小説未満「まずはこれから」
幼馴染。それはとても微妙な距離である。近くて遠い。近すぎて遠い。そんな距離なのだ。どれだけ想っていても、どれだけ近づこうとも、なかなか届かない、幼馴染とはそんなものである。
…私には幼馴染がいる。十年近い付き合いになる、お隣さん宅の一人息子さんである。
彼は、いつも私の隣に居て、そしていつも優しくしてくれた。彼と私は、いつも一緒で、いつも笑い合っていた。そんな仲だ。
まるで兄妹みたいだねー。私の友達は、いつかそんなことを言った。それくらいに仲が良いね、という意味で言った、褒め言葉なのだと思う。でも私は、その言葉を素直には受け取れなかった。
兄妹。そこが気になって仕方がなかった。今まで、何とも無かったのに、そこが引っかかってしまったのだ。
友達は、そんな私に何を思ったのか、
「ごめんね?何か、気になった?」
と声をかけた。
私はそれに、素直には答えられなかった。何だか釈然とした気持ちが確かにあるのだが、それを言葉には出来なかった。だから私には、その問いに、
「私が妹って言うのが気に食わない」
と軽く冗談めかして返して、笑い合うことしか出来なかったのだった…
モヤモヤする。友達との会話の後には、そんな味の悪い感覚だけが残った。はっきりとしない、ぼやけた感覚。その気持ちの悪さに辟易しながら、彼を待っていた私は、昇降口から出てくる彼を見たときに、その気持ち悪い感覚に、頭を占領された。頭がクラクラし、顔が熱く。胸のあたりが痛くなり、鼓動が速くなる。先ほどまでの比ではないそれは、ぼんやり、なんてものではなく、返ってはっきりとし過ぎていて、直視するのが躊躇われるような感情の嵐であった。「待った?」そんな彼の言葉ですら、私には危険な劇薬であった。
私は、モヤモヤの正体に気づいた。何が引っかかったのかに気付いたんだ。すべては私の彼への想い。兄として、ではなく異性として、彼を慕いたい。そんな感情の発露が、私の心を内側から引っ掻いたのだ。それに私は気付いたのだった…気付いてしまったのだった。
その日から、私は、彼への想いを抱えて暮らすことになった。朝も夜も、何時でも何処でも、特に彼の隣では。
いつか伝えよう、いや、今伝えよう。そう何度も思った。でも、彼との関係を壊すのは怖かった。『いつもどおり』を失うのが怖かった。彼は私の事を妹のようにしか見てないんじゃないか…そう考えてしまうと、一歩踏み出すことを躊躇ってしまうのだった。
そんな日々を続けている中で、とある本に出会った。その本は主人公が、幼馴染への想いを抱えたままで、離ればなれになってしまい、彼女に想いを伝えられなかった事、願いを聞いてあげられなかったことに、後悔する、そんな話だった。
ゾっとした。もし私もそうなってしまったら…そう考えると、急に泣きたくなってしまった。イヤだ、彼と離れたくない。そんな想いで、胸がいっぱいになった。切なさで潰されそうになったのだ。そしてその溢れた感情は、私に勇気を与える。
このまま、時が過ぎて離れて後悔してしまうくらいなら、今、想いを伝えてしまった方が何倍も良い。そう思った。
明日、彼に想いを伝えよう。私はそう決心したのだった。
…そして、決意の朝は来る。
いつものように家の前で待っていると、寝ぼけたような顔をした彼が欠伸をしながらやってきた。そして、私に気付くと、すぐに欠伸をかみ殺した。
彼を見た時、心臓が跳ねるのを感じた。この気持ちには嘘はない。絶対に伝えたい。届けたい。受け取ってもらいたい…今日、絶対に伝えるんだ。
『いつもどおり』を変えるんだ。
私はそう決心を固めると、彼に向かって、
「おはよう!」
と『いつもどおり』に挨拶するのだった…何をするにも、まずはこれからだ。
『いつもどおり』を変えるのも、『いつもどおり』から始まる。
そんな事を考えてみたのです。