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第6話 ヤメーメ王国のトップと対話

「こいつはたまげた」


 半裸のヤギじいさんはそう言ってから、まじまじとおれを見た。


「おぬしは限りなく人間に近いようじゃな。ようこそ、おいでなさった」


 ペコリと頭をさげるおれ。

 ただ、あらためて間近で見ると、存在感ハンパねえな――。


 全身の白い毛をほぼ丸出しだもんな。

 まあおれもイヌのときはマッパだし、そこは変わらんけどね。 

 ヤギじいさんがゆるりと口を開く。


「わしはここヤメーメで長をしておるヘルツという者じゃ。みなはキングなどと呼んでおる。あんたはどうも······イヌのようじゃが」


 はい、正解です。つまらん雑種ですよ。


 おれも名前を告げると、キングはフムフムと首肯している。

 たぶんここまでヒトっぽいイヌを見ることはあまりないのだろう。

 すでによそ者だと受け止められてるみたいだし、おれが無知でも違和感なさそうだな。


 ということで、ずっと気になっていたことを聞いてみた。


「えーっと、ここは大昔に海に沈んだ大陸なんですか」

「ああ、いかにも」


 おー、やっぱりそうなのか。


「アトランティスとか?」

「なんだそれ、知らん」


 にべもない返事だな。えーい、もっと聞いたれ!


「いつ頃の時代ですか? 地球のどのあたりにあった大陸なんですか?」

「知らねえ。さーっぱり知らんが、たぶんあんたが言うようなものではなかろうね」


 ふーん、じゃあおれが知る(ジーコの脳が知る)ムーやレムリアみたいな伝説の大陸とは無関係なのかな。


「大昔にあった大陸が沈み、あるとき浮上して民が住みはじめ、やがて領土が分かれ国が生まれていった。ヤメーメもそのひとつじゃ。ただわしは、あくまで伝説として語り継がれている話を聞いたにすぎん」


 リナも似たようなことを言ってたな。

 噂話が長い歳月を経て伝わり、伝説化していったってことか。


「タンニシという国があるんですか」

 この前リナに聞いた名前を言ってみた。

「あそこはエグい。味にうるさく、容赦ってもんがない」


 ひい、そんなヤバいのか。

 ただ味にうるさいってなんだ?

 グルメ評論家の国とか?


「マガハラ大陸は東西五千キロとか一万キロあるなどと言われております。ただ我々は距離をはかる習慣がないので、数字自体はそれほど重要じゃないんですな」

 

 キングの話によると、ヤメーメはマガハラ大陸の西端にあり、東に肥沃な穀倉地帯が広がり、ヤメーメと隣接する嗅商(きゅうしょう)王国などの国々が熾烈な攻防を繰り広げているとのこと。


 ただリナも言っていたように、大陸は未開の地が多いため地図で正確に場所を把握しておらず、キングでさえも詳細はわかっていないらしい。

 そんな中、ヤメーメ王国は度重なる敵国との戦いで今は衰退の途にあり、立て直しをはかってはいるが突破口がなく、艱難辛苦(かんなんしんく)の状況なのだそう。


 そしてここが驚きなのだが、マガハラ大陸には多くの魔物が生息し、敵国と同様に魔物との争いも絶えないらしい。

 昔は騎士団を編成して魔物討伐も行われていたが、国の衰退と同時に解体され、今は自警団がなんとか国を護っている程度で、戦々恐々と襲撃に怯えているとのこと。

 

 魔物かぁ······。

 フィクションの世界だったら聞いたことあるが、まさか自分に関係することになるとはな。

 しかも今は辛酸をなめる状況ってことだし、ハズレの国に来ちまったみたいだな。  


 その説明の流れで、キングは驚くべき発言をした。


「文明が移ろい、国が衰えるなかで、わしの娘もさらわれてしもうた」


「えっ」

 ············。

 それって············すぐに言葉も思い浮かばない。


「タンニシ王国ですか」と、かろうじて尋ねる。 


「さあ、どうだろうかね。(よう)として行方はわからん。いつしか探すのもやめてしもうた」


 きっと新参者のおれには理解が及ばん、よんどころない事情があるんだろう。

 なかなか踏み込みづらい微妙な話題だな。


 ジーコの脳もそのへん、いちおうデリカシーはあるらしい。

 にぶそうなジーコでも、わりと繊細な一面があるのかもしれないな。

 

 文明の移ろいってことは、インダス文明やクレタ文明が滅んでギリシャ文明が(おこ)ったみたいなことか。

 なんかこの大陸の変遷も、いろいろと複雑そうだな。

 

 話を聞いた感じだと、ヘルツさんはこの国の王様とはいえ、左団扇(うちわ)の優雅な暮らしを送ってるわけでもなさそうだ。

 人間界にはろくでもない国家もあるみたいだが、この国のキングは自分の利益のために国民や訪問者を骨までしゃぶって利用する非道さを感じないところは安心だ。


 そこでキングは観察するように、じーっとおれを見た。

 そしてとんでもないことを口にする。


「おそらくあんたは、王家や大統領に飼われていたんじゃろうね、見ればわかるよ」


 はぁぁあ? 

 まったくちがうし。むしろその真逆ですよ。


 でもキングはおかまいなしに続ける。


「ずいぶんと経験もおありのようで、闘犬や軍用犬としても活躍された模様。さらには麻薬探知や災害救助ですか。南極で生き延びて、記念碑の銅像になったこともあったようじゃが」


 ············だ、だれの話だよ? 

 そんなの、ちーっとも覚えがありませんぞ。


 しかも南極で生き延びたイヌの逸話って、たしか樺太(からふと)犬の「タロとジロ」だったよな。

 

 あまりの荒唐無稽な的外れっぷりにおれは口あんぐりで、そのままほんとに銅像になりそうなくらいだよ。

 どうもキングは、ずいぶん人間界に詳しいようだ。


「マガハラ大陸は人間界に似せたんじゃよ。みな人間がすこぶる好きでのう。言うなれば、この大陸は人間好きが集まった寄合所じゃ」


 心を読んだようにそう言った。

 なるほど、趣味が似ている者同士が自然と集まるみたいなことか。


「そして民は独自の進化を遂げた。人間に憧れはしたが、せいぜい獣人どまり。この国にあんたほど人間に近い者はおらん」


 おれもモロに人間ってわけではないけどね。

 てことは、この国に限らずマガハラ大陸に住む者は、みんなケモノっぽい風貌をしているのか。


「そういえば、過去にもあんたくらい人間に近い者がヤメーメに来たことがあったな。その者の話によると、どうもこの地に来るまでの間に特殊な進化がからだに起こっているようじゃ。水の分子は毎秒で一兆回、構造を変化させると聞くし、この世界においてはどんな変化でも起きようの」

 

 さらにキングが語った説をまとめると、この地に来る過程でからだの中でナノレベルの化学変化が連鎖することで、体内を走る神経回路が切り替わり、その際に発生する誤差エネルギーによる突然変異で特殊能力を身につけることもあるということだ。

 

 その説をおれの状況に置き換えるなら、あの犬小屋は、生卵を電子レンジで温めたらゆで卵になってるみたいなことかもしれない。

 まあじっさいにマイクロ波が吸収されて熱が生じて状態を変えるみたいなことではないとは思うけど、あの犬小屋の中で起こっていることが、ただごとではないのはたしかだ。


 化学に関する見識があるってことは、令和日本で言うところの高校教材レベル以上の学問がこの世界に浸透してたりするのかな。

 水分子の詳しい構造までは、ジーコも学校で教わってないみたいだしな(ただ授業を聞いてないだけかもしれんが)。


 そしてキングは最後にこう言った。


「どうかヤメーメを救ってもらいたい」


 ············。

「えっ、自分にはムリですよ······」


 ここはハッキリ言っておかないとね。


「いいや。王宮育ちで最高質の血統を持つあなたであればできようの」


 ったく、どこを見てそう言ってんだ? 

 このじいさん、“ナスビ”と“サンダル”の見分けもつかないんじゃないのか。


「そしてどうか我が娘を探しだしてほしい。それこそが、ここヤメーメに来たあなたの使命なのです」


 し、使命って······なんか大袈裟(おおげさ)すぎません?

 御免こうむりたいところだ。


「自分は通りすがりのつまらない者ですよ」

「さあ、救うために行きなさい」


 おれの言葉は完ムシされた。


 その後キングはすっかり口を閉ざしてしまったので、おれはなんだか居心地がわるくなり教室を出ることに。

 とぼとぼと派手な廊下を歩きながら、どうしたものかと頭はソフトなパニック状態だ。


 ――ヤメーメを救う? そんなこと言われてもねえ。


 まいったな、マジ無理って感じがする。

 でも断れそうにない雰囲気だったし、あのぶんだと顔を合わせるたびに言われそうだな。


 たしかに話を聞いたかぎりだと、どげんかせんといかんって感じだし、困っている人がいるのなら助けてあげたいもんね。

 村おこしのようなものだと思って、いっちょおれなりに考えてみるか。


 さて、どうやってこの国の活気を取り戻すか――。


 なかなかむずかしい命題だ。

 そのために活動するにしても、このからだのベースとなってるジーコもおれも、バイタリティのかけらもないからな。

 

 人間の姿に馴染んできたことで、これまでになくジーコを身近に感じるようになったのがわかる。

 なんの役に立つのかわからんが、ジーコが円周率の小数点以下十二桁まで言えることも、フュージョンしたことではじめて知ったもんな。


〈きっとイヌと飼い主が心をかよわせるのは、いいことなんだろう〉


 そこでふと、名案がひらめいた。


 ――そうだ、彼らにちょいと声をかけてみようか。

 

 この国のトップから直々に頼まれたわけだし、獅子奮迅(ししふんじん)ならぬ〝イヌ奮迅〟でいっちょ頑張ってみっか。 

 

 おれはその名案を引っさげて、とりあえずカンポさんが経営する宿へ戻ったわけだ。


キングの存在感······慣れない相手とふたりきりは膝が震えますよね······。

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