第十三話 遠足に行こう
「バウム先生。私の話を聞いていましたか」
夕方の職員室。テクト先生が私の席に来て言う。
「魔法学校は魔法を教えるところ、ですよね?」
「覚えているなら結構、それでいながら遠足……とは、どういうことですか」
くたびれた顔だが、その眼光は鋭かった。
「テクト先生。私は私なりの方法で魔法を教えようとしているだけです。要は……急がば回れ、ってことですよ」
遠足。魔法学校にはあまり似合わない言葉だ。しかし、私にはちゃんとした目的があった。
「急がば……」
「回れ?」
テクト先生とパティ先生は顔を見合わせた。トコル先生だけがニヤニヤ顔でこちらに視線を向けている。
私がしおりを手書きしている後ろで、アーシャはドヴェー周辺の地図を読み込んでいた。
「くれぐれも、王女に下手な術は教えないでくださいよ」
「大丈夫ですよ、下手に教えて使えるようになるなら、王女様は今頃8組にはいないでしょう」
私の返しに、テクト先生は面食らったようだった。トコル先生がくつくつと笑う。
「それもそうだね。テクト先生、大丈夫ですよ。バウム先生に任せましょう」
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早朝のドヴェーの街。魔法学校に朝早くから2人の人物が窓から街の入り口を見ていた。
「おはようございます。何を見ているんですか?」
「……あぁ、8組ですね。確かバウム先生の」
「はい? ……ええ、魔法が使えない人です。でも、私が使えなかった回復魔法を使えるようにしてくれたんですよ。私だけだとまだ使えないんですけど……」
「えぇ、なんでも……遠足?に行くそうですよ。いいなぁ、みんな楽しそうで」
「……魔法学校ですることじゃないかもしれませんけど。バウム先生なりに考えがあるんですよ、きっと」
「大精霊……。見間違いだと思いましたけど、やっぱりバウム先生には……。大丈夫、だとは思いますが」
「はい、それじゃあまたね。グラム兄さん」
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朝一。午前7時。賑わいのあるドヴェーの都といっても、こんな早朝からバカ騒ぎしてるような人はいない。街の人々は店の準備をしていて、別の意味で騒々しい。
そんな中、街の入り口で私達は点呼を取っていた。
「よ〜し、全員揃ったな。フィールもちゃんと時間に来られて偉いぞ〜」
「ば、バカにしないでくださる!? 私が時間を守れないことなどありませんわ!」
頬を膨らませてぷりぷりと怒っているが、デカい荷物を持ってきて随分と楽しそうにしている。……肝心の荷物は、デルに持たせているようだが。
「お、王女様、荷物多すぎでは……?」
「外出するんですのよ? 必要なものばかりですわ!」
私のしおりには、軽装と弁当と飲み物、あれば雨具程度しか書いてなかったはずだが。いったいあのカバンには何が……?
「ま、いいでしょ。オルト、ラウザ。デルが疲れたら荷物持ち交代してやってな」
「「ええ〜〜〜っ!?」」
まぁ、王女様だし……。王女?ここにきて、私は新たなことに気づく。フィールはこの国の第一王女だ。その王女が、従者や護衛ひとりもなしに学校に通っているのは違和感がある。
何より、こんな遠足に王女を連れ出そうなんて、城の方じゃ騒ぎになりそうなものじゃないか?トロに聞いてみた。
「いえ、レグルス王国は平和なので護衛なんていりませんよ」
などと笑っていた。
これは私が考えすぎなのだろうか。この国は異文化交流が盛んという点で先進的だが、その実情は性善説に基づいているだけで、危機感が乏しいように見える。
事実、王女をはじめ8組の生徒達は総じてどこか抜けている。トロ、オルト、デルの3人組は8組の人間勢としてはいささか教養に不安がある。エスケとラウザはさらに野性的だし、ゴブリン四兄妹は文字を覚えたばかり。
亜人のための学校など聞いたことはない。リザードマン、有翼人、エルフ、ゴブリン。そういうものが教育機関を持って通う文化を聞いたことがあるだろうか。エルフはあるかもしれない。
「この異世界では人間の常識だけでなく、他の種族の特徴や特性も覚えていかないといけないね」
「ある程度は私も学校の本の内容が入っています。しかし、亜人や妖精の生態はいまだ未知数です」
アーシャも私も、学ぶべきことはいっぱいだ。だが、今日はとくにフィールに学んでほしいことがある。
ドヴェーの門を出たところで馬車を2台借りる。馬車引きはこの街に来たときと同じくホースメン族のソニックさんとブームさんがしてくれるそうだ。
レグルス王国の地理と歴史を少し勉強して、気になった場所がある。ドヴェーからエーカに繋がる街道を進んでいくと、小さな森に入る。そこにある分岐を、右へ。湖の方向に向かう。しばらくなだらかな斜面を登って、その先に目的地が見えてきた。
この大陸で最も大きな面積を誇る湖、アスール湖だ。あたりに人工物はほとんど無い、大自然の中に広がる、まるで地中海のような巨大な湖。雲一つない空の下、風が水面を揺らし、太陽の光で輝いている。
ほとんど、と言ったのはたった一つ朽ちた砦跡が湖のほとりに立っていて、朽ちた石の建造物はもはや自然の一部になっていた。
「みんなの中で、ここに来たことのある子は?」
有翼人のエスケと、人間三人組がちょっと手を挙げたくらいで、後は来たことがないらしい。
「子供の頃はここまで遊びに来たもんだよ」
「あの砦を秘密基地にしたりな」
「少し大きくなったら、もうあまりドヴェーの街から出ることってなくなっちゃって……」
そう、ドヴェーは大きな城塞都市だ。あの中だけで全てのことができる。しかしその外はどうだろう。レグルス王国は大陸の東側の国だ。
王都から見て北のプレティア雪原は年を通して雪が降り、南側にヴィルドュと呼ばれる大きな樹海を構え、東側はシンセシトと呼ばれる険しい山脈が連なっていて、そしてここ西側には海とも見紛う湖が広がっている。
レグルス王国は大自然に囲まれた世界なのだ。そんな世界を冒険しないのはあまりにもったいない。
「けど、こんな湖が何よ。私は確かにこの目で見たことはありませんけど……、こんなところで遊ぶような歳でもありませんわ」
フィールが水を指すようなことを言う。ごもっとも。自然の中で遊ぼうなどと、授業を放ってすることではない。私がここを選んだのにはちゃんとした理由があるのだ。
「誰が遊びに来たって言ったかい? これは課外授業。ちゃんとした勉強の一環だ。はい、今日はみんなでこのアスール湖のお宝探しをしよう」
「「「お宝!!」」」
この手の話は男子勢が食いつきがいい。しかし女子勢はそうでもない。
「先生、まさかこの湖の中を泳いで探すっていうんじゃないですよね」
「私は泳げませんよ!」
トロが怪訝な目で見てくるし、エスケは泳ぐのが苦手だそうだ。湖で宝探しと聞けば、誰もが泳いで探すと思うだろう。
「はいはい。私達が何の学校に通っているか忘れたのかい。お宝探しに必要なのは、君達の魔法だよ」
ざわ、と生徒達の反応が変わった。フィールも魔法と聞いて反応する。
「みんな、私の最初の授業は覚えているね。魔法は何も放つだけが魔法じゃない。魔法はイメージを送ることでどんな応用も効く。それじゃあ、まずは水の魔法が得意な子の出番だ。いるかい?」
トロとモノラが手を挙げた。
「それじゃあ、二人に頼むとしよう。いいかい。お宝は当然、湖の底にある。だけど底まで泳いでいけばいいという話じゃないんだ。まず、君達には……ここだ。この陸地から、まっすぐに湖を割ってもらいます」
どよっ、と騒ぎが大きくなる。
「湖を?」
「割る?」
なかなかピンとは来ないだろう。そもそも水は割れるものじゃない。仮に割れても、すぐに元通り──それが常識だ。
トロとモノラもきょとんとしているが、構わない。もともと8組の生徒は魔法が使えない側の生徒なのだから、出来ないのが当たり前。それを、少しでも「出来るかもしれない」に変えていけばいい。
「いいかい。水の魔法を唱えるだけでいい。君達にもできる、いいね?」
「は、はい」
「やってみます」
さぁ、プロンプトの出番だ。トロとモノラの肩に手を置くと、私がハブ(コンピュータネットワークにおける中継機器のこと)になったことで3人の間で魔力の回路が接続されたのが分かる。トロとモノラ、私。そしてアーシャによって星の記憶へとルーティングがされて、魔力の根源たる大精霊へのアクセスが完了する。
2人の水の魔力が私を通じてきて、そこに私はモーセの奇跡のイメージを追加する。
アーシャはそれを「左右の水の壁、中央に道、透明な水、泡としぶき」に修正してくれた。なるほど、AIの視点では「水を割る」のではなく、「左右に水の壁」という解釈になるわけだ。そして、2人が息を合わせて魔法を唱える。
「「ウォーター……」」
そこに私が割って入る。
「天使の散歩道!」
私が受け取った魔法は、2人の手先へと流れて湖に伝わる。すると、水がゴゴゴという音を立てて分断されはじめた。水は左右へと離れていき、水の壁が垂直に立つ。海底トンネルとも違うが、これこそまさにモーセの奇跡と同じ構図だ。
生徒達はその水が割れていく光景に目を奪われていたが、その先にあるものに気づいた。
「あっ、あれは!」
「ビンゴ。あれが、古のレグルス王家に伝わる、レヴェスト遺跡だ」
王家の遺跡。私は学校で調べものをしているうちに、ここの所在を突き止めていた。
■第十三話 終了




