抜いちゃって色々あふれてうっかり昇天四面楚歌事件についてのインタビューを始めたいと思います。
「酷い名前を付けましたねまた」
ご存じの通りそういう出版ですので、うち。
それでは、当時の心境からお聞きしたいのですが。
「ええ、なんといえばいいのでしょうね、あのときの気持ちは。言葉にできない、とはまさにあの瞬間の事をいうのでしょうね」
なるほど。
やはり、そのときはみなさん、同じような反応でしたか?
「そりゃあそうですよ。こういっちゃなんですけれど、あの瞬間ほど悪魔、人間、天使の心が一つになった瞬間はないと思いますよ」
それほどまでに衝撃的な光景だった、と?
「そりゃそうですよ。いやね、確かに前提条件は魔王様も持っていますよ。だけどだからって、あの事態を想定しろっていう方がむりじゃないですか。魔王様だって唖然としていましたよ」
その光景を見た人たちは揃ってそのときの魔王の顔について語りますね。やはり普段から厳しい方なんでしょうか。
「そうですね。規律に関して言えば非常に厳しい方だと。魔王軍を結成した際も、軍規に従えないものは入隊不可、違反をすれば厳罰と言うことを強くおっしゃっていましたから」
そんな悪魔だからこそ、その事態はよけいに想定外だったということでしょうか。
「そうでしょうね。あの方は元々、自分が悪魔と人間のハーフだと言うことを隠さずむしろそれによって受けた迫害を訴え、人間、悪魔の従わない相手を倒していった方ですから、それだけに自分で作り上げた魔王という称号に強い自負を持っていたんです。それだけに、あの結果は……まあ、内心どう思っているのか、今でも私にははかりかねます」
そうですか。どうもありがとうございました。
以上、魔王空軍元帥からのお話でした。
端的に当時の感想を一言で言うとどうなるのでしょう?
「いやあ、やっちゃったな、と」
やっちゃった、と言いますと?
「いえね、元々あれを設置したのってうちの大将なわけじゃない。それがまさか魔王にやられちゃうと、うちとしてもメンツとかいろいろあるのよ」
その割には他のみなさんが静まる中ひとりで大笑いしていた、という情報が入っていますが……。
「え、マジで? 誰がそんなこと言ってるの?」
そちらのいわゆる大将ですね。
「うわあ、ばれちゃってるんだ。どっから漏れたんだろう……」
魔王から、というのが有力な説のようですが。
「あー……そっか。その時の事で大将に直談判にいったからその時だろうなぁ。もー、だからアタシあいつ嫌い。裏でネチネチしてさー」
まあ魔王はその実力もさることながら政治力で領地を広めていった悪魔でもありますからね。
それで話は戻りますが、やはりあの光景はあなた方天使としても想定外だったわけですね?
「まあねー。けどまあ、後から考えてみたら確かに条件は間違っちゃいないのよ」
条件、と言いますと?
「ああごめん、それを言うとコードに引っかかっちゃうから。まあ想定外だけどそれはこっちの想定が甘いのも理由だった、て感じかな」
魔王の様子はどうでしたか?
「あ、それ記録水晶にとってるから見る? ほら、これこれ。もうこの瞬間かちーんって固まって、あのかたっ苦しい顔がこんな間抜け面。超笑えるっしょ」
確かに、前後の顔がまるで別人のようですね。
「もうね、あまりにもおかしかったもんだからこの顔のシャツまで作って今流通に乗せ始めたところなわけよ。結構注文入ってて、一山当てられそうで今から涎とまらんわー」
ははは、これを商機ととらえておられるわけですね。……おや、しかし天使は商いは禁止されていたのでは……?
「いや、あたし半分人間だもん。まあ、だからあいつの相手をするときはたいてい矢面に立たされてたんだけどさ」
それでは、魔王と個人的にもつながりがあるというお話はやはり事実なのですか?
「繋がりって言うかやり合う機会が多かったから必然的にねー。いけすかない堅物だったけど、あのおかげでちょっとは柔らかくなったんじゃない?」
魔王空軍元帥の話では、規律には厳しい方だと言う話でしたが。
「あー、まあそうだね。その辺は人間とか天軍より厳しいんじゃないかなー。けどあの件からわかると思うけど、本人は結構抜けてるとこ多いよ、あれ」
そうなのですか?
「だからあんなうっかりやらかすんじゃない。ま、あのまま進んでたらあいつかあたしかは死んでただろーし、あたしとしてはこの結果はまあ満足かな」
そうですか。ありがとうございます。
以上、天軍特殊部隊員からのお話でした。
あの後もっとも忙しくなった人物なのではないか、とちまたでは話題になっていますが、そのへんどうお考えですか?
「本当にそうなんじゃないか、と真剣に考えています……。悪魔も天使もちょっと感情に素直すぎるイキモノなので、話をまとめるのが大変なんですよ。よく国の形態を維持できてますよね彼ら」
さらりと国際問題に発展しそうな発言が聞こえましたが、ひとまずそこはスルーさせてもらいます。
さて、当時の状況をお聞きしたいのですが、貴女からみてあの時の様子はどのようなものでしたか?
「極限まで張りつめていた緊張感という風船から一気に空気が抜けていったようでした。ただ、なんとなく嫌な予感は感じていましたけれど」
嫌な予感、といいますと?
「……ああ、面倒くさくなるんだろうなあ……って」
そして事実そうなったわけですね?
「ええ。なんかもう、あのまま自分の心臓でも貫いてくれればよかったのにと真剣に思いますよ。あの後魔王軍も天軍も変なテンションのまま帰っていくし、こっちは膨らませすぎた軍予算の縮小とかいろいろ面倒くさいことになるし、上げた税率戻さないといけなかったり本当……その上魔王は引きこもるし天使たちは相変わらず変なテンションだし」
先ほどから毒をはきますねえ。しかし魔王が引きこもりというのは? 頻繁に表に出てきてあの事件に対しての対応をいていたと思うのですが……。
「あれ影武者ですよ」
……あの、それ、結構重大な事実……。
「人前で抜いちゃって恥ずかしくて出てこれないからって、割と最近まで引きこもってたんですよ。私もしつこく働きかけて、ようやく出てきたらまたあのクソ天使、出てきた魔王を見た瞬間……」
笑ったんですか。
「いえ、笑いませんでした。ただ、全身小刻みに震えて口を押さえて顔を逸らしていました。いっそ笑えって思いましたね。気を使ってるのかわざとなのかなんなんでしょうね彼女。会いたくて震えるならまだしも」
それでまた引きこもりかけたんですか?
「何とか思いとどまらせましたけれど。影武者の方を通して諸々を進めるにしても限界がありましたので」
徹底して実務優先のお答えをありがとうございます。
以上、人類連合軍総指令のお話でした。
端的に、その時の気持ちをお聞きしたいのですが。
「もうな、勘弁してくれってな。そんだけだったわ」
他のみなさんからも聞きましたが、やはり状況は最悪だったと。
「赤っ恥ってなあんなのを言うんだろうな……いやもう、本当、思い出したくねえんだけどこの取材つづけんの? やめようぜ?」
でもほら、あの人とかあの人とかあの人とか、もう取材してくれましたよ。
「……あいつら余計なこと言ってないか? 言ったんだろうなぁ」
魔王様が実は結構最近まで影武者だったとか。恥ずかしくて。
「あー! あいつそんなこと言っちゃうんだ!! ほらもう人間ってこれだから嫌なんだよすぐ裏切るんだもんなー!!」
それと映像も残されてました。こんなん。
「ドアップじゃねえか何考えてんだよあいつ頭おかしいんじゃねえの……頭おかしいんじゃねえの!? あのゲス天使は本当一度死んだほうがいいだろコレ!!」
魔王様落ち着いてください。映像はすでに円盤型記録水晶に複製されて販売ルートに乗っています。シャツとセットで銅貨五枚です。
「安っ! 俺の醜態安っ!! リンゴ半分かよ!!」
王都だと残念ながら四分の一個のお値段となります。
「だから人間も天使も嫌いなんだよなー!! ちったあマシな領土寄越しやがれ!!」
まあその戦争も先の事件でうやむやになってしまったわけですが……ところで、そちらにかけてあるのがもしや?
「ああ、うん……聖剣」
ははあなるほど。確かに剣のことなど門外漢ですが、すばらしいものだということだけは理解できます。まさしく名剣ですね。
「本当、いい剣なんだけどなあ……なんでこれ抜いちゃったんだろうなあ、俺……」
抜いちゃったときに色々出てきたという話ですが。白いものとか。
「聖霊極光な。相変わらずテメェんとこは誤解曲解を招くような表現が好きだな」
ご存じでしょうそれは。話題を恣意的に抽出する他社よりはマシかと自負しておりますが。
「メディアが自分らを比較論で語ってどうすんだよ……どっちもどっちだ……」
軽い絶望の表情をいただいたところで、実際聖剣というものはどのようなものなのでしょうか。大変失礼ですが、てっきり魔王様を討つ為のものだと考えていたのですが。
「いや、俺もそう思ってたんだけどどうも秩序装置とその権限の証明みたいなもんらしくてな。簡単に言うと世界の安定のための力を与えるもんらしい。創造神の奴が力の原型を与えて、その条件設定を天使どもがやったんだが、あいつらポカしやがってな」
ほうほう、ポカですか。
そのあたりの事情は彼女からは聞くことができなかったのですが。
「あー、まあな。人工的に適合者作られても面倒だしな。とりあえず条件の一つに悪魔も天使も抜けないってのがあったんだよ」
天使が作ったものなので悪魔が抜けない、というのは理解できますが、天使もですか?
「いっちゃなんだが、悪魔も天使も、ほら。ある意味バカだろ」
とても同意し辛い意見とだけお答えさせていただきます。
「否定しなかった時点でもうあれだけどな。まあ、そういう面倒に一番向いてるのが人間だろってあいつら放り投げちゃったわけだ。はははだから俺あいつら嫌いなんだよ……」
それで、悪魔も天使も抜けないと。
つまり、魔王様はハーフだから抜けたという事でしょうか?
「それだけじゃねえけどな。まあ、そこが抜け道の一つになっちまったらしい。おかげですっげえ恥ずかしい目に遭った……」
さんざんバカにしてたらしいですね、聖剣。
「最大の脅威なんだから扱き下ろすだろそりゃ。はははてめえらこんなもんに頼りやがってバカめつって適当に引き抜いたらあれだぞ。すぽんって抜けるんだぞ。冗談かと思って抜き差し繰り返したわ」
その映像がこちらですね。
「あのバカ半天使はいったいどんだけ映像を残してんだ、ああ!?」
こちらの映像は銅貨十五枚です。どちらも売上はダブルミリオン達成、各種音楽に乗せて有名演出家がこぞって映像をつぎはぎ編集し劇場公開、大好評で上映期間延長だそうです。
「あいつは殺す……一度絶対殺す……」
怒りに震えているところ申し訳ないのですが、先ほどから膝の上で寝ているそのかわいらしい少女は魔王様の情婦でしょうか? 見たところ五、六歳と言った感じですが。
「ねえ、おまえも馬鹿なの? 自分で言ってておかしいとおもわんのか?」
いえ、魔王様ならアリかと。
「ねえよ馬鹿! これがさっき言った、権限の証明ってやつだ。こいつが俺になついてる限りはこの世界の秩序制定の大きな権限を持ってる証になるんだとよ」
ほう、なるほど。聖剣の守護者のようなものでしょうか。
「つうか次代の創造神らしい。さっき創造神のやつがきておいてった。あいつも馬鹿だ」
……さらりとすさまじい事を言われた気がしますねぇ……。
「言っとくが一番ビビったのは間違いなく俺だから」
それはそうなのでしょうが。
つまり、創造神に世界の先導を許されたもの、という訳ですね。敵対者は聖剣により排除する事ができる、と。
「うーん……それもな、微妙なんだよなあ……」
おや、違うのですか?
「ああ。なんつうか、聖剣を持ったり使ったりはできるんだが、その力を発揮しようとすると力が抜けるというか。創造神いわく半分悪魔だかららしいが」
ほほう。つまり伝説にあるような無茶な力は使えないと。
「そうなるな。ちなみに伝説の力はぶっちゃけかなり控えめに伝えられてんぞあれ。持ったらその力が把握できたんだが、まあ、なんだ。こんなもんに喧嘩売らずに済んだのだけはよかったわ、本当」
なんだか嫌な情報ばかりが出てきますね。
しかし、聖剣の力をおそれて黙っている勢力があると言う話は有名ですが、そんな大事なことばらしてよかったんですか?
「そうだな、おまえんとこは平気で紙面に出しちゃうよな! ……まあ一応その辺は創造神に聞いてるから大丈夫だよ……」
と、言う割には困惑の表情を浮かべておられますが。
「よくわかんねえ話ではあるな。なんでも、俺が半分悪魔だからそれを補えるよう、人間とか半悪魔とか半天使とか、とにかくそういうのの中に適合者がいるからそいつ捜せだと。七面倒くさい事をやるよな、あいつも」
……ええと、それは……つまり、そう言うことなのでしょうか。
「あん? そう言うことも何も、とにかく探せって話だろ。とりあえず、コイツがある程度反応するらしいから、またぞろ面倒だが色々手をうたにゃな」
はあ……ええ、なんとなく話はわかりました。
それでは、ありがとうございました。
以上、魔王様のお話でした。
まさかこんな事になるとは、これも記者冥利につきる、と言うことでしょうか。まさか創造神のインタビューをする日が来るとは。
「やー、見てたらおもしろそうだからついね。それにほら、聞きたいことがあるんじゃないの?」
ええ、まあ一応。
「おっけー。じゃあ何でも聞いちゃってね!」
まず質問なのですが、魔王様が聖剣の適合者に選ばれたのは……。
「うん、私の趣味」
おっとのっけから豪速球ですよ。このまま最後までいっていいのか不安になりますね。
しかし、趣味とは?
「ちっちゃい頃から頑張りやさんだし悪っぽい雰囲気だすのに無理してるのがかわいいし、顔も好みだしね」
わあい俗ぅ。
「ちゃんと聖剣を持つにふさわしい存在であることは確かよ? 姿を変えてはちょくちょくお話に言って、道を踏み外さないようにもしてたしね」
かわいく言ってますけど、何年越しの計画を立ててたわけですよね。わりとえげつない神様に管理されてませんか、この世界。
「なによう、自分の娘を託す相手くらいちゃんとしたの選びたいじゃない」
娘と言いますと、先日魔王様に預けられたという?
「そ、あの娘。魔王とその伴侶の影響をもろに受けるでしょうから、ちゃんと育ててもらえる相手じゃないと、次世代の世界が混沌としちゃうからね。実際、聖剣ってそういう親探しの役割もあるのよ」
次々と新しい事実が出てきて恐ろしい限りです。
「とかいいつつその笑顔。あなたすごく楽しいでしょ?」
正直こういうヤバい話題ちょうだい好きっす。特に偉い人たちがてんやわんやするのを舞台下から見て笑うのは最高ですね。
「そういう貴女ならあの剣の制約もわかるんじゃない?」
ああ、やっぱりそう言うことですか。
「そ。魔王が聖剣の力を発揮できないのは、それに見合う伴侶を見つけさせるためでしたー。魔王は気づいてないみたいだけど。私好みに育てすぎて、ちょっとほかの女遠ざけてたら女っ気がなくなって困っちゃってたのよねー」
ははは完全に最近流行の萌え書物の展開ですね。しかしいいのですか? せっかく育てた魔王なのに。
「育てたっていうか育ったっていうか。思ったよりいい男になっちゃったし、私が独占してもねえ。それに、もう二人の子供はああしてできちゃったわけだし、私はいつでも彼の傍にいられるし?」
ある程度満足は得ている、と。
「ふふん。彼の一番の相手は私。これはもはや変わらぬ事実なのよ。……や、マジでね、あっちは気づいてないと思うけどぶっちゃけこっそりね」
ほほう、こういうのも何ですがあなた早く退陣して世代交代した方がいいですよ。正直あなたがこの世界を管理してるんだと思うとすっごく気持ちがげんなりしてきました。
「とか言いつつ笑ってるのは?」
超楽しいです。
「一応神としては最後の大仕事のつもりだから、目一杯楽しんでもらえると管理者としては願ったりね」
楽しい、ですか。しかし魔王の挙兵から今まで、少なくない数の死者がそれぞれ出ておりますが。
「そうね。でもそうしないと、と思ったのは魔王自身で、そうさせたのはこの世界で、それに流されたのはあなた達。いくら神でも――ううん、神だからこそ、あなた達の意志にまでは手を出せないし口も出さない。そういうものよ。だから別に恨みを捨てろとか流れに従え、なんて事も言わないわ。好きにしなさい。それが正しかろうが間違いだろうが、失うよりはずっといいでしょうから」
創造神のお言葉として部屋に飾らせてもらいます。
「まあ、最後にまともな事言っとかないと、明日から教会に誰も来なくなりそうだし?」
はははもう手遅れですけどね。
ということで、魔王が聖剣を抜いたことについて、それぞれの重要な人物の言葉をまとめさせて頂きました。
我が社はこれからも、真実を明け透けに、偉い人たちのあること全部おひさまの下にさらけだせ、をモットーに続けて参りますので、どうぞご愛顧を。