彼は全き人の子の
キラキラ キラキラ
小さな光が降っている。
すまんな、そう言って彼は笑った。
命絶えたこの世界。彼に喚ばれて私はここにやって来た。昔人間だったもの、白像と化した樹立に囲まれて彼は言ったのだ。
お前は帰れない。神へ誓約交わさせるまでは。共に来てもらおう。
だから私は仕方なく、彼と歩いて来たのだった。
自分たち以外には息継ぐものも無い、この世界を。
始まりは、星だったのだと彼は言う。
誰もいない王宮で。その曲がった声は痛いほどに響いた。
ある日空から星が落ちてきて、そして死が密やかに速やかに世界を覆っていったのだと。
残ったのは彼だけだった。
離宮の奥の奥、隠され秘められ、大切に大切に……囚われていた彼だけが。
彼は言った。
「久々に外を見てみたい。道行きが一人では寂しいだろう。なに、旅の終着は神への見えとすればいい。願え、神に。お前にはそれが叶う」
私に与えられた能力は一つ。これを以って神と誓約を交せ。即ち、帰還は叶うだろう。
彼は唇を曲げてそう笑った。
「すまんな」
あの時よりも幾分軽く彼が嗤う。それは腹立たしいことに、全く悪戯が成功した童子の笑みだった。
「嘘つき」
いや、彼は嘘はついていない。
「すまん」
ただ、口にしなかっただけなのだ。
神が誓約を交わす相手は、この世界に於ける王のみ。そのことを。
「別にいいけど」
薄々感づいてはいた。きっと最初から。
彼は器用に片眉を上げる。
淡雪のように、ほどけ、消えていく光を見上げながら私は呟いた。
「でも、許さない」
ほう、と面白がる語気。
「ならばどうする。私を下劣と罵り害するか。それもまた良かろう」
「<<神と人の円卓>>」
彼が息を吸い込む音と、鉄槌の如き白光が天から振り下ろされたのは同時だった。
彼は、王だった。
金の破滅、終末の王、凶兆の齎手、そして、始まりの男。
三国賢人の予言に従い、彼は囚われの王だった。
世界を知らぬ、世界を壊す、世界を始める王は、生まれ囚われ囚われのまま死んでいく筈だった。
彼が壊す前に、世界が死んでしまわなければ。
けれど、世界は死んで。
そして彼は。
白い円卓が、彼と私の間に現れた。そして私たちはいつの間にか席につき、向かい合って座っている。
これが私の能力。神も人も関係ない。相手を無理やり自分と同じ土俵に引きずり込み、交渉の卓につかせる、<<神と人の円卓>>。
さあ、願え。
神は言った。
彼は、王だった。
大地は紫色に枯れ果てて、木々は黄色く腐り落ちた、この、しみったれた世界の。
「私の命をかける」
彼が願ったのは。
「私が死ぬまで、死ぬな」
この世界の命だった。
ぱちぱち、と固まっていた瞳が瞬いて、それが不思議そうにこちらを見る。
彼は神にこの世界の再生を願い出た。対価は自らの命。
神の前に人の命も世界の命も同じこと。
誓約は交わされた。
「……そのようなこと、初めて言われたぞ」
「だって困るでしょ、あんたが死んだら。私はこの世界で一人ぼっちよ。退屈すぎて死んじゃう」
「問題ない。帰還は私の力で行える。私はその後で」
「大嘘つき」
これもまた、きっと口にしなかっただけ。
すまん、と言葉だけの謝罪に続く。
「だから、お前は私の命を贖う必要などない」
「まあ、ただの気まぐれだから、これは」
そう。ちょっとだけ、楽しかったから。
二人で、死んだ石の道を延々と辿って行くのが。だから。
「もう少し、歩いてみない。ひょっとしたらどこかにまだ命が残っているかも」
「それは」
息を飲む、音。
「……………………すごい、口説き文句だな……」
声は無く歯を見せて笑った私を、彼は金の矢のような目で貫いた。
「誓う」
円卓が金の粉光を纏わせる。
人と人の誓約。対価は同じ。
「誓う」
金粉が巻き上がり、時に文字のように、時に渦のようになっては天へ昇っていった。そして、キラキラと舞い落ちてくる光。
誓約は成った。
「じゃあ、行こう」と私。
「さて、行くか」と彼。
「次はどこへ行こうか」と私。
「西が良い。確か大きな湖があったはずだ」と彼が言い。
そして私たちは、肩を並べて歩き出した。
この、黄色い朽木が突き刺さる紫色の大地、その果てまで続く、白い道を。
延々と。
また、二人で。