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悪役令嬢と結婚するのは嫌ってだけの話

掲載日:2026/03/22

 悪役令嬢と結婚するのは嫌ってだけの話。


 婚約破棄を言い渡されたのは、よく晴れた日の午後だった。


 王都でも名高い庭園にて、私は静かに紅茶を飲んでいた。向かいに座る婚約者――第一王子レオンハルト殿下は、妙に晴れやかな顔をしている。


「エリシア・フォン・グランツ。君との婚約を破棄する」


 ああ、来たか。


 内心でだけため息をつき、私はカップをそっと置いた。


「理由を伺っても?」


 分かりきってはいるが、一応聞いておく。


「君は悪役令嬢だからだ」


 堂々と言い切られてしまった。


 周囲に控える令嬢たちが、くすくすと笑う。どうやら、私が彼女たちに意地悪をしてきたという設定らしい。


 ……設定、ね。


「具体的には?」


「君はマリアに嫌がらせをしただろう! 陰湿な罠を仕掛け、何度も彼女を困らせた!」


 殿下が指さした先には、栗色の髪の少女――平民出身のマリアが、震えるように立っている。


 ああ、この構図。


 なるほど、そういう筋書きか。


「申し訳ありませんが、覚えがありません」


「しらばっくれるな!」


 怒鳴られるが、事実なのだから仕方ない。


 私はマリアに嫌がらせなどしていない。むしろ、彼女の振る舞いに周囲が戸惑っているのを何度か見た程度だ。


 だが、ここで否定したところで無意味だろう。


 なぜなら、これは“物語”だから。


 私、エリシア・フォン・グランツは、いわゆる悪役令嬢という役割を与えられている。


 そして殿下は、ヒロインに恋をして、悪役令嬢を断罪する王子様。


 典型的な、よくある話。


「……そうですか」


 私は立ち上がった。


「婚約破棄、承りました」


 周囲がざわめく。もっと取り乱すと思っていたのだろう。


 だが、私は別に絶望などしていない。


 むしろ、少しだけ安堵していた。


「ずいぶんあっさりしているな」


「ええ。もともと、この婚約には乗り気ではありませんでしたので」


「なに?」


 殿下が眉をひそめる。


 私は淡々と続けた。


「悪役令嬢と結婚するのが嫌なのでしょう?」


「ああ、当然だ!」


「私も同じです」


 場が、凍りついた。


「……どういう意味だ?」


「私は、悪役令嬢と結婚したくありません」


「君がその悪役令嬢だろう!」


「だからです」


 私はにっこりと微笑む。


「自分と結婚するなんて、冗談ではありませんもの」


 数秒の沈黙の後、誰かが吹き出した。


 それを皮切りに、空気が一気に崩れる。


「ふざけているのか!」


 殿下は顔を赤くして怒鳴った。


「いいえ、本心です。私は“悪役令嬢”という役割に興味がありませんし、それに縛られる気もありません」


 私はゆっくりと周囲を見渡した。


「そもそも、私が本当に悪役令嬢なら、こんな場で大人しく引き下がると思います?」


 誰も答えない。


 当然だ。


 本物の悪役なら、もっと派手に暴れるだろう。


 だが私は違う。


「ですから、殿下のご希望通り婚約は解消いたします。その代わり――」


 私は一歩踏み出した。


「今後、私に“悪役令嬢”を求めるのはおやめくださいませ」


 殿下は何か言い返そうとして、しかし言葉を失った。


 その隙をついて、私は一礼する。


「それでは、ごきげんよう」


 こうして私は、王子との婚約を失った。


 だが同時に、ひとつの役割からも解放されたのだった。


 ――その日の夜。


「いやあ、見事だったよ」


 屋敷の書斎で、私は一人の青年と向かい合っていた。


 第二王子、ルーク殿下。


 彼は楽しそうに笑いながら、ワインを揺らしている。


「ずっと見ていたのですか?」


「途中からね。兄上の顔、最高だった」


 性格が悪い。


 だが、嫌いではない。


「それで? これからどうするつもりだい?」


「どうもしませんわ」


 私は肩をすくめた。


「静かに暮らします。悪役でも、ヒロインでもなく、ただの一人の人間として」


「それは難しいんじゃないかな」


「でしょうね」


 それでも構わない。


 役割に従うよりは、ずっとましだ。


「ねえ、エリシア」


 ルーク殿下が、ふと真面目な声で言った。


「君、結婚する気はある?」


「相手によります」


「じゃあ、僕はどう?」


 思わず瞬きをした。


「……冗談ですか?」


「半分は本気」


 彼は笑う。


「悪役令嬢でも、そうでなくても関係ない。君自身に興味があるんだ」


 珍しいことを言う人だ。


「ですが、私は社交界では評判が悪いですよ?」


「だから何?」


 即答だった。


「評判なんて、誰かが勝手に作った物語だろう? 君はどう思う?」


 試すような視線。


 私は少し考えてから、答えた。


「……嫌いですわ。そういうの」


「なら、ちょうどいい」


 彼はグラスを置いた。


「僕も嫌いだ」


 その言葉に、思わず笑ってしまう。


「奇遇ですね」


「だろう?」


 静かな夜だった。


 窓の外には、星が瞬いている。


「少し考えさせてください」


「いくらでも待つよ」


 ルーク殿下は立ち上がり、軽く一礼した。


「君が“君として”選ぶ答えなら、なんでもいい」


 そのまま彼は去っていく。


 一人残された書斎で、私は小さく息を吐いた。


「……本当に、変な人」


 だが、悪くない。


 悪役令嬢でも、ヒロインでもない。


 ただのエリシアとして、誰かに見られるのは――


 少しだけ、嬉しかった。


 窓の外の夜空を見上げながら、私はそっと呟く。


「悪役令嬢と結婚するのは嫌……ね」


 けれどもし。


 “私”と結婚したいと言ってくれる人がいるのなら。


 それは、少しだけ――


 考えてもいいのかもしれない。

良ければ高評価やブクマをよろしくお願いします。

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