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ここは人類最前線

隣は人類最前線 ~まぁちゃんの可愛い従妹~

作者: 小林晴幸

これは「ここは人類最前線」に出てくるまぁちゃんの子供の頃のお話です。

これだけ読むと分からない部分、意味不明な部分もあるかもしれません。

分かんないよ! と言う方は前作を参照して下さると有難いです。

 ここは魔王城。

 天までつくほど鋭い尖塔に、黒い外壁はあからさまにソレっぽい。

 俺ん家だ。

 

 ここに住んでいるのは勿論、魔族ばっかり。

 そして俺も魔族だ。

 ただし、半分だけ。

 俺の半分、片親は人間だから。

 その為か俺は人間みたいな外見をしている。

 でも才能って恐ろしいな。

 俺、外見は人間っぽいけど、とっても強いんだ。

 魔族としての能力も、魔力も身体能力も。

 親以外、俺に敵うヤツなんて何処にもいない。

 魔族の方の片親が、とんでもない猛者だったせいかね。

 まあ、魔王なんだけど。


 何れは現魔王の能力も超えるだろうと言われる俺は、魔王子って呼ばれてる。

 付いた渾名はまぁちゃんだ。

 付けたのはお隣に住む従妹なんだけど。

 ついでに言うと、俺をそう呼ぶのもお隣の村人さん達ぐらいだけどな。

 でも結構気に入ってる。

 なんか親しみ持てるし、可愛い感じだし。

 だから皆、まぁちゃんって呼べよ! と、魔族の仲間にも言ってみる。

 だけど誰も呼んでくんないんだよなぁ…

 こんなに可愛いのに。


 

 さて、俺達のおうちは魔王城。

 言うまでもなく魔族の本拠地な訳だが…

 その敷地のお隣さんには、何故か人間の村がある。

 超牧歌的で平和なことこの上ない、人間の村。

 魔王城の正門から歩いて5分。

 門や道を気にせず、真っ直ぐ城壁を越えていけば歩いて3分の至近距離。

 人間の拠点で、最も魔族の領域に食い込んだ村。いや、食い込みすぎだから。

 …ちょっと、度胸ありすぎなんじゃねぇか? この村の住民とか、さ。

 隣、魔王城だぞ? 魔族の本拠地だぞ?

 魔族の中にはこの村を首都か城下町だと勘違いしている奴すらいるという。

 聞くところによると、他の土地からこの村に付けられた異名は「人類最前線」。

 言い得て妙だと思った。


 人間の村なのに、なんで魔王城の隣にあるのかは人生最大の謎だ。

 聞いたところ、世界七大不思議にも数えられているという。

 他の六つが何なのか、盛大に気になるところだと思った。


 俺にまぁちゃんという呼び名を付けてくれた従妹は、この村に住む子供の一人だ。

 具体的に言うと、村長の娘。つまりは人間。

 だけどそんな種族の違いなど、気にする者はこの近辺にはいない。

 俺の従妹と言ったら、従妹。実際に血縁である以上、事実は覆らない。

 例え人間でも、それは尊重されて然るべき事実と扱われている。

 そして人間であること以上に、この従妹は得難い存在だと思うから。

 まだ、たったの五歳だけど。

 我が従妹殿リアンカちゃんは、俺にとってこの世で一番侮れない相手だった。



 そもそも、俺は年下の従妹であるリアンカに頭が上がらない。

 リアンカ本人は知らないけどな。

 だけど本人が知らないとしても、俺には小さな罪悪感というか…負い目があった。

 まあ、普段一緒に泥だらけになって遊んでいる時は忘れてるんだけどな。

 それでもふとした時に思い出し、俺は呻きたくなる。

 それというのも、俺が持って生まれた魔族としての特性に問題があった。


 魔族は当然ながら、人間とは違うわけで。

 生態や性質や、色々と違う部分はあるけれど。

 解りやすく言うなら、魔族は魔の者だ。

 生まれつき、人間とは違って魔性を身に宿している。

 それが他者に影響を及ぼす分かりやすい特質を、「状態異常付与」と呼ぶ。


 今現在、状態異常と呼ばれる「異常」は8種類確認されている。

 熱毒・麻痺・石化・眠り・魅了・混乱・鈍化・暗闇の8種類だ。

 魔物や魔獣といった害獣にも持っている種は多い。

 魔族は全員というわけではないけれど、確率として3人に1人は生まれ持っている。

 どんな能力を、どの程度の強さで生まれ持つかは個人で違うけれど。

 俺は………魔王の血の為せるわざか?

 俺は何故か、生まれつき8種類全ての状態異常付与能力を、レベルMAXで持っていて。

 何この要らない能力。めちゃくちゃ生きづれぇ…。

 妹のせっちゃんだって、持ってるのはせいぜい3つか4つだってのに。

 物凄く、うんざりする神様からのプレゼントに、俺は散々な目に遭わされてきた。


 状態異常の付与は、大体に置いて目が合うことを条件に発動する。

 当然ながら、誰かと目が合う度に被害を出していたらまともな生活は望めない。

 だから能力を生まれ持った者は必要に迫られて制御を覚える。

 制御ができないヤツは、能力抑制のアクセサリを着けるよう義務づけられる。

 だけどまあ、何事にも例外はあるし。

 この場合、その例外が俺だ。

 だって俺は、魔王の息子。次の魔王と目されている。

 つまり、まあ…魔族の王になろうという者が、道具に頼るのはけしからん、ということで。

 別に王族に生まれたのは俺のせいじゃねぇけど、王族に生まれたからこその能力で。

 俺はどうあっても自力で制御できる様になれと、厳しいことを言われていた。

 おいおい。お子様相手にそれって無情じゃねーの?

 容赦のない教育方針に、俺は振り回されることになった。


 …以上のことを踏まえて、俺は従妹に関する話を一つしようと思う。


 あれは、リアンカが生まれてから1年が経った頃。

 従妹との初体面を許された俺は、舞い上がって思いっきりはしゃいでいた。

 生まれたばかりの赤ん坊は色々な意味で脆いからと、ずっと会うのを許されずにいたんだ。

 初めて見る赤ん坊という生き物に、俺の好奇心は会う前から尽きなかった。


「あらあら、エディークにマルジュエーラ、バト君もいらっしゃい」


 そう言ってニコニコと迎え入れてくれるのは、村長夫人。つまり俺の伯母さん。

 ちなみにバトってのは、当時の俺の愛称だ。この頃は名前に由来する愛称で呼ばれてた。

「おじゃまします」

 俺はぺこりと頭を下げると、両親に促されて村長宅へと足を踏み入れた。

 途端、聞こえてくるのは…あれ、誰の声だ?

 記憶にあるはずの声。だけど俺の記憶とは微妙に異なる…べろべろに、甘い声。

「りった~ん? パパでちゅよ~」

 猫なで声と言っても良いそれは、知っているはずなのに、俺の印象と違いすぎて。

 実際に目にするまで、本気で誰の声が分かんなかった。

「お、おじさん…?」

 愕然としたね。

 五歳と、俺はまだちっちゃいガキだったけどさ。

 それでも脳裏に記憶した威厳溢れる村長…伯父の普段との、あまりの違いに。

 俺の背を押しながら、俺の両親も全力で脱力していた。

 口が、苦笑を形作っている。

 茫然自失としている俺の目の前には、愛しい一人娘に骨抜きにされた伯父がいた。

「だ、誰…!? おれの知ってるおじさんじゃないっ」

 あまりの変貌振りに本気で恐怖を感じて。

 涙目で怯える俺に、視線を感じた伯父が振り返る。

 慌てて取り繕っても、もう遅い。 

 目撃してしまった嫌な現実に、俺が伯父に寄せていたイメージが瓦解していく。

 後で聞いたけど、一応知人の前とか、外では威厳を維持しているらしい。

 でも家の中、愛娘の眠る揺りかごを前に油断すると、一気に馬鹿親に変貌するそうだ。

 初子にやに下がる親の顔って無情だと思った。普段が、普段なだけに。

 厳しくも優しく、威厳溢れる村長さん。

 図らずも見てしまった、その舞台裏は、俺の記憶の底に封じられることになった。

 でもさ、伯父さん。

 咳払い一つで気を取り直そうとしても、子供ってそれだけで誤魔化されちゃくれないからな?

 微かに気まずそうにしつつも、普段の威厳を纏った伯父に、俺は疑惑の眼差しを向けていた。

「ほ、ほらリアンカ? バトおにいちゃんが来てくれたぞ」

 そう言って、誤魔化そうと伯父さんは我が子を楯に…じゃないか。

 俺の意識を他に逸らそうと、伯父さんはちっちゃな我が子を両手で支え、かごから取り出す。

 そして直接俺と視線が合う様、向き合う形で突きつけてきた。


「………」

「………」

 

「バト君? バトくーん?」

 母がパタパタと、俺の眼前で手を振った。

 だけどごめんな、母さん。

 俺いま、それどころじゃないんだ。


「……………」

「……………」


 なんで赤ん坊って、何かに視線をやると一点集中、見つめてくるんだろうな?

 そんでもって、凝視されたらなんで視線って外せなくなるんだろうな?

 特にこの時、俺は赤ん坊に凝視されて、奇妙なくらい視線を外しがたくて。

 なんだこの抗いがたさ。魔力か。魔力なのか。

 心の中で赤児相手に冷や汗全開だらだら流しながら。

 俺とリアンカは見つめ合ったまま硬直していた。

 そしてこの時。

 俺の頭からは諸々のショックでスコーンッと重要なことが抜けてた訳だ。

 俺の瞳に生来封じられた、対象に害をもたらす魔力…とかな。


「リアンカっ? リアンカああぁぁっ!?」


 大騒ぎになった。





 

 ぐったりしたリアンカを抱え、涙目になっている俺。

 大人が数人寄り集まっても余裕のある室内。

 どこを見るなとも強制できない赤児相手に、一番視線の合わない位置を考慮した結果だ。

 少しの可能性も排除して、一番安全な場所が俺の腕の中とか。なんて皮肉な。


 意図せずしかけちゃった状態異常は、うちの親が早々に解除して、介抱してくれた。

 初期治療が早かったので、殆ど影響は無いというのが、親の見立てだ。

 そこらへん、魔王なんて大仰な肩書き背負ってんだから見立ては確かだ。

 勿論、魔法の影響に対する治療の腕も確かだし、対処の仕方も心得てるさ。

 何しろ俺が生まれたばっかの頃、我が子相手に状態異常にほいほいかかってた、自分の伴侶を毎回治療してたらしーからな。って、これも俺のせいか。毎度すんません。


 愛娘に対する、俺の仕打ち。

 子供だから、わざとじゃないからと言っても、激怒されて仕方ない。

 だけど初回だと言うこともあり、この事態をある程度予想もしてたとのことで。

 俺は自分で想像するよりずっと優しい扱いを受けた。

 叱られなかったんだ。

 苦笑の顔で、伯父も伯母も仕方ないって。

 でも、次からは気をつけてくれって。

 そんで早く制御の仕方を覚えろって激励されたんだ。

 ちっちゃくてか弱い従妹相手に、とんでもないことしちゃったって自覚あるから。

 俺はむしろ叱ってくれた方が楽だって、唇噛み締めて涙を呑んだ。

 叱られてないのに泣くのはおかしいって、母さんに笑われたからさ。

 だから俺は涙は我慢した。

 でも胸の内で渦巻く、複雑な感情があって。

 それを堪えるのが難しくって。

 俺は縋るものが欲しかったけど、手の中には赤ん坊。

 本当は父さんか母さんかにしがみつきたかったけど。

 それができないから、俺は手近な…腕の中の赤ん坊を加減しつつもぎゅっと抱きしめた。

 抱きしめて、自分の中のナニかを必死に堪えたよ。

 泣いて感情の発露ができないってのが辛いんだって、この時初めて知ったんだ。


 …と、そんな感じで俺とリアンカの初顔合わせは中々衝撃的に終わった。

 俺(サイド)の話でな? リアンカは当然だがなんっも覚えちゃいねぇ。

 むしろ覚えてたら怖ぇけどな。

 

 まだまだちっちゃくって弱くて、誰かが守んなきゃいけねぇのに。

 なのにそんな従妹を酷い目に遭わせたことが、俺は辛くて、気にかかって、心配で。

 何かとあっちゃ小さな従妹のことが気になる様になった。

 そんでガキってのは、なんか気になることがあるとそれしか見えなくなるんだ。

 自覚ある。

 あの頃、俺は傷つけたばかりの従妹のことばかり気になっていた。

 俺が酷い目に遭わせたせいで、辛い目に遭ってないかってな。

 実際、あの初顔合わせの後、身体にかかった負荷のせいで高熱を出したって聞いたし。

 そんなことを聞いちゃ、気になるなって方が無理だろ?

 俺は時間を作っては従妹の顔をこっそり見る為、隣の村に足を向ける様になっていた。


 最初の頃は、遠慮してた。

 またあんな事になるんじゃないかって、怖かったんだ。

 だからさ、俺は最初はこっそりしてたんだよ。

 従妹の顔を見るにしても、窓からとか、木陰からとか、こっそりな。

 今思うと何ともストーカーくせぇけど。

 でも顔を見て、元気そうならそれで満足できる気がしてたんだ。

 …近寄ったら、また酷い目に遭わせるって、思ったんだ。


 だけどなんでかなぁ?

 アイツ、リアンカ、滅茶苦茶目敏いんだよ。

 なんでコレで気付く!? って、俺がビックリだよ。

 今まで誰にも気付かれなかった死角に潜ろうと、魔法を駆使しようと。

 それでもなんでか気付かれちまう。

 もしかしたら気付いて無くても、何となく目を向けただけだったのかも知れない。

 でも絶対に、リアンカの勘は並はずれて鋭かったと思う。

 とんでもなく、不幸なことに、な。


 弁解するけど、俺は全然望んじゃいなかった。

 目が合うことも、見つかることも。

 そんで結果的に、従妹に状態異常かけちゃうことも。

 本当に、全然望んでなかったのに。

 何でか毎回、そんなことに。


 ナニが引っかかるかは、ランダムだったけど。

 時にリアンカは幼い身ながら毒による高熱を出し、醒めない眠りに落ち、麻痺に硬直した。

 ここまでくると、わざとかってくらいに。

 赤ん坊の身体にとんでもない負担がかかって、そんで毎回とんでもないことに。

 状態異常が発動する度に、俺は物陰から飛び出て即座に状態異常を解除して手当てした。

 だけどふにゃふにゃ柔くて脆い赤児の身体は、負担にとっても弱くて。

 毎回、リアンカは夜になると酷い高熱を出した。

 その話を後で聞いて、俺は更に気になる様になる。

 毎回、ほとぼりが冷めた頃に様子を見に行きたくなる。

 前に会った時、熱を出させちゃったけど…元気になったかな?って。

 止めようと毎回思うけど、ふと気になった時には身体が動き出していて。

 気付いたら見守れる位置取りしてたってのが何度もあった。

 懲りなさすぎだろ、俺…。

 だけど小さい俺は、小さな従妹が心配で居ても立ってもいられなかったんだ。

 その原因が、自分だって分かっていたから、余計に。

 それが更なる墓穴を招いていたけど、俺は我慢ができなかった。


 そうこうする内に、最初は温和な空気で許してくれていた伯父夫婦がキレた。

 まあ、何度も何度も毎回毎回、同じパターンで愛娘を害されちゃ当然だけどな。

 俺の両親からもこっぴどく叱って良いって許可をわざわざ貰ってきてさ。

 子供のすることだからって許せる限度を超えちまったらしい。

 それから俺は、リアンカを状態異常にする度、酷いお叱りを受ける様になった。

 心の負担的にはそっちが楽だったけど、それでもきついことに代わりはない。

 うん、辛かった。

 まず伯母さんに酷く尻をぶたれる。それも立てなくなるくらい。

 それから伯父さんのお得意、お説教タイム。正座で4時間…って、鬼か。

 伯父さんのお説教は、結構心にクる。ぐしぐし刺さる。

 決して感情を荒げず、正論で突き詰めて悪かった部分を追求してくるタイプのお説教だ。

 俺は村中で悪ガキ共に恐れられる、伯父さんの本気を誰より思い知ることになった。


 その時には、リアンカに初めて会ってから1年が過ぎていた。



 2歳になったリアンカは、おしゃべりさんだ。

 まだまだ足下は危ういし、他にも色々危なっかしいけど。

 (俺のせいで)頻繁に熱を出していた割には丈夫に、元気に明るく育ってた。

 そんでとっとことっとこ、俺の後をついてくんだ。

 何故か。本当に、何故か。

 何故か俺は、この小さな従妹に懐かれる様になっていた。

 なんでだ。

 

 我ながら、酷い従兄だと思うぜ?

 毎回毎回謎の症状を自分に引き起こし、高熱を誘発させる相手だぞ?

 どんなにちっちゃくても、俺にあった直後におかしくなるって分かってるだろ?

 なのになんで懐くかなぁ…。

 謎すぎることに、リアンカの俺への謎の懐きっぷりは疑いようもなく。

 別にリアンカに会おうと思ってない時も、別の用で村に来た時も。

 その鋭すぎる勘で、遠目に俺の存在に気付いては、よちよち寄ってくる。

 むしろ追ってくる。

 しかも我慢強い上に根性あってさ。

 頑固なのかな? 俺が身を隠しても、リアンカの行けない場所に行っても、諦めないんだ。

 諦めないで、じっと俺が来るのを待ち続けるんだ。

 俺から瞳を逸らさないままに。

 そんで毎回、あっと思った時には遅いのがパターンで。


 リアンカが2歳になって、変わったことが二つ。

 俺が隠れなくなったこと(何故なら隠れても無駄だから)。

 リアンカが俺を追ってくる様になったこと(それはもう、しつこいくらいに)。


 だけど相変わらず、鉄板の様に毎回お馴染みの恒例パターンは変わらず。

 俺とリアンカが会う → 目が合う → 俺が慌てて治療する

  … → その夜、リアンカが高熱にうなされる

 常習化した一連の流れは、不本意ながら変わらないままだった。 


 リアンカが状態異常で寝込む都度、俺は伯父夫婦の制裁を受ける。

 それが嫌だから、俺は一所懸命状態異常を制御できる様になろうと努力したさ。

 それでも直ぐには制御なんてできるわけもなくて。

 それもこれも、俺の能力レベルが無駄に高いせいで。

 …もちょっと、平凡に産んでも良かったんだぞ、母さん。

 人のせいにしても虚しいだけか。

 俺はリアンカに辛い目を味合わせるのも嫌だったけど、叱られるのも嫌で。

 それでも会いに行かないという選択肢もないわけで。

 眼鏡を付けたり、直接目を合わせない工夫もしたけどさ。

 それでも何でか、毎回目が合っちまう。

 その度に慌てて治療して、完璧に証拠隠滅しても、何故か伯父夫婦にばれる。

 そして毎回、お説教。あ、ここまでがパターンか。パターンなのか。



 2歳になって、気付けば格段に活動範囲の広がっていたリアンカ。

 正直、こんなちっこいのに一人歩きとか冗談かと思ったけど。

 村のどこにいても、そこが村の中ならリアンカは出没する様になった。

 …まあ、この村の中で問題起こす馬鹿は、そうそういないけどさ。

 村全体での見守り体勢ってのかな。

 そこかしこにいる村人が、微笑ましげな顔で俺達を見てた。

 

 リアンカは相変わらず、俺を見つけたら寄ってきて、遊んで欲しそうに手を伸ばす。

「まぁちゃ、まぁちゃ!」

 いつの間にか、俺のことを自分オリジナルの呼び名で呼ぶ様になっていて。

 ちなみになんで「まぁちゃん」かは、相手が幼いだけに聞き出せず、未だ謎だ。

 最初はそれが自分のことだなんて気付かなかったけどさ。

 気付いてからは一所懸命呼びかけて、ぎゅうと抱きついてくる小さい従妹が。

 その、なんつーんかな………今更だけど、可愛くて仕方なくなってた。

 いや、それまでも可愛いって思ってたのかもしんないけどな。

 それよりも先に申し訳ねぇとか、ハラハラ心配するとか、そんな感情が先立ってた。

 それが自分を明確に名指しして呼びかけてくる健気さに気付いちまうとさー…。

 もう、駄目だった。

 うん、べろべろに甘やかしたくなる伯父さんの気持ち、分かったわ。


「まぁちゃ~! あしょぼっ」

「リアンカッ 足にしがみつかれると歩けねぇから!」

「まぁちゃあ だっこして!」

「待て! ズボン下がる! ズボン下がるって!」

「だっこー!」

「止めて! こんな往来の真ん中で、俺の下半身さらし者にしようとすんな!」

「だっこ…だめぇ? ねぇ だっこぉ…」

「分かった! 分かったから!!」


 …うん。一度可愛くなると、何されても可愛いわ。

 下半身さらし者だけは、何が何でも死守したがな!!




 リアンカが俺を慕い、追ってくる様になって。

 懐かれて俺も満更じゃないから、むしろ望むところだったし?

 うっかり可愛い従妹に絆され、何だかんだと遊んだり、状態異常にしちゃったり。

 反省したり、我が身を振り返ったり、猛省したり、証拠隠滅に走ったり。

 そんでもばれて、折檻くらったり。

 そうこうしているうちに、更に1年が過ぎた。

 俺は7歳。

 リアンカは3歳になっていた。


 いつの間にか逃げ隠れせず、俺は直接リアンカに会いに行く様になっていた。

 その方が俺もリアンカも、消耗が少ないって気付いたからだろーな。

 俺は隠れるのに気を張るにも疲れてたし、リアンカは俺を捜して走り回るし。

 そんで疲れ果てるくらいなら、最初から一緒に遊んで疲れる方が良い。

 そんな判断。OK、子供はそれで良い。遊ぶことに全力で何が悪い?

 はっきり言えば、俺は開き直っていた。


 丁度、魔王城では俺の妹が1歳になる頃。

 手のかかる赤ん坊の世話で、両親はあたふたしてたし。

 俺がいればそれだけで使用人にだって気を遣わせる。

 だから俺は、お子様らしく外に遊びに行くのだ!

 …という大義名分掲げて、その日も勉強をサボってた。

 妹にも興味はあったけど、リアンカとのこともあったし。

 あの初顔合わせは、幼心に中々のトラウマに醸造されていたし。

 ちっちゃくて自力では移動もままならない妹と向き合うのが怖かった。

 もしかしたらリアンカと初顔合わせの時と、同じ目に遭わせるんじゃないかって。

 俺には妹に向き合う勇気が足りなかった。


 元々抵抗力の無かったリアンカ。

 最近は段々慣れてきたのか、状態異常にかかっても症状は一つか二つ。

 それも最初に比べれば、未だ軽め。

 最初の一回は酷かった。本当に酷かった。

 無垢で抵抗力のない赤ん坊は、最高深度で全状態異常(・・・・・)の症状が出たんだ。

 あの時は本気で、リアンカが死ぬんじゃないかと思った。

 ショックで1週間寝込んだって聞いても、納得しないではいられないくらいに。


 そんな過去の酷い思い出があるから。

 俺は妹が生まれて以来、1年が経つのにまともに顔も合わせていない。

 小さくて弱いイキモノは、儚げに見えて苦手だ。どうして良いか分からなくなる。


 だけどリアンカなら。

 どんな酷い目に何度遭ってもへこたれない、図太く強いリアンカの相手は気が楽だった。

 俺は相変わらず、懲りるとか学習とか、その辺の言葉に対する実行力が足りない。

 せめて状態異常付与の能力が制御できる様になればと思うけれど。

 そうなればリアンカも辛い思いをしなくなるし、妹にも会いに行ける。

 少なくとも、弱いイキモノを無為に殺すことはないって、自信を持てる。

 俺だって、何だかんだで本当は妹に会いに行きたい。

 一緒に遊べる様になりたい。

 だってリアンカが可愛いから。

 小さくてか弱くて、でも可愛いイキモノ。

 妹も、こんなかなって想像は、嫌でも膨らむ。

 リアンカを可愛く思えば思うほど、妹ともこう接したいって思いが強くなる。

 俺は「良いお兄ちゃん」になりたくて。

 小さい従妹と妹を守れる様なお兄ちゃんになりたくて。

 でもその為には、そもそも俺が傷つけてたら話にならない。

 俺は、必死だった。

 本気で必死だった。

 がむしゃらに、死に物狂いで。

 誰にもそうとは知られないまま、自分の能力を制御できる様に血を吐く様な努力をしていた。


 リアンカに出会って、2年が経つ。

 その間ずっと自分の能力を制御しようと努力したけれど…

 2年が経つのに、俺は未だ自分の能力を制御できずにいた。


 いつまで経っても、進歩のない俺。

 傍目にはそうは見えなかっただろうけれど。

 俺は小さな身体に重すぎるほど、自分の能力に対する不安と悩みを抱え込んでいた。



 その日は唐突に訪れた。

 俺はいつもの如く、リアンカと一緒に遊ぶ気で。

「リアンカ!」

「まぁちゃっ!」

 窓から外を見て、俺の訪問を毎日待ち望んでいるという従妹。

 リアンカは俺が村長宅のドアを開けるなり、勢いよく飛びついてきた。

 ドアを開けるのが一瞬遅かったら、きっと激突してたな。

 タックルの勢いで俺の胸に飛び込み、そのまま反動で身体が回る。

「う、うわぁっ」

「にゃっ」

 突然のことだったから。

 俺達は勢いを殺しきれず、家の外に転がってしまった。

 リアンカが俺の瞳を覗き込まない様、予防策の一環で付けていた眼鏡が吹っ飛ぶ。

 どこに転がったのか。

 慌てて俺は眼鏡を探そうとしたけど…身体が動かせない。 

 リアンカが俺の上に乗っていた。仰向けに倒れた、俺の胸の上に。

 …そのお陰でリアンカは痛い思いをしないで済んだみたいだけど。

 胸の上に居座られてるお陰で、俺、動けないんだけど。

 無理に動けばリアンカを振り落としちまう。それが分かっていたから、俺は動けない。

 早くどいてー…と思いつつ、俺はリアンカの顔を覗き込まない様に警戒していた。

 だけど俺の心配なんて知らない顔でさ。

 やめろってのに。

 何を思ったのかは知らねぇよ?

 だけど。

 だけど、なんでかリアンカが、俺の顔を覗き込んできたんだ。


 まず最初に思ったのはコレだったね。

 あ。まずい。

 もう条件反射の勢い。顔を合わせて目を合わせたら、リアンカを苦しめちまう。

 目を閉じようとしたけれど、リアンカはやけに素早くて。

 まあ、手遅れ。

 あっと思った時には、俺とリアンカは至近距離から見つめ合っていた。

「まぁちゃー、おめめきれぇね!」

「………え?」

 俺は、予想外の事態にポカンと口を開けて呆けてた。

 だって本当に、予想外。今までの2年間で、1度もなかった出来事。

 リアンカが、俺の顔を覗き込んで、にっこり笑ったんだ。

 そう、何の苦しみも感じていない顔で。

 そこには無理をしている様子も、意地を張っている様子もなかった。

 ただただひたすら平気そうに、何の異常も感じていない顔で。

 楽しそうに楽しそうに、笑って俺を覗き込むリアンカの顔があったんだ。

 

 俺は本気で何があったのか分からないで。

 常のパターンとかしていた何も無くて。

 全部の思考が、思いがけない出来事にはっきりと止まっていた。

 初めて至近距離で何にも遮られず、目に入った従妹の笑顔に訳も解らず見入っていた。

 ただ、こんなに明るい笑顔は初めて見たなと、溜息をつきたいくらいの充足感と共に。

 

 この日、この時。

 本格的に小さな従妹に対して、俺の頭が上がらなくなった決定的な出来事。

 小さな笑顔に見惚れて、俺は硬直したまま。

 一体何が起きているのか、はっきり認識したのは夜になってからだった。



 結論から言うと。

 俺は状態異常の能力制御を習得した訳じゃなかった。

 能力を習得したのは、俺じゃない。

 俺じゃなかったんだ。


 じゃ、誰か?

 それはリアンカだ。

 リアンカが、自分だけの力で習得した。

 全状態異常に対する抗体というか…耐性を。

 小さくか弱く、脆かった従妹。

 だけどその身体は、脆い代わりに柔軟性と順応力に富んでいた。

 未だ真っ新に白い身体の中にある余白が、余裕を持って馴染んでいった。

 小さな小さな内から慣らしていく様に、何度も何度も…まるで刷り込む様に。

 そう、影響が全くなくなる前に、再び襲いかかるソレ。

 数えきれないくらいリアンカを襲った、『状態異常』に。


 もう、リアンカにはどんな状態異常も効かない。

 俺の瞳を覗き込んでも、どんな酷い目に苛まれることもない。

 彼女がこの先、魔族や魔獣、魔物と目を合わせることで恐れることはない。

 だって、恐れる必要が欠片だってないんだから。


 リアンカが状態異常になる度高熱を出していたのは、身体への負荷だけが理由じゃない。

 それはゆっくり少しずつ身体を作り替える為。

 つまるところ状態異常への耐性を得る為。

 少しずつ少しずつ適応していったリアンカは、無垢という言葉の可能性を示した。

 立派な特異体質だ。

 

 大きくなったリアンカは覚えていない。

 状態異常への耐性を、何時どんな形で得たかも分かってない。

 ただなんとなく、いつの間にか身に付いていたとしか覚えていない。

 日々刻々と、毎日を共にしていた俺だけが知っている。

 リアンカが能力を習得した、その瞬間を。


 俺が能力制御を覚える前に、自分の身体を作り替えて耐性を得たリアンカ。

 幼さ故の伸び代で、自分の望む形へ肉体を変えていった。

 その順応力と、自覚のない向上心。

 それに比べて俺は。

 俺はリアンカが身体を作り替えている間にも、本当に進歩無くて。

 リアンカが耐性を手に入れた段になっても、能力を制御できなくて。

 4歳も年下の3歳児に、進歩できていない俺は、凄まじい敗北感を味わっていた。


 情けなくて悔しくて、涙が滲んだ。

 負けた。

 自分が守んなきゃって思ってたのに。

 成長度合いで、3歳児に負けた。

 そのことが生きてきた中で、一番情けなくて悔しくて。

 俺はその悔しさを糧に、より一層能力制御の鍛錬に努力を費やす様になっていた。

 それでも結局、完全に制御できるまでには時間がかかって。

 更に数年の月日を掛け、俺はようやく能力を制御できる様になる。

 その頃には、そもそも俺の能力で苛まれていたこと事態、リアンカは覚えていなかった。

 

 何故だろう。

 努力して、自分を磨いたはずなのに。

 無情な無力感で、俺の背中は煤けていたそうだ。



 そうして俺は完全に侮っていた従妹を侮れない相手と認識する様になる。

 それでも従妹は従妹。リアンカはリアンカ。

 こいつがいつまで経っても可愛い相手には、違いないんだけどな?


 本人には絶対に言わないけれど。

 俺は割と本気で、従妹の可愛さに骨抜きになってると思うね。

 だから、まあ。

 過保護になっちまうのは、許してくれよ。従妹殿?





長いお話でしたが、最後までスクロールありがとうございます!


幼いまぁちゃんは基本リアンカに頭が上がりません。

そんな彼等の出会いに纏わるお話は、こんな感じでした。


意外に負けず嫌いのまぁちゃんは、本気で頑張ったらしい。

それでも気兼ねなく遊べる様になって、実は一番嬉しいのはまぁちゃんのはず。

彼が栄光の兄馬鹿の道へ、第一歩を踏み出した。その発端みたいなもの。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これだけのことがあっても二人を引き離さない親。 単純にここが一番安全というのと、甥っ子なら制御できるという信頼なんでしょうね。 ま、その前に娘のほうが一歩先をいきましたがwww [一言] …
[良い点] 大人になるって汚れていく事なんですね… こんなに可愛かったリアンカちゃんがすっかりあんな娘に…
[一言] まあちゃんリアンカ嬢にべた惚れですね。
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