第7話 地球で仲間を勧誘
明日から仕事が再開ですが、毎日更新していきたいと思います!
ゴムボールを売って得たカネで追加の宿代を払ったあと、おれは物置部屋の穴から潜って地球の犬小屋へ。
暗闇を抜けて穴から顔を出したところで、ちょうどジーコがこっちへ向かって来るのが見えた。
「ぜんぜん顔を出さなかったじゃないか」
たぶん何度か犬小屋の様子を見に来ていたのだろう。
マガハラ大陸に行ってたからね、なんてもちろん言い返せない。
おっと――ジーコが上体をさげて犬小屋の中を覗いてきたので、おれはさりげなくガードだ。
「うん、やっぱりよくできてるなあ。我ながら傑作だ」
ずいぶんにぶいところは、前と変わりないみたいだ。
でもそのにぶさも、おれの脳とフュージョンしてるのかと思うと、なんか落ちつかんな。
じっさいジーコが抱える思念なんかも感じ取れてるわけだし。
「いいなあ、タタロオは毎日お気楽で。俺もイヌになって毎日ここでダラダラ過ごしたいもんだよ」
なにがお気楽だよ。
あんただって漫画読んだりネトゲしたり、好き放題やってるじゃないか。
ジーコは犬小屋を通過したわけじゃないから、おれの脳を共有していることはなさそうだ。
まあ、そらそうだわな。
たぶん犬小屋を通過してマガハラ大陸に行った場合のみ、脳の部分的な共有現象が起こるんだろう。
ジーコはおれのあごの下をコショコショしてから去っていった。
茜色の空を見るかぎり、こっちは夕方のようだ。
たしかここを離れたのも夕方だったはずだが、あれだけ向こうで長く過ごしたのに、たいして時間は経過してないらしい。
地球とマガハラ大陸では、時間の進み方がちがうってわけか――
【時間 = 道のり ÷ 速さ】という「み・は・じ」の公式はわかるんだけど、時間の速度となると、相対性がほにゃらら理論の話になりかねないからお手上げだ。
すると今度はパパとママがやって来た。
アザラシみたいな胴体のパパは「よう、タタロオ」とご機嫌に言いながら、おれのおなかをくすぐる。
うっ、やめてよ、あはは――。
これ気持ちいいんだよね。
もちろん言葉は出てこないが、勝手に尻尾が動いてるのが自分でもわかる。
「ほれ、プレゼントだ」と渡されたのは、お姫様のゴム人形。
リカちゃん人形を五割ほど劣悪にした感じの代物だ。
かじってみたらわりとたのしいが、お姫様ってのは好みじゃないなあ。
そしてゴボウみたいに細いママが「タロちゃん、ごはんよお」と差し出した大きなプレートには、いろいろのっている。
おっ、納豆ごはんじゃないか。
しかも大好物のチンゲンサイがこんなにも!
ママ、サイコーだぜ! と親指を立てたいところだが、すでに手もイヌのものに戻っているから叶わず。
うす汚れた肉球をママに見せるわけにもいかんしな。
ほかにもサツマイモや魚肉ソーセージもある。
あっちの世界のメシのことはわからんが、この家のメシを食えるのも、こっちの世界に戻ってこれる大きなメリットってわけだな。
地球の物品をバンバン売り払って、あっちで優雅に暮らすのもありかもしれない。
ただ調子に乗るとすぐに懐はさびしくなるし、おれはほそぼそとやっていくほうがしょうに合ってるだろう。
と、自戒したところで、パパママが家の中へ戻ったあとは食事を済ませ、そのまま睡眠。
翌日、昼間の時間帯を狙ってから、おれはひとりで犬小屋を出発した。
もちろん村山家の彼らが不在になったのは確認ずみだ。
とはいえ、これまでひとりで家を出ることはなかったから、かなり緊張するよね。
散歩をしているときに、イヌがソロでふらついているところはほとんど見たことないし、どうしても歩みが慎重になる。
そんなこんなで、びびりながらもようやく目的の空き地に着いた。
ここは何度かジーコと来たことがある馴染みの場所だ。
ジーコはよくここでリードを離しておれを解放するから、勝手はわかっている。
さっそくおれは地面に横倒しになった土管のほうへ向かい、裏側にまわって覗いてみた。
草の茂みの先はごみの山だ。
ジーコの話によると、不法投棄をしているのだとか。
茂みが陰になるから、捨ててもバレないってところか。
ご立派な人間様の中にも、民度の低い不届き者がいるんだな。
――おっ、いたいた、チャウ丸。
チャウチャウの「チャウ丸」は、いわゆるオスの野良犬だ。
ふだんここを寝床にしていて、散歩に来たときにたまに見かける顔見知りだ。
噂では保健所から脱走したとかなんとかで、顔にある傷はそんな噂にリアリティを与えている。
がっしりとした体格を覆う毛は赤褐色だが、路上を渡り歩いてすっかり変色してるので、原型の色は謎だ。
なんといっても、くしゃっと潰れたような大きな顔は愛嬌を感じさせる。
ごみの中でくつろいでいるチャウ丸へ近づいていくと、あっちも気づいた。
「よう、めずらしくひとりかい?」
「見つかったらヤバいけどね」とイヌ語で返す。
「おい知ってたか? 日本人夫婦の年間性交の回数は平均で四十回程度なんだとよ。
ちなみにギリシャは日本人より百回多いらしいぜ。で、どうした?」
薮から棒に、なんだその情報?
前からチャウ丸の頭の構造は読みづらいところがある。
おれは捨てられたタイヤに座ってから「それがねぇ······」と説明を始めた。
そのあいだ、チャウ丸はマガハラ大陸の話に顔をしかめながら聞いていた。
「――それでチャウ丸も一緒に行かないかなと思ってね」
「うーん、犬小屋を抜けたら大昔に海に沈んだ伝説の大陸の宿につながってるなんて、にわかに信じがたい話だな。しかも人間みたいな姿になれるとか、ファンタジーじゃねえかよ」
チャウ丸はたのしげに言うと、おれがあげたチーズをぺろりとたいらげる。
そこで転がった電子レンジの先から声が届いた。
「日本人夫婦が海に沈んだらギリシャ人になるってほんと?」
薄紅色のリボンのついた首輪をした猫の「シャムりん」が、くびれた腰をフリフリしながら近づいてきた。
シャム猫への憧れが強いことでついたその名前は、この界隈ではわりと知れ渡っている。
温度によって毛色が変わるシャム猫とはちがい、細身のシャムりんは白を基調とした薄い茶色の短い毛だ。
女子だからか手入れは行き届いているので、一見すれば飼い猫のようだが、やはり彼女も飼い主はいない。
きれいな毛を保つ手入れをどこでやっているのかも不明だ。
ただ彼女はだいぶ聞きまちがえてたので、ざっと説明してあげた。
「ほんとにヒトの姿になれるの?」
「ああ、完璧ってわけじゃないけどね」
シャムりんはポリバケツのふたに、ちょこんと腰をおろす。
そして獲物を狙うような表情を向けてこう言った。
「そのヤメーメには、ステキなダンディーはいるのかしら?」
「どうだろう。探せばペルシャ猫の王子様もいるかもね」
「それ、いいじゃない!」
「ヒトの姿になれるってのがマジなら、おいらはゴリマッチョでもいいな」とチャウ丸。
「言葉で説明するのはむずかしいから、まずは見てもらったほうが早いかも」
もちろんここまでのコミュニケーションもすべてヒトの言葉ではなく、おれたち特有のものだ。
それでもやはり、おれが見てきたものを正確に伝えるのはむずかしいな。
あのときおれに起こった現象は、百聞は一見に如かずの最たるものだからね。
「なにかある?」とシャムりんに言われたので、おれは自分が食べる分に持ってきた魚肉ソーセージを渡した。
ついでに「これもいる?」とお姫様のゴム人形を差し出す。
「あらステキ」と意外に食いつくシャムりん。
「あげるよ。シャムりんにもぜひ一緒に来てほしいんだけど」
べつにゴム人形で釣るつもりは一切ないんだけど、言ってみた。
「だったら、キレイにしていかないとね」
すでにシャムりんの気持ちは傾いているようで、舌を使って器用に身づくろいをしている。
そこでチャウ丸がキラッと目を光らせて言った。
「その伝説の大陸には、財宝とか眠ってないの?」
「おれも詳しくないからわからないけど、その国のキングが言うには、大陸はまだまだ未知にあふれているらしい」
「ふーん。てことは、どんなお宝が見つかっても不思議ではないわけか」とチャウ丸は舌なめずり。
あきらかに何かを期待する表情だな。
「よし、決まりね。さっそく出発よ!」
シャムりんは小さなピンク色のポーチをひとつ口にくわえたのみの荷物で、腰を揺らしながら土管の先へ。
おれはチャウ丸に、地球のごみを持っていけばマガハラ大陸で売りさばくことができることを説明。
「じゃあ、この中古の棺桶、売れっかな? おれのお気に入りの寝床なんだが」
「いつも棺桶で寝てんの?」
「誰かの使い古しだがな」
えっ、えっ、どういうこと?
棺桶で寝るイヌなんてはじめて聞いたぞ······あなた、それ、ドラキュラ犬じゃん。
······なんかアンタッチャブルな気配がするし、ここは深入りせんとこう。
棺桶は犬小屋の入り口を通らないからと諦めてもらい、チャウ丸も準備に取りかかる。
とりあえず勧誘はなんとか成功したのかなと、おれもホッとしたわけだ。
彼らがあの犬小屋を通ったら、どんな姿になるのかも楽しみだな。
きっとふたりは、びっくらこくだろうなあ······(ニヤリ)。
行ったり来たりせわしくしてスミマセン······次から話は新展開です。




